そこにいたモノ(二)


 無数の視線が俺に固定された瞬間に背筋に悪寒が走り、キ―――ンと耳鳴りが始まった。たまらず耳を押さえると頭痛もしてきた。


「―――ッ!!」


 ガラスに張り付いているアヤカシは、助手席側の窓を葉で覆っていき、ゆっくりと侵食していく。月明かりが遮られて車内は薄暗くなる。


 葉についてる目が俺を見ており、金色の虹彩が暗い中で光っているようで不気味だ。

 さらに強い頭痛がしてかがむと、アヤカシがいる方向から大きな音が鳴りだした。


 ギィキュイーッと金属を引っいたような音がして全身に鳥肌が立った。間髪をいれず甲高い悲鳴のような音が加わり、さらにギャーギャーと動物が警戒する声や、緊急時のアラームなど不快な音が大音量で聞こえてきた。


「うあぁっ!!」


 たまらず叫び、耳を強く押さえる。音はイヤホンで音楽を聞いてるときのように鮮明に聞こえて頭の奥に響いてくる。どうにかして音を遮断したいが、耳をふさいでもまったく効果はない。


「ロウ! ロウ! 大丈夫か!!」


(姉貴の……声が聞こえる……)


 爆音の中でも呼びかける声だけは聞こえてて、顔を上げてみた。焦った表情をして見ており、「なにっ!? どうしたのっ!?」と動揺している。


(姉貴にこの音は聞こえていない!?)


 姉貴はしばらく俺の様子をうかがっていたが何か起きてると察知したようで、怒った顔で窓の外を見回し始めた。


 耳の中で鳴っているかのように音は聞こえ、あまりにも音量が大きく、うるさいを通り越してつらい。体を回転させてシートに向いたら頭を強く押し付けて我慢する。


 窓にへばりついてるアヤカシは小刻みに揺れている。どこかへ行く様子はなく、無数の目がのぞきこむように見てくる。


 アヤカシは時々、目を細める。常に体が揺れていて動くたびに窓とこすれ、かさかさと音がして笑っているように聞こえる。


コイツ、俺が苦しんでいるのを喜んでいる!?

 くそっ! 一体なんなんだ!? 何がしたいんだよ!)


 異形のモノが突然襲ってきたが、襲われる理由がわからない。ワケがわからないまま攻撃され、アヤカシは楽しんでいるようなので、ふつふつと怒りがわいてくる。


(このやろう!)


 殴りたいが不快な音で集中できず、大きな音が頭の中に響いて頭痛がひどくなる。耳を押さえて歯を食いしばり痛みを我慢する。


 ドアが開く音がして向くと、車から出た姉貴が後部席に回った。後部席へ行くと置いてるコンビニ袋をあさってまた何かしている。


 何をしているのか気になり上体を起こして確認しようとしたら、どくどくと頭の中が脈打ち始めて痛みが増した。内側から破裂しそうなくらい頭が痛くて、気持ちが悪くなりまたかがんだ。


 大きな音と頭が割れそうなくらいの痛みに耐えていると、体を揺すられた。


「ロウ、これを持ってて」


 後部席にいる姉貴が腕時計を差し出している。意味がわからなくてぼんやりしていたら「預かっていて」と突き出してきたので受け取った。


 時計を手にした途端に音が少し小さくなった。頭痛もほんの少しやわらぎ、無意識に止めていた息をはいて呼吸をした。そのまま呼吸を整えていると、「すぐ戻ってくるから」と声がした。


 慌てて後部席を見るとすでに姉貴は外に出ている。真剣な顔をして細い道の入り口をにらむと走りだした。


「待てっ!」


 追いかけようと体を起こしたらまた頭痛が襲ってきた。急に動いたせいか、視界がぐらぐらと揺れていて吐き気までする。


「くそっ!!」


 内側からの痛みはさっきよりはマシになっているけど音がうるさくて頭に響く。思うように動けないことに腹が立ち、力を込めたら手のひらに痛みを感じた。手を見てみると腕時計がある。


(これは……姉貴がいつもしている時計だ。

 スマホで時間がわかるのに、わざわざアナログの腕時計をしている。

 海で泳ぐときもつけたまま大事にしている時計を預けた。必ず戻るからと、約束の意味で俺に――)


 時計に意識が向くと、騒音がさっきより小さくなって頭痛がやわらいだ。息がしやすくなり、痛みに耐えてこわばっていた体がほぐれて楽になる。


 窓にはアヤカシがいて不快な音を出し続けているが、目を閉じて見ないようにし、手にある腕時計を強く握って意識を集中させる。


 時計に集中していると鳴り響いている音は次第に小さくなり、頭痛もどんどん引いていく。このまま集中することにして、姉貴が戻ってくるのを待つことにした。






「……ウ、ロウ、大丈夫か?」


 ふいに体を揺さぶられて目を開けると助手席のドアが開いていて、姉貴が心配そうに見ている。

 いつの間にか気を失っていたようで、状況についていけず言葉がでない。すぐにアヤカシのことを思い出して窓を見た。


 さっきまでへばりついていたアヤカシはいなくなっている。あんなにうるさかった音もすべて消えていて頭痛もしない。

 警戒しながら車から降りて周囲を見てみたけど、どこにもアヤカシの姿はなかった。


 安心して緊張が解けるとまだ時計を持っていることに気づいた。握りしめていた手を開くと、時計の跡がはっきりと残っている。


(さっきのアレは幻覚でも夢でもねえ)


 駐車場は月明かりで辺りの様子が見えていて、近くの畑から水が流れる心地よい音が聞こえてくる。前に湧水ココへ来たときは生き物たちは気配をひそめていた。でも今はカエルが機嫌よく鳴いている声が響いている。


「ローウ! 早く次に行こうよ~」


 呼ばれて振り向くと、姉貴が運転席側で手を振っている。姉貴の様子から怪異は去ったように思えるけど、本当にアヤカシがいなくなったのかが気になって車から離れて歩いてみた。


「ロウ~! はーやーくー! おなかもすいたー!!」


(全神経を集中させてアヤカシの気配を探っているというのに、緊迫感がなくなるぜ)


 仕方なく振り向くと姉貴は車のルーフに手を置き、その上に顔を乗せて不機嫌な表情で俺を見ている。無視しようかと思ったが気づいた姉貴が頬をふくらませてすねてしまった。


(ホントに調子が狂う)


 さっきまでアヤカシと対峙していて、張り詰めた空気がただよっていたのに、とっくに消し飛んでいる。


 俺が体験したことは現実だったのかと記憶を疑うほど、姉貴が普通すぎるので気がそがれた。おまけに腹が減ったとしつこく訴えてくるので根負けして車に戻った。


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