獅子(三)


 住宅地にはアパートや民家が所狭しと並んでいる。


 夜更けなので道に人の姿はなく、電気が消えている窓が多くて寂しげだ。それでも室外機の音やテレビの音などが小さく聞こえてきて生活感がある。


 これまでのパワースポットは人家がなかったので遠慮なく話していたが、ここでは自然と声をひそめて話すようになっている。


 ロウとカノコは紙の地図をもとに歩を進め、スマートフォンの地図アプリで現在地を確認しながら目的地を目指す。二人から少し距離をおいてマミとジョウがついていく。


 順調に進んでいたロウとカノコの足が止まり、「地図だとこの辺りだけど」とロウの声が聞こえてきた。マミとジョウが追いつくと、ジョウがカノコに聞いてきた。


「カノコちゃん、石彫りの獅子がどんなのかわからないんだけど、どうやって探せばいい? 大きさはどのくらいかな?」


「わたしもどんな姿をしているのかは知らないの。

 狛犬とかシーサーみたいな姿を想像しているけど、大きさもよくわからないの……」


「ふ~む。マミは知ってんの?」


「ごめん、わたしも知らないの」


 ずっと島で生活しているけど、マミはカノコと『チチヌユまじない』を調べるまで石彫りの獅子の存在をまったく知らなかった。まじないの情報を集めていたときも、身近にはまじないを実行した者はおらず、獅子の姿を知っている子も見つけられなかった。


 姿形が不明なのでネットで獅子の写真を探してみると、ライオンや狛犬、シーサーなどいろんな石造りの獅子がずらっと表示された。しかし見たことがないので探している獅子がどれなのかは特定できなかった。


(場所はわかっているからいいけど、結局、獅子がどんな姿をしているのかわからなかったわ。

 パワースポットという神聖な場所だから、みんな写真を撮っていないのかしら?)


 マミとカノコはまじないを実行する目的でパワースポットめぐりをしている。しかしジョウやロウにはまじないのことは秘密にしているので相談できない。


(わたしからドライブに連れて行ってとお願いしておきながら、獅子がどんなものなのかわからないなんて……。

 ジョウはあきれちゃうかな……?)


 不安がよぎってジョウの様子をうかがう。ジョウはロウと一緒に地図を見て話している。怒っているような雰囲気はない。ひとしきり話していたけど目を上げると口を開いた。


「狛犬っぽいやつか。よぉ~っしゃ、付近を探そうぜ」


 それだけ言うと気にする様子もなく歩き始めると、ロウはほかの場所を探しだした。マミとカノコもそれぞれで獅子を探し始める。


(よかった。ジョウに嫌われたらどうしようかと思った)


 ほっとしたのもつかの間、今度はジョウがどう思っているのか気になってしまう。気がつけば目がジョウを追っていて獅子を探すことに集中できない。


 気もそぞろな状態で獅子を探していると隣にカノコが来て一緒に探し始めた。


「実物を見たことがないから獅子を探せるか心配になってきちゃった。

 大丈夫かなぁ……?」


「場所はこの辺りとわかっているし、四人いるから大丈夫だよ」


 弱気になっているカノコを励ますけどマミも不安を感じている。イメージしていたのは神社にいる狛犬で、大きくて目立つだろうからすぐに探せると思っていた。でも本当に狛犬のような姿をしているのか、サイズは大きいのか小さいのかもわからない。


(探せなかったらどうしよう。もっと情報を集めておくべきだったわ)


 電柱の反対側に獅子が隠れていないか行ってみて確認したけどいない。次にハイビスカスの垣根に埋もれてしまってないかと、茂った葉の中を見てみたりしたけど見当たらない。

 道のどこかに獅子の形をした物がないか慎重に見回していると、ふいに声がした。


「これじゃねぇ?」

 

 声がしたほうを向くと少し離れたところにジョウがいて、塀と塀の境目となる場所に立って手招きしている。みんなジョウのもとに集まった。


 ジョウが指さしている場所は塀の端だ。不自然に塀がへこんで四角くスペースが設けられている。地面がコンクリートで固められており、その上に段差を設けた長方形の台座がある。台座の中央には石彫りの獅子が鎮座していた。


「絶対、これだわ!」


 不安に駆られていたなか、無事に見つかってつい大声が出た。マミは慌てて口を押えて周りを見るけど住人には気づかれていないようだ。ほっとするとカノコと目が合い、互いに笑顔を浮かべた。


 3つ目のパワースポットの獅子をじっくり見てみる。

 どうやら一つの石を削ってつくられたようで継ぎ目はない。大きさは柴犬ほどで座ったポーズを取っている。獅子は全体的に灰色をしているが白い部分がところどころにあり、もともとは白い石だったのかもしれない。


 開かれた口に大きな鼻、目や耳があって狛犬と似ているけど彫り方が荒い。前足の丸みは胴体や後ろ足と一体化していて、彫っている途中のように見える。表面は磨かれていなくてでこぼこしており、遠くからだと獅子には見えず、石が置かれているみたいだ。


「獅子というより……サル?」


 すかさずマミがジョウの肩をばしっとたたいた。でもジョウがサルと言ったのもうなずける。石彫りの獅子は歯がずらっと並んでいて、歯をむき出したときのサルの顔にそっくりな表情をしている。


「サルに見えるだろ~?」


「獅子に失礼でしょ」


 二人が話している間、カノコはしゃがんで獅子をまじまじと見ている。熱心に見ているカノコに気づいてマミは声をかけた。


「どうしたの?」


「あ、えっと、ここにも香炉があるなあって」


 カノコは答えると指をさした。獅子の横には四角い石があり、ぱっと見だとコンクリート製のブロックに見える。でも上部分が少しくぼんでいるから、島の御嶽ウタキで見かける香炉に違いない。


(香炉もあるから間違いないわ。この獅子が探していたパワースポットよ!)


 確信したマミはカノコの隣にしゃがみ、小さな声で話す。


「カノコ、今のうちに願い事しておきなよ」


「あっ、うん!」


 カノコはマミに隠れる位置にいて、ジョウやロウがいる方向からは見えていない。カノコは手を合わせると素早く願い事をした。


 カノコが願い事を済ませたのを確認すると、マミは「3つ目のパワースポットも無事に到着したわ。残りは一つだね」と言って何事もなかったかのように振る舞った。


「もういいんか?」


「うんっ! 十分堪能したわ」


 ジョウの問いかけにマミが答えると四人は車がある場所へ戻り始めた。


 ジョウとロウが前を歩いている。ジョウは手を頭の後ろに組み、笑顔でロウと話している。ジョウを見ていたら胸のあたりが温かくなって、人にやさしくしたい気持ちがわいてくる。


 パワースポットめぐりはカノコの恋を応援するために計画した。マミはサポートに徹すると決めて、カノコが想いを寄せるロウと接点をつくることに使命を燃やしていた。だけど今はジョウと共通の思い出ができていることに嬉しいと感じている。


 隣でカノコが話しているけどマミは半分は上の空だ。ジョウは何を話しているのかと男子トークのほうが気になっていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る