気がつけば雨の中


(……冷てえ。なんか右手が冷たい……)


 目を開けようとすると、ずきずきと顔中に痛みが走る。ゆっくりとまぶたを開くと視界がぼやけている。ぼんやり見ていたらだんだんと焦点が合ってきて、ひび割れたガラスが見えた。


(なん……だ?)


 寝起きのときみたいに、ぼうっとしていて思考がうまくまとまらない。目だけを動かして辺りをうかがうと、ひびの入ったガラスは車のフロントガラスで、自分は運転席に座っている状態だ。


(あー……。事故ったんだ。

 カーブでミスって車道から飛び出したんだっけ)


 だんだんと思い出してきた。状況がわかってくると体のあちこちが痛い。


「ってぇ……」


 声を出すと胸に強い痛みが走った。思わず強く息を吸ったら、よけいに痛みが増した。


いてえ! たぶん、アバラにひび入ってんな。あとは――)


 全身に痛みを感じているから感覚だけでは怪我の具合がわからない。少し動くだけで胸が痛くなるけど、我慢してゆっくりと体を起こした。

 見回すと開けていた窓から雨が入り込んでいて、右手がぬれて体が冷え始めている。


(右は……動く。左も……。手は怪我してねえみたいだ。

 足は……。いてっ。右足のすねをぶつけているな。

 まあ、でも動けないレベルの怪我はしてねえみたいだ)


 安心するとシートにもたれて目をつぶった。ふうとため息をつくと、また胸に激痛が走る。ゆっくりと息を整えていると、シートベルトがかかっている箇所に沿って鈍痛があることに気づく。


(エアバックが開いていた。作動したおかげで助かったのかもな。

 ま、衝撃でアバラをやっちまったみてえだけど)


 胸の痛みがやわらいだので、再び目を開けて状況を確認し始めた。


(フロントガラスはひびが入って使えねえ。木にぶつかったとき強い衝撃を受けたけど、車内はあんま壊れてないみたいだな。

 あー……、でもボンネットがへこんでてエンジンが止まっているから廃車レベルかもなあ)


 車は道路を飛び出して木にぶつかったあと、落下していた。草木をなぎ倒しながら落ちていき、エンジンは自然に止まったようだ。


 いつ降り始めたのかわからない雨が窓から入り込んできている。今はしとしと降るやわらかい雨だが空模様は怪しい。


(雨のせいで薄暗くて時間がわからねえ。

 今、何時なんだ?)


 ドリンクホルダーを見ると置いていたスマートフォンが見当たらない。ぶつかった衝撃でどこかへ飛んでいったらしい。運転席と助手席の床を見たけど落ちていない。座ったままでは探せないので、車からいったん出て車内全体を調べてみることにした。


 運転席のドアは変形してなかったので開けることができた。しかし力を入れるとどうしても胸が痛む。


(くそ~。動くとアバラに響く。

 息をするのに支障はねえけど、動きにくくて厄介だな。

 さて、と。スマホはどこに飛んだ?)


 胸が痛くならないように慎重に体を動かしながら運転席と助手席、それから後部席と車内をすべて探してみたけど見当たらない。車の周辺も確認し、付近の雑草を足で軽くかき分けてみたけど、雑草が茂りすぎてて探せない。


(見つかんねえ。

 スマホがないと助けが呼べねえ……。まずいな)


 見上げると道路が見えている。肋骨の痛みがなければよじ登れそうだが、無理をするとさらに怪我をする恐れがある。


(山は車があまり通らない。たとえ通ったとしても、崖下ここからだと大声を出しても運転中は聞こえねえだろうな。

 ここにいても助けを呼べる確率は低い。道路に出て歩いたほうが車と出会う可能性が高いな)


 雨にぬれて体が冷えてきている。雑木林レベルの山でも判断を誤ると生命いのちの危険がある。


 いきなりジャングルに放り投げられたような状況となって不安を感じているが、とどまっていても現状の好転は見込めない。そこで林の中を突っ切って道路へ行くことにした。


 車内に戻ってグローブボックスから小型のライトを取ってポケットに入れ、置いてあった上着を羽織ると、痛む胸と足をかばいながら森の中をゆっくり下り始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る