呪《まじな》いの裏


 高校生のときに四人でしたパワースポットめぐりは、別におかしなところはなかったはず――。

 ジョウがそう思っていると、マミがカノコから送られてきた手紙の続きを話してくれた。



「パワースポットで願い事をするのはあまり問題ではなかったの」


(そうだよな。

 マミたちがしたまじないは御嶽ウタキの前で願いをするだけだ。ばあちゃんが毎朝、火の神に向かって「家族が今日も無事で元気でありますように」と語りかけていることに似ている。

 対価を必要とするような本格的な呪術ではなさそうだし、コックリさんとか何かを呼び出すたぐい――降霊術みたいなものでもないから危険性はないはずだ。

 まあ、だから学校でおまじないとして流行ったんだろうし、実行した人もいたんだろうな)


 ジョウは話を聞きながら当時のことを思い出して分析しており、マミは憂い顔のままカノコの手紙に書かれていた内容を話していく。


「『チチヌユまじない』はパワースポットで願い事をするだけで完結するの。願ったことは必ずかなうと言われていたけど、結果は人それぞれで、ほかのおまじないと一緒のものよ。

 まじないをしただけだと問題はなかった。でも……カノコは確実に願い事をかなえたくて、別のまじないも御嶽ウタキでしてしまったの」


「どんなまじないだよ?」


「妖精の力を借りて願い事をかなえる呪文よ」


「二種類のまじないをしたってことか?」


「そうなの」


「妖精の力を借りるってどんな内容なんだ?」


「海外の呪術で、呪文を唱えると妖精が出てくるらしいの。

 そして呼び出した妖精に願い事をするとかなえてくれるらしいわ」


「なるほど。願い事がかなうってところが、もともとのまじないと同じだな。

 カノコちゃんは2つともやれば効力が増すと思ったのかな?」


「そうみたい。

 でもこの妖精の力を借りる呪文がよくなかったの」


「呪文が効かなかったのか?」


「違うわ。

 どうやら本格的な呪文だったようで成功したのよ。

 でもそれがよくなかった……。

 カノコが呼び出した妖精に対して御嶽ウタキにいた神霊が怒ったみたいなの」


 『呪文』に『妖精』など超常現象的な単語が出てきて、急に映画のような展開になったことにジョウは内心驚いている。


(「木には精霊がいるから、いたずらしたらダメだよ」とか「びっくりしたときは魂が落ちるから、驚いたときはその場で拾う呪文を唱えなさい」など、ばあちゃんからいろいろ聞かされてきた。

 子どものときは不思議なモノやコトがあると信じていたけど、成長するにつれて大半はしつけのようなもので、マミたちがした『チチヌユまじない』のたぐいは自己暗示で願いを達成するものだと思っていた。

 まさか現実に影響を与える呪文も存在するとは……)


 マミが話していることは一般では非現実的かもしれないけど、話の腰を折らずに耳を傾ける。


「カノコね、パワースポットめぐりが終わったあと、虫に刺されたところがかゆくなっていたの。するとどんどんかゆい場所が広がっていって、あまりにもかゆいから掻き続けていたら、いつの間にか意識を失っていたんだって。

 そして気づいたら精神科の病院に入院していた……。

 意識がはっきりしたときには知らない場所にいて、これまで何が起きていたのかわからなかったからパニックになったみたい。そんな状況のときにカノコのお母さんが面会に来たの。

 面会時には母親のほかに高齢の女性が同席していて、その方は島出身の霊媒師だった。霊媒師は取り乱していたカノコにこれまでの経緯を話し始めたの。

 妖精を呼び出す呪文をして本当に妖精が現れたこと、それが原因でもともと御嶽ウタキにいた神霊を怒らせてしまい罰がきている――。そう教えてくれたんだって。

 また霊媒師は初めてカノコを視たときに、島にいるとカノコの意識は戻らず一生入院したままになるかもしれないと告げ、できれば島を出たほうがいいとご両親に助言したらしいわ。それですぐに島から引っ越したんだって。

 引っ越し後は、霊媒師が遠隔で祈祷を続けていて、少しずつ神霊の怒りを解いていったことでカノコの意識が戻ったらしいわ」


 想像してなかった出来事が起こっていたことに驚き、思考が追いつかなくてジョウは口が開いたままだ。


(そんなことがカノコちゃんの身に起こっていたのか。

 御嶽ウタキっぽいところへ行こうとすると、知らないじーさん、ばーさんが呼び止めて「御嶽ウタキにはカミサマがいるからむやみに近づくな、祟りがあるぞ」と忠告してくる。

 軽く流していたけど……あれはマジだったのか)


 これで終わりかと思っていたらマミの話はまだ続いた。


「それでね、カノコがわたしたちに謝っているの。


『私が呪文を唱えて、御嶽ウタキのカミサマを怒らせてしまったせいで、一緒にいたマミちゃんやジョウくん、ロウくんにもさわりがあったの。お母さんに聞いたけど、マミちゃんは体調不良で2週間も学校を休んで、ジョウくんとロウくんは事故に遭ったんでしょう。ごめんなさい、私のせいなの。本当にごめんなさい。』


――って。霊媒師いわく、わたしたち三人の障りはとっくになくなっているから、心配しなくてもいいらしいわ。

 カノコはわたしたちに直接会って謝るつもりだったんだけど、島に戻ると御嶽ウタキの神霊が怒るから無理みたいで……。

 だからわたしに手紙を送ってきたの」


 意識が戻ったカノコは退院し、生活が落ち着いたころに三人に謝りたくて島へ行こうとしたらしい。でも予定を組んだ時点で体調を崩してしまうし、親が泣いて止めるので断念したという。


 手紙には何度も謝罪の言葉が出ていて、彼女がずっと悔やんでいることがわかった。手紙の最後には連絡先があったので、マミはすぐに電話をしたという。電話に出たカノコは泣きながら何度も謝ってきたけど、マミは彼女が無事だったことに泣いて喜び、再び交流が始まったそうだ。


 話し終えたマミは涙目で見てきた。


「ジョウ……カノコのこと、許してくれる?」


「許すも何も、むかしのことじゃねえか。

 それよりカノコちゃんが元気になってよかったよ」


 マミはまるで自分が許されたかのように、満面の笑みをして「ありがとう!」と言ってきた。そのときに手を握ってきたが、どきどきしていたのは秘密だ。


「ジョウ、ごめんだけどロウくんに、カノコが謝っていることを伝えてくれる?」


「いいぜ。夜に会うから話しておくよ」


「夜って……もしかして今夜!?」


「おう」


「あんたたち、ホント、仲いいよね」


「相思相愛ですから♡」


 顎に手を持っていってウインクして言うと、高校生だったときみたいにマミが大笑いしたので一緒になって笑った。

 「じゃっ!」と言って別れたけど、以前のようにマミとひんぱんに連絡を取るようになったのはこのあとからだ。



 夜にロウと会ったとき、マミが話したことをそのまま伝えた。

 ロウは「カノコさんが元気ならよかった。よろしく伝えといて」とだけ言った。

 相変わらずポーカーフェースで感情が読み取りにくいけど、ロウはパワースポットめぐりで起きていたことを何か知っていそうな気がした。


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