水の神霊

そこにいたモノ(一)


 2つ目のパワースポットの湧水は畑が多いエリアにある。

 畑となっているエリアは道に街灯が設置されていない場合が多く、民家の数が少ないので人工の明かりがほとんどなくなる。


 本来は真っ暗になる道に1台の車が走っていて、ヘッドライトが闇を明るくしている。


 管理された畑には高い木や雑草はなく、農作物が整然と植えられていて遠くまで景色が見える。畑が広がるなか、ところどころにこんもりとした黒い塊がある。

 塊は畑に利用できなかった雑木林で、木々が茂る場所は虫や鳥、動物たちに棲み家を与えている。


 目指しているパワースポットの湧水は、畑エリアに残されている雑木林の中にある。

 遠くから見ると、ほかの雑木林より植物が繁茂していて森のように見える。森は中央にある大きな岩石を囲むように草木が茂っていて、人がなかなか足を踏み入れない奥に源泉がある。


 カーナビの案内とロウの指示で車は無事に駐車場に着いた。



「虫よけスプレーしろよ」


「えぇ~? またぁ?

 休憩のときにしたからいいんじゃない?」


「今からあの道を通って泉に行く。

 水場は虫が多いだろ。アンタは蚊に刺されやすいんだからスプレーしておけ」


「むぅ」


 俺が指さした方向を見て姉貴は納得したようだ。畑に雑木林と、向かう場所は自然に囲まれている。姉貴はあちこち訪れている経験から容易に想像できたらしい。素直に虫よけスプレーをかけ始めた。


 方向を示して気づいたが前に来たときにはなかった物がある。


(入り口に黒い物がある。あれはなんだろう?)


 湧水は駐車場から少し離れてて、駐車場の先に伸びてる細い道を徒歩で行くしかない。その道の入り口に黒い塊がある。離れているので月明かりだけでは暗くて詳細までは見えない。


(縁の部分がギザギザしている。

 あれは……葉っぱか?)


 黒い塊は1メートルほどあって楕円形をしており、切り倒した広葉樹が置かれているように見える。


(ジョウたちと来たときは何もなかった。

 畑に植わってて邪魔だった木を切って仮置きしてんのか?)


 たまにあることなので関心が失せ、手元に視線を戻して出かける準備を続ける。目の端で黒い塊が動いたので風があるのかと思いながらドアハンドルに手をかけた。


 ドアを開ける寸前で手を止めた。

 黒い塊が不自然な揺れ方をしている。


 ボールがバウンドするように上下に動くと、今度は時計の振り子のように左右に大きく揺れている。黒い塊の周辺にある膝くらいの高さの雑草に動きはない。ぞわっとして総毛立った。


(なんだ、あれは!?)


 黒い塊は道の前でうごめいていたが、まじまじと見た途端に動き出して車へ向かってきた。


 近づくにつれて正体が見えてくる。木だと思っていた黒い塊は木ではなく、木の葉を全身にまとったアヤカシで、カメのように短い手足を素早く動かして四つん這いで走っている。体が揺れるごとに、がさがさと葉がこすれ合う激しい音が響く。


 アヤカシは恐ろしい速さで車に突進し、3メートル手前まで来ると飛び上がってフロントガラスにぶつかった。


「うわっ!」


 思わず声が出てのけぞると、声に驚いて「えっ!? なに!?」と姉貴も声を出した。姉貴は俺を見ていて、どうしたのという顔をしている。


(み、見えていないのか?)


 再びフロントガラスへ視線を戻すと、アヤカシが車のボンネットに乗っかっている。ガラスにぶつかった反動からなのか動きが止まっている。


(気絶……したのか?)


 目を離さず様子をうかがっていると、ぶるっと身震いして動き出した。ふらふらと揺れていたが、また動きが止まった。


 緊張がピークに達して喉が渇いている。無理やり唾をのみ込む間もアヤカシから視線は外さない。


 じっと見ていたら葉っぱが揺れ、塊から前足が突き出てボンネットに張り付いた。最初の一歩で近づくと、続けてもう片方の前足が飛び出してフロントガラスをたたいた。


 短い手足は茶褐色に見えたけど張り付いた足の裏は黄色に近い。表面はてかっていて、まるで両生類の足を大きくしたように見える。短い指の付け根には薄い膜があって指先は楕円形をしており、指を吸盤のようにぴったりと押しつけることで体を支えている。


 アヤカシはガラスを拭くように木の葉をこすりながら助手席側へゆっくりと動いていく。わさわさと葉を揺らし助手席の前まで来ると、ぴたりと止まった。


 見合っていると、アヤカシはガラスに葉を強く押し当て始めた。フロントガラスは葉でどんどん覆われていき、助手席側の窓まで範囲を広げていく。窓の半分が葉っぱで埋もれると動きが止まった。


 異形なモノを前にして思考が停止していた。でもアヤカシが静止したままなので我に返った。

 とにかく現状を整理しようと意識してアヤカシを視ると、突如すべての葉が裏返った。


 緑だったものが赤黒い葉に変化した。赤黒い葉の一つひとつには血走った目がついている。鮮やかな金色の虹彩の中に、ネコの目のように瞳孔が細くなった黒部分があってせわしく動いている。


 言葉を発すると襲ってきそうで声が出せない。

 目の前にいるアヤカシから距離を取ろうと、窓から少しずつ離れて車の中央へ体をずらしていく。


「ロウ? 一体どうしたの?」


 姉貴は心配そうに俺を見ていてフロントガラスにいる異形のモノには見向きもしない。


(俺にだけコイツが視えている!)


 アヤカシは張り付いたまま無数の目を動かしている。目が動くたびに葉が揺れ、ガラスとこすれて不気味な音が鳴る。車内を見回しており、一つと目が合うとギギィッと音がして一斉に俺を見た。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る