玉水(三)
細い道を進んでいくと、テニスコート半面くらいの広さがある平地に出た。
突然現れた空間は中央の地面がきらきらと光り、前に立つ1本の常緑樹が月明かりを受けて影をつくっている。近づくにつれて光の正体がわかってきた。
光っている地面は小さな泉の反射だ。石を敷き詰めて水をためるようにしており、縁ぎりぎりまで水をたたえている。泉の水は背面の森から石造りの水路を通って伝ってきており、流れ落ちるたびに水面がきらめく。
「きれいね」
「こんなに大きい湧水は初めて見たわ」
マミとカノコが感動していると、ロウが「ここで合っている?」と確認してきた。二人同時に「ここだよ!」と答えると目が合って笑顔がこぼれた。
(よーし! ここからよ)
マミはジョウからライトを借りると、カノコと周辺を見てくると言って目的地を探し始めた。
「カノコ、2つ目は
「泉の近くにあって目立つらしいの。すぐに見つかるはずなんだけど……」
小声で話しながら祠を探すも泉の近くには見当たらない。泉から森へ視線を移すと水路が目に入った。水路は森の奥へ伸びていて長いようだ。
「あっ! 水路の横に三角形が見えるわ」
カノコが森を指さしているのでマミは目で追っていった。はじめのうち草木が邪魔して何も見えなかったけど、注意深く探すと祠の屋根らしいものが草の間から見えている。二人は顔を見合わせると林のほうへ歩き始めた。
泉よりも上方に鎮座する祠は、伸びた草木の中にあってほとんど埋もれている。階段は見当たらず、道を探していると雑草の切れ目を見つけた。
切れ目をよく見てみると踏み固められた部分がある。どうやら細い道になっていて祠の方向へ続いてるみたいだ。
「カノコ、あそこから行けるかも」
「雑草が多くてちょっと危ないかな?」
「そう……ねえ。気をつけて行けば大丈夫よ」
大丈夫とは言いつつ、ちゃんとした道ではないのでカノコを先に行かせるのは不安だ。マミが先頭に立って林へ向かおうとしたときに下から声がした。
「マミ、そこは危ねえんじゃないか?」
ジョウがこちらを見ている。泉の周辺は雑草が少なく、定期的に人の手が入っているようだ。ところがマミたちが向かおうとしている祠は雑草が繁茂している。祠の屋根部分は見えているけど、太もも部分まで草が伸び放題の状態だ。
通ろうとしている場所は道というより獣道で、草木をかき分けて行かなければならない。気味が悪いけど目的地の祠へ行くには通るしかない。
「道があるから大丈夫。すぐに戻るから」
ジョウに返事をするとマミが進み始めたのでカノコもあとに続いた。
雑草に囲まれた道を数メートル進むと、急に草木のない空間へ出た。空間の隅に50センチほどの大きさの祠が鎮座していて、弧を描いたように周囲には雑草が生えていない。
「マミちゃん、ここも
「そうだね……」
祠の中には陶器製の白いおちょこが置かれており、誰かが拝みに来た確かな証拠だ。おちょこは風雨で汚れているけど古いものではない。それに通ってきた道がふさがってないことから定期的に訪れる人がいるのかもしれない。
(パワースポットに選ばれてる場所だもん。
「ジョウたちが待ってるから早く願い事して戻ろう?」
「そうよね、早く祈ろう」
マミはカノコをうながし、祠の前でしゃがんで手を合わせて目を閉じた。
カノコの祈りが済むと、すぐに泉へ戻り始めた。帰りは下りの傾斜になっていて、登りのときより歩きづらく、雑草をかき分けるように進むので足元が悪い。
ライトは1本しかないので少し後方へライトを向けて、カノコが歩きやすいように気を使いながら進んでいく。用心していたけど、マミは地面から出ていた石を踏んでしまい、バランスを崩した。
「あっ!」
尻もちをつくかたちで転んでしまった。うまく手をついたので大事にはいたらなかったが、焦ったカノコが「大丈夫!?」と声をかけてくる。返事をしようと口を開けると、何かが口の中に飛び込んだ。
「ゴホッ、ゴホッ! ゴホッ!!」
喉に異物が張り付き、マミは咳き込み始めた。カノコはしゃがんでマミをのぞき込む。
「マミちゃん!? どうしたの! 大丈夫!?」
「マミ、大丈夫か!」
泉のそばにいるジョウも異変に気づいて声をかけてきた。
マミは咳が止まらず返事ができない。声が出せない代わりに手を振って大丈夫とアピールした。
(最悪! 虫が口に入ったのかも!)
胸の内で悪態をつきながら咳をし続ける。激しい咳をしていたけど、しばらくしてやっとで喉から異物が離れて咳が止まった。
「ごめん。ちょっとむせちゃって」
「よ、よかった~。ビックリしたよ~」
「ごめん、ごめん」
やっとで話せるようになったら心配していたカノコに謝り、立ち上がるとジョウに向かって「大丈夫だよ」と言いながら手を振った。
気を取り直すと、さっきよりも足元に用心して歩き始める。時間はかかったけど残りの道は何事もなく歩き終えた。
泉の脇で無事に合流するとジョウが口を開いた。
「びっくりさせんなよ~」
「ごめん、ごめん。喉が乾燥して、むせちゃってさ」
「ホントかよ? 口の中に虫が入ったんじゃね~の?」
ぎくりとしたけど本当のことを言うとジョウにからかわれそうなので、マミは適当にごまかしておいた。
帰りは一度通った道なので怖さが減っている。気持ちにゆとりができていて、辺りから水音がしていることに気づいた。
音が気になり、畑へ目をやると月明かりに反射して水面が光った。
(へぇ、クレソンの畑だったのね)
余裕ができたことで畑に植わっているクレソンに気づき、物珍しげに目をやっていると後ろから声をかけてきた。
「腹減ってるからって、物色するなよ~」
「なに言ってるの。おなかなんてすいてないわよ」
「またまた~。人様の畑から取ったらダメだぞ」
「取るわけないでしょ!」
マミは振り向いてジョウに言い返す。車を止めている場所まで暗くて不気味な道を歩くしかなかったが、二人がぎゃいぎゃいとじゃれ合いだしたので明るい雰囲気のまま通り抜けた。
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