強情な姉弟


 病室を出て廊下を進んでいると、姉貴が追いかけながら話してくる。


「怪我してるんだからロウは休んでいろよ!」


「平気だ。どうせ今日退院する」


「でもっ!」


「タクシーを使うのか?」


 これくらい強引にしないと姉貴には通用しない。タクシーを呼ぼうとスマートフォンを取り出したら慌てて止めてきた。


「タクシーはいらない」


 スマートフォンから目を移して姉貴を見ると、むすっとしている。引き下がらず黙って待っていると、「車があるから」と小さく言ってきた。「どこだよ?」とせかすと渋々しぶしぶと駐車場へ行くのであとに続いた。


 レンタカーに乗り込んでも往生際が悪い。


「ロウ、やっぱりついてこなくていいよ」


「アンタ、方向音痴だろ」


「だ、大丈夫だよ。

 カーナビがあるから。だから場所を教えてよ」


「カーナビで行けるのは途中までだ。その先はわからねえだろ」


「ぐっ」


(島に来てすぐに俺が行ったパワースポットへ行きたがるなんて変だ。絶対に何かしようとしている。危険はないのか心配だ!

 それに今から向かうと到着するころには暗くなっている。人気ひとけのないところに一人で行かせられるか!)


 姉貴は運転席に座りながらまだ抵抗している。でも俺は助手席から動く気はない。無言のままシートベルトを締めると、ようやく諦めてくれた。


「むぅ。じゃあロウは絶対に無理するなよ?」


「検査では異常なしだ。退院するんだから問題ない」


「んじゃ、まずは家に行くよ」


 エンジンをかけると実家へ向かった。




 家に着くなり、姉貴はキッチンの棚をあさり始めた。

 あちこち戸を開いていくけど、「ないな~」と繰り返していて目的の物を見つけられずにいる。


「なに探してんだよ?」


「紙コップ」


 キッチンに入って引き出しから紙コップを取る。


「ほかは?」


「んとねぇ、虫よけスプレーと――」


「虫よけスプレーとライトなら俺が持っている」


「おぉっ! さすがロウ!」


 姉貴が何をするのか先読みするようにしている。

 子どものとき、姉貴は犬を連れてよく外へ出かけていた。そのときは「犬の散歩に行ってくる」と言っていたけど、あれは絶対に散歩じゃない。


 はじめは道路を歩いていても、林の奥へ続く道を見つけると「面白そう!」と言って入ったり、「近道しよう!」と言い出して畑を突っ切ったりすることがあった。夢中になって遊んでいたら日が暮れていた、なんてことはいつものことだ。


 姉貴は無鉄砲なので気にしてやらないと痛い目に遭う。

 一緒に行動していた俺は姉貴のあとについて行くと、林の中をさまよいながら虫に刺されたり、日が沈んだ暗い夜道で転んで怪我したりと、いろんな経験をしてきた。それで外出時は小型ライトに飲料水、それに虫よけスプレーを携帯する癖がついた。


「ほかに必要な物は?」


「ん――。大丈夫」


 姉貴が探していた物がそろったところで軽くシャワーを浴びに行った。それから出かける準備を済ませて家を出た。


「ロウ~、やっぱり家で休んでいたら?」


 シャワーの前に車のキーを預かっておいて正解だった。キーを貸せと言ったとき、姉貴はものすごく残念そうな表情をした。隙を見て抜け出し、ジョウからパワースポットの場所を聞いて一人で出かけていたかもしれない。


(ったく、油断できねえ。

 それにしても……よっぽど俺を連れていきたくねえみたいだな)


 車のロックを解除して助手席に乗り込むと、姉貴がむくれた顔をして運転席に座った。キーを返すとエンジンをかけた。


「ロウがパワースポットに行った順番で案内してくれる?」


 諦めた口調で言ってきたのでようやく安心した。

 さっそくカーナビに最初のパワースポットの城跡を設定すると、カーナビの案内が始まって車は発進した。




 レンタカーなので乗ったのは今日が初めてのはずだ。それなのに慣れた操作でスムーズに走っていく。


「ロウ、学校はどう?」


「はあ?」


(何があったとか事情は聞かないのかよ)


 気を使っているのかと思って顔を見れば景色を楽しんでいて他意は感じ取れない。純粋に興味があって聞いているようだ。


「……普通だよ」


「ふふっ、楽しんでいるんだな」


「…………」


「それにしても島はあちこち変わったなあ。

 空港の近くで建設中だった建物が完成していた。あれはどんな施設なの?」


「観光客向けだよ。

 デジタル技術を使ったエンターテインメント施設」


「面白そう。ロウは行ったことあるのか?」


「興味ねえ」


「えぇ~!? もったいない~! 今度一緒に行こうよ」


「嫌だ。たぶん子どもが喜ぶような施設だぞ?」


「ちぇ~っ」


(本当に俺より年上なのか?)


 頬を膨らませてふてくされるところは子どものころから変わっていない。

 姉貴は感情が表情に現れるからわかりやすい。相変わらず空気は読めないし、マイペースなところに振り回されてイラつくことがあるけど……今はすごく安心する。


 パワースポットをめぐったあとから変なことが続いている。

 ジョウが車で事故った。一緒に行った女子二人は同時に学校を休んでいる。そして俺はバイクで事故った。


 偶然かもしれないけど短期間ですべて起きててなんだかすっきりしない。

 四人に起きていることには接点が見つからない。ただし一緒にパワースポットをめぐったという共通点がある。そこが気になるけどつながりが読めない。


 ジョウは事故ったときに「緑のモノ」を見たと言っていた。俺は見えないナニカがバイクにぶつかってきて事故った。

 正体がわからないナニカが居た点は似ているが、事故に遭ったのは違う日で別の場所だ。事故現場はパワースポットめぐりをした場所とはまったく関係がないから、関連性があるのかわからない。


(関係がありそうなのに、つながらない事象が気味悪い)


 不安に駆られて横目で姉貴を見ると、運転しながら町並みを見て楽しそうにしている。


(そういや姉貴が島に帰ってきたのは久しぶりだ。

 それなのに、ほんの数日会ってなかったという感覚だ)


 携帯電話という便利なツールがあるのにめったに連絡してこないし、連絡しないで島に帰ってきたりする。今回も連絡はなく、病室で目が覚めたらそばにいたので驚いた。


(また何か起こるかもしれないと不安になっていた。

 姉貴が近くにいてくれて心強いぜ)


 車内にはラジオが流れている。曲が流れると姉貴は無意識にハミングするときがある。音程がずれててもやっとするけど、当人がご機嫌なのでやめろとは言いづらくて聞き流した。


 意外と運転がうまくて乗り心地はよく、車は順調にパワースポットへ向かっている。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る