向けられた敵意(二)


 一つ目のパワースポットの城跡に着いたのに、立つこともできないほど頭痛がひどい。座った姿勢だときついので座席シートを倒して横になっている。頭痛が始まってから耳障りな音も聞こえてて、頭に響いてさらに痛みが増す。


 目を閉じて痛みに耐え、荒くなっている呼吸を整えるようにしていると、雑踏にいるような騒々しい音以外に、バンッバンッと別の音が鳴っていることに気づいた。


(風の音じゃない。

 たたくような音は一体……?)


 閉じていた目を開いて音が聞こえた助手席の窓を見ると、白い手のひらが見えた。


「なんだ!?」


 反射的に体を起こし、腕の力で体をずらしてなるべく窓から距離を取った。今度は運転席側がバンッと鳴ったので振り向くと、窓に手のひらが張り付いている。


 ずっと聞こえていた大きな音で気づかなかったが、あちこちからバンッバンッと音がしている。ひときわ大きく音が鳴ってフロントガラスの中央に手が現れると、続けざまに後部席の右の窓で音がして手のひらが張り付いた。


(手しか見えねえ!)


 窓に張り付く手は真っ白で生気がなく、暗い中で光が当たっているかのようにはっきり見える。こんなに目立つなら体の部分も見えるはずなのに、窓に張り付いた瞬間の手のひらしか見えない。


(どうなってるんだ!?

 体はないのか!?)


 手は現れては消えてを繰り返している。手が現れるたびにバンッと音が鳴って車がわずかに揺れる。音と車の振動が頭に響いて、ずきずきと痛みだした。頭を低くして歯を食いしばり耐えていると音がやんだ。


 目を閉じたまま様子を探るが物音一つしない。辺りは静まり返っているのでゆっくり目を開いた。顔を上げて窓を見ると真っ白になっている。フロントガラス、運転席とほかの窓を見回すとすべてが白くなっている。


(真っ白だ。

 さっきまで景色が見えていたのに、なんで……?)


 助手席の窓を見ると、白の中にところどころ短い線が入っている。少し近づいて目を凝らすと線の正体に気づいた。


(全部手のひらだ!

 手が窓を埋め尽くしている!!)


 手は静止したまま動かない。


 相手を刺激しないように音を立てずにゆっくりと動いて、できるだけ車の中央に体をずらしていく。目を離さず窓を見ていたら、窓を埋め尽くす白の一部がなくなって黒い部分ができた。


 また白が消えて黒が増える。


 黒に変わった部分をよく見ると、手が離れたことで暗い駐車場の景色が現れたことがわかった。見回すと車の窓に張り付いていた手の数が減ってきている。怪異の終わりが見えて安堵あんどの息がもれた。



 すべての手が窓から消えてもしばらく様子をみていた。5分ほど経っても変化がないので助手席へ戻り、倒していたシートを元に戻した。


 手が現れなくなっても、雑踏の中にいるような大きな音はずっと聞こえていて頭痛もおさまらない。こめかみを押さえながら何げなく前を見ると数メートル先に白いモノが在ることに気づいた。白いモノは煙のように揺らめいて車を囲んでいる。


(霧か? でも変だな。

 地面から2メートルくらいの高さしかない)


 霧のようなものが出ているのに空や向こうの景色ははっきり見えており、車の周りにだけ固まってただよっている。


 揺らめいている白の中に灰色の部分が混ざっていることに気づいた。灰色の部分はところどころにあり、何か形があるように見える。目が慣れてくると、灰色は凹凸でできる影の部分とわかって輪郭が浮き上がってきた。


(違う! 霧なんかじゃねえ! 人だ!)


 霧のように見えていたものは、だらんと手を垂らした人の形をしている。一人ではなく大勢いて、並んで揺らめくから霧に見えている。誰もが色がなくモノトーンで、後ろの人が透けて見えるから生きている者ではないとすぐにわかった。


(幽霊だ!)


 正体がわかると目が離せなくなった。

 車を取り囲んでいる幽霊は老若男女さまざまだ。現在では見ない野良着のような着物姿をしていて袖も丈も短い。薄い布地はしわが寄っていて、穴が開いているところもあり、服装から幽霊は古い時代の人のように思えた。


(俺は幽霊を視ているのか?

 それとも頭痛からくる幻覚なのか?)


 初めて頭痛を経験しているので、頭痛のせいなのか、それとも怪異と遭遇しているのか判断ができなくて凝視し続ける。


 幽霊はうつろな顔をしてぼうっと立っているだけだったが、ぴくりと何かに反応すると一斉に顔を上げて車を向いた。一瞬で車のそばまで移動し、窓に張り付くとにらんできた。


 どの幽霊も眉間にしわを寄せ、大きく口を開けて言葉のない怒りをぶつけてくる。目があるべき場所はくぼんだ穴になっていて、大きく開いた口の奥は漆黒だった。


 油断すると幽霊が車内に入ってきそうで視線をそらせない。目と口の奥にある暗闇から目が離せなくて引き込まれる。視界がぼんやりしてきたのでまばたきをしようと目を閉じたら意識が途絶えた。


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