何が起きていたのか

病院にいたときから視界が変だった


 目を開けると俺を見下ろしている男と目が合った。

 真っ白で顔色の悪いおっさんが黙ったまま見ている。知らない顔だったので、「どちらさんですか?」と質問すると別方向から母親の声が聞こえた。


「ジョウジ、起きたの!? よかった!!」


 いきなり突っ伏して泣き出したから驚いて上体を起こすとあちこち痛い。よく見れば知らない布団の中にいて、そもそも俺の部屋じゃない。状況がわからなくてぽかんとしていたら母が教えてくれた。


「あんたは山で事故に遭い、病院へ運ばれたのよ。

 たまたま車が通ったからよかったものの……。本当に心配したんだから!」


 そうだった。だんだん思い出してきたぜ。

 俺は山で事故ったんだった。


 車の運転テクニックを磨こうといつも利用してる山へ行き、下りを走り始めた。カーブが連続しているところでハンドル操作の練習をしてて、いくつめかのカーブを曲がったら車道に緑のモノがあった。よけるためにハンドルを切ったらそのまま車がスピンして崖に落ちたんだった。


 気を失ってて…… 雨で気がついて……。

 崖下の森にいるとわかって、ほんで車から降りて森を下って車道に出た。


 スマホを無くしたから民家まで行って電話を借りようと歩いてて……車が止まって運転手が話しかけてきたっけ。ここからあやふやで記憶がないが――救急車を呼んでくれたのか。


 泣いている母に謝りながらちょいちょい質問して情報を集め、起きるまでの途切れている時間の穴を埋めていく。話していると欠けていたピースが徐々に埋まっていき、おぼろげだった記憶も思い出してきた。


 そういや医者とも話をしていた。

 診察室でどこか痛いところはないかとか、気分は悪くないかといろいろ聞かれた。ぼうっとしていて詳しいことはあまり覚えてないけど、血を採られたし機械に入って検査もした。


 診察と検査の結果、肋骨とすねにひびが入ったレベルの骨折と、体のあちこちを打撲しているくらいで、大きな怪我はないと言っていた気がする。

 そうそう、入院は念のためと言ってたな。ほかにもいろいろ言っていたけど覚えてねえ。診察が済むと、ものすごく眠くてベッドに案内されたらすぐに寝た――。


 で、起きたら母親に泣かれて、入院生活が始まっていた。




 調子が戻って確信したが……

 変なモノが視えているのは一時的なものじゃねえな。


 病室にフルカラーの人間とモノトーンのヒトがいる。モノトーンのやつらはどうやら生きている人間じゃないようだ。


 モノトーンのヒトは全身が透けてて、突然現れて消える。俺以外には見えていないようで、目の前に立っていても反応はなく、モノトーンのやつにぶつかると通り抜けていく。


 冷静に考えると色がない人間なんて奇妙なものだが、姿がはっきり見えていたから存在感の薄い人間という印象で、最初は変だと思わなかった。でもカラーがないなんてありえないし、透け具合からアヤカシの類い――幽霊だと気づいた。


 幽霊はなぜか俺につきまとう。

 移動するとぴったりとついてきて、口をぱくぱくさせてなんか言ってる。幽霊に向かって「聞こえねえよ」と言うけど伝わっていないのか、かまわずに話しながら追ってくる。


 幽霊は複数いて、ベッドの横で立っていたり、床から半身出してにらんでいるやつもいる。単独で現れることもあれば複数の場合もあり、常に誰かがいるような状態だ。


 どの幽霊もやることは同じだ。泣いてたり怒ってたりと表情は異なるけど何かを伝えようとしている。でも声は聞こえなくて何を訴えているのかは全然わからない。


 入れ替わり立ち代わりやって来る幽霊は大人ばかりで、じいさんやばあさんが多いけど、おっさんやおばちゃんもいる。かなり古い時代の幽霊みたいでみんな着物を着ている。


 言っちゃあ悪いけど貧乏そうな人が多い。適当にまとめただけの髪に、着物は袖と丈が短くて穴が開いてたりするし、布はよれよれで裾は摩耗している。なんか庶民って感じだ。でも明らかに違うやつが一人いる。


 全身を白い衣装で包んでいるばあさんがいる。着物は袖も丈も長く、厚手でしわがなくてきれいだ。ひたいには太い白い布を鉢巻のように巻いてて、前髪や額が隠れている。このばあさんだけは格が違う。


 ばあさんはいつもベッドの上に正座して現れる。にらみつけてくるだけだが、深いしわが刻まれた顔からは怒りを感じ、全身に汗が出て動悸がして息苦しくなる。

 ばあさんが居る間は、首元に刃物を当てられているように感じて、ただただ怖い。逃げたいけどいなくなるまで体が動かないから耐えるしかない。


 幽霊は昼夜問わず現れる。

 しきりに何かを訴えかけている。幽霊の声は聞こえないけど責め立てられているようでつらい。ばあさんが現れると金縛りに遭った状態で恐怖に耐えないといけない。


 精神的にきつくて見たくない。目を閉じて見ないようにしても、幽霊の気配と念を感じてて重圧で押しつぶされそうになっていた。


 おかしくなりかけていたときにロウが見舞いに来た。


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