カラスがつきまとう森


 転ばないように用心しながら傾斜を下りていく。

 手入れされていない雑木林に道はなく、上に見えている車道を目印にして下へ向かって進んでいく。


(草木が茂りすぎてる。車道の近くを歩かねえと、方向がわからなくなって森の中で迷いそうだ。

 このまま下へ行けばいずれ道路か畑に出るはずだけど、伸び放題の植物をかき分けないといけないから手間だぜ)


 痛む胸と足をかばっているから動きは鈍く、遅々として進まない。スマートフォンがないので時間はわからないけど、周囲が見えていることに助かっている。


(視界があるうちに道路に出ないと。日が暮れると山はすぐに暗くなって方向がわからなくなる。

 しかし葉っぱとか落ちてて地面がやわらかいから歩きにくいぜ。そのうえ雨が降っているからすべりやすい)


 怪我をしていて状況が不利なのでこれ以上、悪化させたくない。焦る気持ちはあるけど冷静に努める。


 雑木林は高い木が乱立しているだけでなく、胸近くまで草木が茂っている。

 顔くらいの大きさがある葉が密集していたり、巨大なゼンマイのようなものが生えている木など、身近にはなかった植物が繁茂している。どれも青々としていてサイズが大きい。


(映画に出てくるジャングルの中にいるみたいだぜ。

 なんか廃墟に行ったときを思い出すなあ。不法侵入になるからバレないように行こうってなって林に入ったけど、ロウは慣れた感じで歩いてたよな)


 友人たちと肝試しをした記憶が出てきて、くすっと笑ってしまった。


 声を出すと胸が痛いので簡単に助けを呼べないし、怪我していて体力も消耗してきている。森の中で倒れて動けなくなってしまうのではと不安を感じていたけど思い出に助けられた。


(大丈夫、大丈夫。

 怪我しているから不安になってるだけだ。道路へ出ればなんとかなるさ)


 自分に言い聞かせて足を止めないように努める。


 草木をかき分け、足元に注意しながら林の中を進んでいると、奇妙な音がして上を向いた。


(なんだ、カラスの鳴き声か)


 高い位置の枝にカラスが1羽、別の木にも1羽止まっている。頭を上下に動かして値踏みするようにこちらを見ている。片方が「カァー」と鳴くと、もう片方が「カァーカァー」と返し、2羽は見合って会話を始めた。


(雨の日にカラス……。なんか気味わりいな)


 カラスは刺激すると攻撃してくると聞いたことがあったので相手にせず、そのまま足を進める。


 動くたびに肋骨と足が痛む。道はないので伸びている雑草をかき分けて進み続ける。羽音がして見上げると先ほどのカラスがついてきていて、枝から枝へ飛び移ってくる。無視して歩き続けていると、草木の間から道路が見えた。


(よかった、道路だ。あとは道路に出て歩けばいい。

 運が良けりゃあ、車が通るかもしれねえ。車が来なくても山を出れば民家がある)


 安心すると歩く速度が落ちた。すると、あとを追ってきていた2羽は先へ飛んでいき、低い位置の枝に並んで止まった。

 2羽ともこちらを向いており、1羽が「カァ~」と間延びした声で鳴いている。くちばしがいびつに見えて、まるで笑っているようだった。


 野生動物は人を恐れて森に生息しており、身近で野鳥を見たことがない。こんなに近い距離にいて、しかも人を恐れていないところが不気味だ。


(カラスって、こんなに近くまで寄ってくるものなのか?)


 まるで人が会話しているかのようにカラス同士が互いを見て「カァ、カァ」と鳴いている。目を合わせないようにカラスの横を通りすぎて森を出た。


(まだ山の中だけど、だいぶ下まで来ている。

 このまま山道を下って畑があるところまで行けば大きな道がある。そこだと車が通るはずだ。まずは山を出て道路を目指そう)


 山道の端を歩いて山を下っていく。

 一度でも足を止めてしまうと、そのまま動けなくなってしまいそうで怖い。


(速く歩けねえから思ったより時間がかかりそうだ。

 まあ、でも森の中より歩きやすいから大丈夫だろう。最悪の場合は民家まで行って、事情を話してスマホを貸してもらおう。

 つーか、息が苦しい。舗装された道でも歩くとあちこちいてえなあ)


 胸と足をかばって歩くので一歩一歩の間隔が狭くて足取りは重い。雨が強くなってきて木々が覆う山道はますます暗くなる。

 顔がぬれないように上着のフードをかぶって視界をつくり、足元が見えにくくなってきたので車から持ってきたライトをつけた。


 山を出ることだけ考えて黙々と歩いていると、ふいに背後が明るくなった。どんどん明るくなってきて近づく音から車だとわかった。足を止めて振り向くとライトがまぶしくてよく見えない。


 足を止めたままでいると、車はゆっくりと速度を落としてきた。隣まで来ると停止し、助手席の窓がゆっくりと下りていく。運転している男性が助手席側に体を寄せてきた。


「きみ、どうしたの!?」


 意識がぼんやりとしてて、すぐに答えられない。もう一度声をかけられたので車へ近づきながら返事をする。


「あー…… 事故っちゃって……。

 スマホを無くしたので連絡できないんです。

 すみませんがスマホを貸してもらえますか?」


「えっ! 事故って! 大丈夫なの!?」


「だいじょ――」


 ここで意識が途切れた。


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