男子高校生 Rの場合

学校に行くと


(ジョウと連絡が取れない。学校も休んでいるし、どうしたんだ?)


 ドライブから帰った日の昼過ぎにロウはジョウに連絡を入れた。メッセージを送ったのに返事がないので電話してみた。コール音はするけど通話にならない。ずっと運転していたから疲れて寝ているのかと思い、またメッセージを残しておいた。


 月曜になり学校へ登校し、昼休みにジョウを迎えに教室に行ったけど姿がない。クラスメートに聞くとジョウは休みという。スマートフォンに連絡するけど、またコール音だけ鳴って出ない。送ったメッセージは未読のままだ。


(まめに返してくるジョウにしては珍しい。風邪で寝込んでいるのか?)


 ジョウは風邪をひきやすいくせに無理をすることがある。微熱があっても放置したままでいて、あとで寝込んで長引く。それに仮病を使ってさぼることもある。


(邪魔するのもなんだし……。連絡を待つか)


 ジョウ宛てにメッセージを打っていると、友人が昼飯を食べに行こうと声をかけてきたので教室をあとにした。



 火曜日。

 昼休みにジョウを迎えに行くと席に姿はない。クラスメートに尋ねると、休みだと返事がきて不安がよぎる。


(日曜から連絡が取れていないことになる。なんかあったのか?)


 電話をかけてもつながらないしメッセージは未読のままだ。


(ジョウとの連絡手段はスマホしかない。ほかの連絡先は知らないが家の場所は知っている。学校帰りにジョウの家へ寄ってみるか)


 いつも騒がしい主が不在となっている机は寂しげに見える。一緒にいた友人が「行こうぜ」と声をかけてきたので教室を出た。



 放課後になってバイクに乗り一人でジョウの家へ向かった。

 ジョウの家に着き、バイクを停車させて電話をかけてみた。電話には出ないし、家の中からコール音は聞こえてこない。家の様子をうかがっていると、向こうから歩いてくる人影が視界に入った。


 見慣れたシルエットですぐにジョウの弟とわかったがいつもと様子が異なる。弟はうつむいていて表情が暗く、重い足取りで歩いている。近くまで来てもぼんやりとしていたので声をかけた。


「よお」


「……ロウ兄ちゃん……」


 呼びかけに反応して弟はのろのろと顔を上げた。いつもは一緒に遊んでとせがんでくる明るい子なのに様子が変だ。


「元気ないな。なんかあったのか?」


 弟は不安そうな顔をしていて今にも泣き出しそうだ。かがんで視線を合わせてからゆっくりと頭をなでる。一呼吸おいて聞いてみた。


「どうした?」


 じっと目を見ていると弟の瞳に涙がにじんできた。そのまま頭をなでていると、ぽろっと涙がこぼれて、顔をくしゃっと崩して泣き出した。

 声を出さないようこらえて泣いている。泣き虫なのは知っていて我慢している姿からジョウが思い浮かんだ。


 ジョウを迎えに行くと、弟はジョウにしがみついて一緒に行くと言ってだだをこねる。ツーリングなので連れていくことはできず、最終的に弟は大泣きしてしまう。

 弟に泣きつかれたジョウは少し困った顔をしたあと、「男は簡単に泣くんじゃねーぞ」と弟の頭をなでながら毎回笑ってなだめていたのを思い出した。


(まだ小さいのに我慢して。何があったんだ?)


 ジョウのことが気にかかって早く質問したいけど、まずは弟の話を聞くことにした。そのうち弟はせきを切ったように話しだした。


「お、お兄ちゃんが……ヒグッ……お兄ちゃんが事故にっ……グスッ」


「……え」


「救急車で病院に運ばれたのっ」


 弟の声が遠くに聞こえて心臓が速く鼓動を打ち始める。


(ジョウが事故っただと!?)


 弟は動揺しているので、不安がらせないように冷静を保って質問していく。


「ジョウは病院にいるのか?」


「ヒッ、ヒクッ……うん」


「そっか。ジョウと話はできるのか?」


「お、ンクッ……お、お母さんが……グズッ……お兄ちゃんとはまだ会えない……ッ…って。もう少ししたら一緒に……行こうねって」


「ん、そうか」


 どうやらジョウの親は弟に容態の詳細は教えてないらしく、兄が病院に運ばれたことしか知らなくて心配で仕方がないようだ。ロウは不安を取り除くように頭をなで続ける。しばらく泣いていたが気持ちが落ち着いてきたようで泣くのをやめた。


 ロウは弟に家へ帰るようにうながしたが、門の前で足を止めて不安げな顔をしたまま動かない。ロウは隣へ行くとゆっくりと石段に腰を下ろした。地面をぽんぽんとたたくと弟は並んで座った。


 弟は膝を抱えて顔をうずめており、無言の時が流れるけどロウは隣に座ったままでいる。後ろに手をついて空を見ていたら、弟がうつむいたままぽつぽつと話し始めた。


「お兄ちゃんね、山で事故に遭ったんだって。通りかかった人が助けを呼んでくれて救急車で病院に行ったの。

 大きい怪我はないから大丈夫って、お母さんは言っていたけど僕はまだお兄ちゃんに会っていない……」


 ここまで話すと、再び弟の目に涙がたまってきた。ロウは頭をゆっくりなでて、できるだけ不安をやわらげるようにする。


 玄関灯がついて扉の開く音がした。振り向くと老人が玄関にいて不審そうな目で見ている。


 警戒した声で「どちら様かしら?」と問うと、隣に居た弟が慌てて涙をぬぐい、「おばあちゃん!」と言って立ち上がった。そのまま何事もなかったかのように明るく話しだした。


「おばあちゃん、この人ね、ロウ兄ちゃん。お兄ちゃんの友達なの」


 警戒していた目から緊張がなくなったのがわかって挨拶した。


「ジョウジと同じ高校に通っている、ロウです。ジョウは俺の友人で……。

 ところで……あの……」


 弟がいるのでジョウのことを聞いてもいいのか迷って視線が泳ぐ。察した老人は簡潔に教えてくれた。


「ジョウジは〇〇〇総合病院にいます。大丈夫ですよ」


 穏やかにほほ笑んだ老人を見て安心し、やっと肩の力が抜けて表情が緩んだ。


 老人は弟に家へ入るように促し、奥へ行ったのを確認すると、病棟と部屋番号まで教えてくれた。お礼を言うと「孫によろしくね」と言ってから家へ入っていった。


 ロウは家の前で会釈するとバイクにまたがって病院へ向かった。


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