音の正体


 カノコの隣の部屋には妹がいる。

 休みだからと一日中母親に甘え、独占していたところを寝かしつけられて熟睡していた。そこへ妙な音が聞こえて目が覚めた。


  ザリ ザリ ザリッ


   ボンッ ボンッ


 聞き慣れない音に起こされ、眠いのを我慢しながら部屋を見回したが、動いている物はない。すぐに睡魔が襲ってきたので布団を頭までかぶって寝ようとしたけど音は続いている。


 音が気になり、今度は電気をつけて部屋を見てみた。やっぱり何も動いていない。それでも音は鳴っているので音がする場所を探し始めた。


 音は壁から聞こえていて、ボンッと鳴ると地震のときのように壁が少し動いている気がする。奇妙な音と初めて見る光景を不思議に思い、壁の前に立って様子を見ていた。


 しばらく見ていたけど同じことが繰り返されているだけだ。飽きてきたので部屋のドアを開けて母親を呼んだ。


「マァマ~」


 一度では気づいてもらえず、廊下に出て何度か呼んでいると母親が来てくれた。


「どうしたの?」


「壁から音がする~」


「壁から?」


「うん。うるさいの~」


 母親は不機嫌そうにしている娘の手を引いて一緒に部屋に戻った。


 部屋へ入ると電気がついている。室内を見回すと本を読んで娘を寝かせ、片づけをして部屋を出たときの状態のままで変わったところはない。夢でも見たのだろうと、また寝かしつけようとしたら壁を指さして言ってきた。


「あっちから音がするの~」


 壁はとくに異常は見られない。でも確かに音が聞こえてくる。


 ザリザリザリッと物がこすれるような、または引きずるような音と、ボンッという物が落ちたような、当たっているような音が聞こえる。


 気味悪く感じたが注意深く聞くと、くぐもった音はこの部屋ではなく、隣の部屋から伝わってきているようだ。


(カノコの部屋から音がしているみたいだわ。

 あの子、夜だというのに何をしているのかしら?)


 あきれながらも音の原因はカノコの部屋にあるとわかったことで安心し、眠そうにしている妹に説明した。


「音はね、お姉ちゃんの部屋からだからもう心配ないわ。

 さ、もう寝て」


 布団へ入れると母親はカノコの部屋へ行き、ドアをノックした。


「カノコ、何しているの? 音がうるさいわよ」


 しばらく待ってみたけど返事がない。ため息をついてまたノックした。


「カノコ、聞いている? 音がうるさいわよ」


 二度目も返事がないのでドアノブを回してみたが鍵がかかっている。再度ノックして名前を呼ぶけど応答がない。

 ドアに耳を当てて部屋の様子を探ると、妹の部屋で聞こえた奇妙な音がさっきよりもよく聞こえてくる。やはり音はカノコの部屋からのようだ。


 音の発生源がわかったけどドアが開かない。


(年ごろだから鍵をかけたい気持ちはわかるけど、こういうときは厄介だわ。

 イヤホンで音楽でも聞いていて、声が聞こえていないのかしら?)


 カノコの部屋からはずっと音が聞こえていて、ノックにも呼びかけにも答えない。スマートフォンに電話をすると気づくかもしれないと、電話をかけてみたけどスマートフォンには出ない。

 仕方がないのでカノコの部屋の合鍵を取りに行き、最後に声をかけても返事がなかったので合鍵を使ってドアを開けた。


 部屋は机の電気だけついていて薄暗い。中に入って机に近づくけど娘の姿は見えない。部屋の隅に動くものがあって目を向けると、上着を脱いだカノコが壁に背を当てて立っていた。


(び、びっくりしたわ。着替え中だったのね)


 部屋に入ったタイミングが悪くて気まずくなり、声をかけるのに躊躇ちゅうちょしていると、娘は異様な行動を取りだした。


 カノコはうつむいたまま壁に背を押し付けて上下左右に激しく動く。動きに合わせてザリッザリッザリッザリッとこすれる音が響く。ひとしきりこすりつけると動きが止まって壁から少し背を離した。


 背中を丸めて立つカノコの目は血走っており、ぜぇぜぇと荒い息をしている。呼吸が落ち着いてくると、思いきり息を吸って止めた。それから背筋を伸ばすと今度は背中を壁にぶつけ始めた。


 カノコの背中が壁に当たるたびにボンッボンッボンッと音が響く。母親は娘の奇行にあっけに取られていたけど我に返った。


「カノコ!? 何をしているの、やめなさい!」


 慌てて駆け寄り肩をつかんで壁から離した。カノコは力なくへたり込んでいき、そのまま床に座った。母親は落ちていた上着を拾い上げ、娘にかけようとして驚いた。


 カノコの背中は引っかき傷と、壁にこすったせいで皮膚がめくれて赤くなっている。深くえぐられたところは血が出ており、背中全体がぼろぼろになっていた。


「きゃ―――!」


 母親の悲鳴を聞いて父親は急いで部屋へ駆けつけた。口に手を当てて真っ青になっている母親がぶるぶると震えながら指さした先を見て、娘の現状を知った父親は「なにしてるっ! 病院へ連れて行くぞ!」と大声で言い、すぐに病院へ行く準備を始めた。


 父親の声で娘の突然の奇行に腰が引けていた母親は正気に戻り、カノコに話しかける。カノコは母親の問いかけには答えず、うつろな目をして座り込んでいる。ぶつぶつと何か言っているけど小さな声で聞き取れない。意思の疎通ができないカノコを両親が支えて病院へ向かった。


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