不穏な気配


 病院へ着くと受付を済ませてジョウがいる部屋へと向かった。

 大きな病院で病棟がいくつかあり入院患者も多く、廊下でいろんな人たちとすれ違う。包帯やギプス、松葉づえや車いすの人たちを見ているとジョウの容態が心配になる。


(ジョウのおばあさんは大丈夫って言ってたけど、連絡もできねえくらい重傷なのか?)


 部屋のプレートを確認しながら廊下を進んでいくと目的の病室が見つかった。ちょうど看護師が部屋から出てきたのでジョウのベッドを尋ねると、指をさして「一番奥ですよ」と教えてくれた。


 病室は大部屋でほとんどのベッドはカーテンを引いている。中は見えないが小さな会話が聞こえたりして面会に来ている人もいるようだ。病室へ入り奥へ進んでいくと、ジョウのベッドのカーテンは半分開いている。カーテンの前に来て足が止まった。


(ジョウ。大丈夫だよな)


 全身、包帯やギプスで覆われ、点滴でつながれて動けない姿が浮かんで躊躇ちゅうちょしたけど、意を決して中をのぞいた。


 横向きでベッドに寝ているジョウがいた。病院着を着ているが見えている部分に包帯はない。動かないので眠っているのかと思ったが目が開いている。ぼんやりとしているので声をかけようか迷っていると視線が動いて目が合った。


「いや~ん♡」


 ぱっと布がひるがえるとジョウは姿を隠した。

 ベッドの上でもぞもぞと動いている。「やだっ、寝顔見られちゃったわ」とか聞こえてて、肌掛け布団の上から正拳をかましたいのをこらえる。


「心配したぞ」


 布団の動きが止まり、少し間があって「……わりい……」と小さな声が返ってきた。

 ベッド脇にあった椅子に座ると腕を組んだ。黙っているとジョウが布団をかぶったまま話しだした。


「おまえを送ったあと、運転テク磨こうと山にドライブに行ったんだわ。

 バイクのときと同じように上まで行って、下りに入って……。

 ほんで、カーブんトコで事故った」


「一緒に行ってる山だよな?

 慣れてるコースだ。スピード出し過ぎたのか?」


「んや……」


「ハンドル操作をミスったのかよ?」


「んや……」


「車のトラブルか?」


「…………」


「ジョウ?」


「…………」


「おい?」


「いや…な、一瞬だったから確信はねえけど――」


 ばつが悪いからなのかジョウは布団の中に隠れたままだ。事故後なので強く言わないようにしているが歯切れが悪い会話に少しいら立つ。


「なんだよ、言えよ」


「カーブに入った瞬間、緑色の物が見えてとっさによけたんだ」


「『緑色の物』?」


「折れた木が車道に落ちた……と思ったんだよ」


「『思った』?」


 あいまいな表現に違和感を覚える。話しているジョウ自身も変なことを言っているとわかっているようで、困惑した口調で続きを話した。


緑色の物 ソレ 、動いたんだ……スピンしてる車のほうを向いてきた……そのときに……木のお面を見た……気がする……」


 そこまで話すとジョウは黙ってしまった。よくわからない話をし、布団に隠れているので冗談なのかと考えてしまう。続きを待ってみるけどジョウは沈黙したままだ。しびれを切らして立ち上がると、布団をつかんで強引にはいだ。


「ジョウ……」


 あらわになったジョウはさっきは見えなかった顔の半分に打撲のあざができていて、はだけた胸にはサポーターのような白いものが見えていた。


 言葉に詰まっていると、ジョウは服を着直して胸を隠し、人差し指で頬をきながらきまり悪そうにした。


「あー…… 心配すんな。

 事故ったとき、 前 フロントをぶつけたんだ。そのときの衝撃とエアバックの作動で顔と胸を打った」


「大丈夫なのか」


「ただの打撲。アバラとすねに小さなひびが入った程度だ。

 様子見で入院してるけど、なんもなければすぐ退院できる」


 口では大丈夫と言っているけど話すたびに少し顔をしかめている。聞きたいことはたくさんあるけど無理をさせたくない。今日のところはここで切り上げることにした。


「また来る」


「おう」


「そういや、スマホは見てるのか?」


「事故のときに無くした」


「だから連絡がつかなかったのか」


「新しいスマホを買ってくれるように親に頼んでる最中。

 ゲットしたら連絡するよ」


「わかった。俺の連絡先、知ってるよな?」


「スマホに全任せしてたから覚えてねえ」


「メモとペンよこせ」


「ペンはあるけど紙はない」


「どこに書けばいいんだよ」


「そうだなあ。う・で・に・書いて♡」


 ウインクして見ている顔を殴りたいのを我慢して油性ペンを手に取ると、袖をめくって差し出している腕に電話番号を書いていく。

 「あぁん♡ くすぐったいわ」とか言ってるのは無視して書き終えると帰り支度に入った。


「ロウ」


 カーテンを引いて出て行こうとして呼び止められた。ベッドにいるジョウはいつもと雰囲気が違っていて表情が曇っている。


「ロウ、気をつけろよ?」


 ふだんは口にしない言葉に違和感を覚えるも「ああ」と答えて病室を出た。廊下でさまざまな年齢層の人たちとすれ違う。大半は仕事帰りに面会に来たと思われ、慌ただしく歩いていく。


 病棟を出ると夕焼けで空が赤い。街灯がともり始めて駐車場へいざなっている。木々はずっとざわざわと騒いでいて、バイクがある場所へ着いたころには暗くなっていた。


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