思い出にひたっていると


 カノコは自室にこもって日記をつけていた。でも先ほどからペンは置いたままになっていて、過去に書いた内容を読み返している。ページをめくる手が止まって笑顔になった。


(この日は嬉しかったな!)



‖9月△日‖

 マミちゃんから電話がきた!

 おまじないができるかもしれない!


‖9月△日‖

 今日は最高の日!!

 やった、やったー!!



 「最高の日」は学校帰りにマミとカフェへ行き、ドライブの計画をした日のことだ。ジョウが車を出してくれることは前日に知らされていたけど、ロウのことはふれていなかった。そこでロウも参加すると知って飛び上がって喜んだ。


(ロウくんも一緒なんて信じられなくて、最初はマミちゃんの冗談かと思っちゃった。

 でも本当にロウくんもパワースポットめぐりに来てくれたわ。思い出しただけでも嬉しい!)


 顔がほころんでおり、日記に書かれた文字を追う目が速くなっている。


 日記はドライブに行くことが決まってから意図的にまじないやパワースポットの詳細を書くのをやめている。

 パワースポットめぐりは夜に行う必要があるため、初めから内緒で出かけるつもりでいた。そのため万が一、親に日記を読まれても支障がないようにわざとぼかしている。


 日記を書いていた日のことを思い出しながらページをめくっていく。



‖9月△日‖

 早く休みがこないかな。

 待ちどおしいよ。


‖9月△日‖

 そうだ、あのおまじないをもう一度見てみよう。


‖9月△日‖

 よし! がんばるぞ!



 気合いを入れた翌日にパワースポットめぐりをしており、日記の最新ページに追いついた。


(ロウくんは遠い存在だった。

 接点がないまま卒業しちゃうんだろうなと思っていたのに一緒にドライブに行くことになるなんて、夏休み前のわたしだと考えられないわ!)


 日記を読み返したことで、パワースポットをめぐっていたときのことが思い浮かぶ。


(虫よけスプレーを返したときに手が触れたわ。

 並んで歩いたときは彼のにおいがしてきた。1メートルもない距離でロウくんの顔を見ることもできたわ。やっぱりカッコイイっ)


 回想から戻ると、机に突っ伏して足をばたばたさせながら「きゃ―――♡」と声を出さずに叫びながらもだえる。そしてスマートフォンをちらりと見た。


 ロウが一人で写っている写真はないけど、ジョウといる写真はもらうことができた。スマートフォンを手に取り、マミが送ってきた写真を画面に出してアップにして見つめる。


(ロウくん……。両想いになれたらいいなあ)


 ひとしきり写真を眺めて満足すると日記の続きを書き始めた。



‖9月△日‖

 4つの場所へ行って願いごとをした。

 あの呪文もやったからうまくいってほしいな。



 書いている途中で腕がかゆくなり手を止めた。腕をき始めるとかゆみが増してきた。


(腕がかゆいわ。

 あっ、ここ、海で蚊に刺されたところだわ)


 腕をひねって確認してみると、ビーチそばのほこらで蚊のようなものに刺され、かゆみを感じた箇所がニキビのようにピンク色になって膨らんでいる。

 よく見ようともう片方の手を使って腕をひねると、膨らんでいた表皮が裂けて中から透明の液体が染み出してきた。


「やだっ」


 ティッシュペーパーでふき取ったけど、すぐに患部からじんわりと液体が出てくる。止まる様子がないのでティッシュペーパーで押さえていたら、蚊に刺されたときのようなかゆみを感じた。


 掻いてはいけないとわかっているけど、うずいて我慢ができずまた掻いた。掻くとますますかゆみが増して、爪を立てて掻き始めた。


 ぼりぼりと無心になって掻き続ける。掻いた部分に沿ってかゆみが広がり、広がった範囲をカバーするようにまた掻くので、かゆい部分はどんどん広がっていく。


 はじめは二の腕部分だけだったかゆみが肩へ広がり、肩を掻き始めると今度は肩甲骨へ範囲が広がった。背を掻き始めるとかゆみは背中全体に広がっていき、思いどおりに掻けない場所もでてきた。


「かゆいっ! かゆい!!」


 服の上から背中を掻きむしる音が部屋に響いている。かゆみはどんどん増していて、たまらずに上着を脱ぐと、肌にじかに爪を立てて掻きむしっていく。


 掻いてもかゆみは消えず、指の力はどんどん強くなって肌から血がにじんでいる。それでもかゆみは治まらず、椅子から立ち上がった。


「かゆいっ! かゆいぃぃ―――!!」


 もぞもぞとうずくかゆみをどうにかしたくて方法を探していると壁が目に入った。壁まで行くと背を当てて上下左右にこすってみた。


 かゆみがやわらいで楽になったのはほんの一瞬で、さっきよりもさらにうずきがきて、よけいにかゆくなった。また壁に背をつけて上下左右に激しくこすりつける。体重をかけてこすりつけているから肌は傷ついていく。


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