「アイツ」


 ベッドに寝転んでいたらいつの間にか寝ていた。


 カーテンを使って空間を区切ることはできるが、カーテン越しで常に複数の人の気配がしている。病院の大部屋だと完全に一人にはなれない。


(知らない人がいるのは落ち着かない。

 早く退院してえ)


 大怪我はしなかったもののバイク事故で打ち身した肩が痛む。横向きから上体を起こすと鈍い痛みが走った。


「おっ? 起きた。おはよう」


 ここに居るはずのない声がして、いきおいよく声がしたほうを向いた。声の主は椅子に座り、菓子を片手に持って俺を見ている。


「な…… なんでアンタがいるんだよ」


 問いかけに首をかしげた。前髪がさらりとなびいて大きな目が見つめてきた。


 島は濃い印象の人が多い。男女とも丸い形の顔に大きな目があり、二重ふたえで長いまつげをしている。また健康的に焼けた肌をしていて南国という雰囲気がある。ところが俺を見ている人物は異なる。


 日焼けしてなくて肌の色は白く、二重の大きな目に長いまつげは一緒だけど鼻筋が通った卵形の顔はエキゾチックな雰囲気がある。

 後ろにまとめている艶やかな黒髪が肌の色と対照的でより白さが際立ち、島に住んでいる人ではない雰囲気がでている。


(島にはいないはずだろう!? どうして――)


 無言のまま俺を見つめていたが傾けていた首をゆっくり戻すと、持っていた菓子の残りを口へ運んだ。ぽりぽりと食べ始めると甘い香りが広がっていく。

 全部食べ終わると、ペットボトルに手を伸ばしてお茶を飲んだ。それから返事をした。


「ロウが怪我したっていうから、お見舞いに来たんだよ」


 当然のことのように言ってきたが島を出て県外の大学へ行っている。授業がある平日にいるはずがない。

 困惑して固まっていたら、かまわずにしゃべり続ける。


「きのう、母ちゃんから『ロウがバイクで事故した』と連絡があったから様子を見に来た。

 もう退院できるっていうから安心したよ。よかったな」


(そんなことを聞きたいわけじゃない。

 平日にココにいることが気になってるんだ!

 なんでいるんだ!?)


 ちょっと見舞いに寄ったみたいに話しているけど、島へ来るには飛行機に乗る必要がある。時間も費用もかかって簡単なことではない。現状に思考が追いつかなくて言葉が出てこない。


「ほん? お菓子が食べたいのか?」


 首をかしげ、すっとんきょうなことを言うと、テーブルに置いていた袋をガサゴソとあさって菓子を差し出してきた。


(夢じゃねえっ!

 妙なことを言ってくるやつは一人しかいない!)


「いらねーよ! なんでアンタがいるんだ!

 大学はどうした!?」


「ロウ~、『アンタ』じゃなくて『姉ちゃん』って呼んでよ」


「はあ?」


(このかみ合わない会話っ!)


 小さな怒りを感じている俺の空気を読まないまま姉貴は会話を続ける。


「そうそう、廊下でロウの友達に会ったよ」


「友達?」


「この病院に入院してて、えっと、う~ん。ん~……。

 あっ、ジョウ……ジョウジくん?」


「ああ、ジョウのことか。ジョウジで当ってる」


「よかった~。んでね、ジョウジくんの連絡先を教えてもらった。

 ロウにも伝えてって」


 メモを受け取り、書かれた番号を見てすぐに気づいた。スマートフォンに着信があった未登録の番号だ。


(誰かわからなかったから無視していたけどジョウだったのか。

 ということは、新しいスマホがきたのか)


 ジョウの番号をスマートフォンに登録していると姉貴が質問してきた。


「ロウ、バイクで事故する前にどこか行った?」


「いろいろ行ってる。学校とか」


「いつも行ってるトコ以外は?」


 妙な質問だが姉貴が変なのはいつものことだ。深く考えず答えていく。


「ジョウとパワースポットに行ってきた」


「パワースポット? どこの?」


「城跡、泉、獅子、海……。

 なにメモしてんだよ」


「べ、別に? 今度行こうかなって。

 ちゃんとした名称と場所も教えてよ」


(目が泳いで声が上ずった。

 それに姉貴の「別に」は「何かあるけど言いたくない」ときに、無意識に出てくる単語だ……。

 何を企んでいる?)


「ほら、早く教えてよ」


「なんでパワースポットに行きたいんだ?

 新しくできたレジャー施設じゃないし、観光するようなところでもなかったぜ?」


「きょ、興味があるんだよ。行ってみたいじゃん?

 ささっ、早く教えてよ」


(全然ごまかしきれてねえよ。

 意外と頑固なやつだから無理やり聞き出すのは時間の無駄になるな。

 それにしても……すぐに行きたいみたいだな。なんでなんだ?)


 「教えてよ」と何度も言ってくるのを無視し、ベッドから降りて病院着から服を着替えた。


「メモとペン貸せ」


「えっ?」


 ぽかんとしているので手に持っていたメモとペンを強引に取り、伝言を書いてテーブルに置いた。姉貴が不思議そうにしているのではっきり言ってやった。


「俺も行く」


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