「それって――」

「体験談!? それとも創作!?」


「――とまあ、高校生たちは夜のドライブを始めたことから苦労したんだよ」


 店長が語り終えると、すぐさまバイトの犬巻いぬまきが元気に挙手してきた。


「はぁいっ! 質問です!

 店長からいろんな怪談を聞いていますが、人から人へと伝わってて真偽のわからない創作めいたものと、ガチものの体験談がありますよね?

 この高校生たちの話はどっちなんですか!?」


「んあ~……。どっちでもいいじゃねえか」


「えぇーっ!? なぁんでぇえぇ―――!

 怪談は俺の中では創作と体験談の違いはデカイんですっ。

 教えてくださいよ~!」


 犬巻の目がきらきらしているのを見て、店長はあきれ顔になり、大きなため息をついた。それから腕を組むと淡々とした口調で話し始めた。


「心霊スポットって島のあちこちにあるだろ。

 あれな、本当は心霊スポットじゃなくて御嶽ウタキの場合が多いんだよ」


「え……?」


「例えば、ここから近いところにある大きな公園は心霊スポットって言われてるだろ?」


「知ってますよ~。

 島の中でも超有名な心霊スポット心 ス ポで、女の幽霊が出るとか鎌を持った幽霊がいるとか、いろいろうわさがあります」


「そこはな、天女の伝説がある神聖な場所でもあるんだぜ」


「ええぇっ!?」


御嶽ウタキと心霊スポットは紙一重でな、軽い気持ちで御嶽ウタキに行ってカエシを受けたり、御嶽ウタキと知らないで訪れたやつが心霊スポットと思い込んで霊障にあったと騒いでる場合もある。

 幽霊が出る御嶽ウタキもあるし、いわくのある心霊スポットももちろんあるから区別が難しいんだよ。

 実際はどうなのか知らないのに、軽い気持ちで心霊スポットと言われてるところへ行って神罰を受けることがあるんだ」


 犬巻の顔色が青くなり、ここでようやく怖さに気づいたようだ。縮み上がっている犬巻を見て、店長は楽しそうに笑うと意地悪く言ってきた。


「今回話した高校生のパワースポットめぐりは、まじないの実行もあって特殊なケースだけど、何がきっかけで御嶽ウタキにいる神霊を怒らせるのかはわからないんだ。

 怒らせると怖いぞ? カミサマは容赦ねえからな」



 離れたところで様子を見ていたジュンは、これで犬巻がバイト終了後に心霊スポットへドライブするなんてことはしないだろうと安心し、また男と話し始めた。


 一人で来店してきたこの男は客ではないようで、ジュンはメニューを渡すことなく雑談をしている。


「あの新人バイトはまたジョウから怪談を引き出している。

 いつもこんな調子なのか?」


「犬巻さんは怪談好きで困るよ。

 たぶん食い下がって詳細を聞きたがるはずだよ」


「霊感があると何かと大変だな」


「ロウにいは幽霊は視えないの?」


「見たくねえ」


「ジョウにいと同じ体験をしたのに、ロウにいには霊感つかなかったんだね」


「…………」


「あの様子だとジョウにいが犬巻さんから逃げ切るのに、てこずるはずだから飲み物持ってくるよ」


 犬巻の声が店内に響いたところで、遅刻の連絡を入れていたバイトのスタッフがちょうど顔を出し、二人のやり取りを見て楽しそうに笑った。


「店長! 体験談ですか? 創作ですか?

 どっちなのか、はっきりしないとすっきりしないし怖いっス!」


「離れろっ! 男にしがみつかれても嬉しくねえ!」


「意地悪なんかしてないで教えてくださいよ~!」


 犬巻は情けない顔をしながらジョウの腰にしがみついており、引きはがそうとジョウは必死だ。


 犬巻はこの店で働き始めたばかりで知らないことが多い。


 店長の名前は名字の「とき」だけわかっていて、下の名前が「丞士じょうじ」ということを知らない。

 ほかのスタッフが「ジュン」と呼んでいるので犬巻もそう呼んでいるが、ジュンのフルネームは「鴇 洵士じゅんじ」でジョウとジュンが兄弟ということをまだ知らない。


 ジュンはジョウがパワースポットめぐりをした高校生たちの体験を話し始めたのは、犬巻の心霊スポットドライブに、自分が巻き込まれないようにするためだと気づいている。

 でも語っている間はずっとひやひやしていた。


 ジョウは怪談の登場人物たちの名前をぼかしているつもりらしいが、この店の常連だとすぐにわかってしまう単純なものだ。

 ジュンは犬巻が気づいて自分へ飛び火することを恐れていたのだが……。その心配はなさそうだ。


 ジュンとロウは巻き込まれない距離を保ちながら傍観し続ける。






  ―― 少し前 ――



 ロウが入店するとジョウが犬巻と話していた。

 ジョウと待ち合わせている時間にはまだ早かったので邪魔しないで見ていると、ジュンが気づいて話しかけてきた。


 ジュンと話していてもジョウの話は聞こえていて、自然と過去を思い出していた。


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