玉水(二)


「車で行けるのはここまでか」


「あとは地図を見たほうがわかりやすい」


「やっとで地図が役に立つな~」


 パワースポットに到着し車を止めると、運転席にいるジョウが楽しそうな声で言ってきた。マミが素早く反応して「もうっ、うるさい!」と照れ隠ししながら運転席のシートを軽くたたいていく。


 マミとジョウがじゃれているのをスルーして、ロウは地図を見ながらパワースポットの場所を確認していく。


「駐車場から細い道があるけど、この道を通って先にあるココでいいの?」


 後部席にいるカノコに地図を向けて指先で地図を追っていく。最後にピンクの丸印が書かれている場所で指が止まると、カノコが小さな声で答えた。


「当たっているわ。丸印のところは湧水になっていて、そこがパワースポットなの」


「わかった。行こうか」


 パワースポットの位置の確認が終わると四人は車を降りた。


 アスファルト舗装されているのは車を止めたところまでだ。これから行く道は狭くて地面がむき出しになっている。道の左右は畑で、片側は背の高い植物が植わっており、もう片側は葉野菜が整然と並んでいて奥は雑木林が広がっている。


 ここら一帯は畑となっていて、車で通ってきた道には民家どころかコンビニもなかった。畑しかないので目の前の道は農作業をする人のためのものかもしれない。


 ジョウがLEDライトをつけて道の先を照らしていると、すぐに悲鳴が上がった。


「きゃあ!」「ひゃっ!」


 暗い中に強い光が現れたので虫が明かりに誘われて集まってきている。マミとカノコは虫に怯え、互いに手を取って辺りを警戒する。虫は光の周囲を飛び交い、数がどんどん増えてくる。


「早く行こう」


「そ、そうだよね」


 尻込みしかけていたところロウが二人に声をかけるとカノコが気を取り直した。つられるようにマミも冷静さを取り戻していく。


(そうよ、わたしたちが誘ったんだもん。ちゃんとしなきゃ)


 マミとカノコは二人で深呼吸を繰り返して、気持ちを落ち着かせていく。その間はライトを消しておき、虫がいなくなってから2つ目のパワースポットへ向かって歩き始めた。



 決めたわけではないのに先頭はロウ、続いてカノコとマミ、最後にジョウの順で進んでいく。湧水のパワースポットは最初に訪れた城跡とは環境がまったく異なる。


 城跡は観光客も訪れる場所だった。そのためちゃんと駐車場があって、少ないながら街灯も設置されていた。それに遊歩道が整備されていて歩きやすかった。ところが湧水のパワースポットは畑の中を歩いているような感じだ。


(こんなところにカノコと二人だけでは行けないわ。ジョウたちがいてくれて本当によかった)


 夜の道を歩くのにライトは欠かせない。しかし明かりに寄ってくる虫が気持ち悪い。逃げ出したいけどパワースポットへ連れて行ってと頼んだのは自分たちだ。

 口を開けると虫が飛び込んできそうなので無言のまま足を動かしていく。


(虫が飛んできて気持ち悪い! 見たことがないのもいるっ!!)


 叫びたいのを我慢し、転ばないように歩くことに集中して虫のことを考えないようにする。


 歩くたびにむき出しの地面から砂のようなものが舞い、足の裏がざらついて不快だ。それに少し傾斜があって歩きづらい。

 マミは足手まといになってないか気にしながら歩を進めていく。


 少し広めの空間でロウは足を止めた。マミとカノコは少し息が上がっている。ジョウが「休憩しようぜ~」と言ってきたのでマミはほっとした。


「虫が来るからライトを消すぜ」


(えっ! 明かりを消したら真っ暗になるんじゃないの!?)


 ライトの明かりが消えてマミはすくんだが、思いのほか明るいことに気づいた。不思議に思って見回すと辺りの景色が見えている。おもむろに空を見た。


「月の光って、こんなに明るいんだ……」


 見上げていたマミが独り言をこぼすとジョウが反応した。


「満月だともっと明るい。ライトがなくたって歩けるぜ」


「そうなの?」


「街灯がないから暗いんだ。その分、月明かりはとても明るい」


 いつも人工の明かりに囲まれてて、夜でも昼のように生活ができるから闇の不便さを感じたことはない。明かりがなくなって初めて夜がどんなものかわかった。


(ここに、わたし一人取り残されてしまったら……)


 パニックになって泣き叫んでいるのを想像できて、急に怖くなり不安が襲ってきた。



 なアあァ にイいィ じイいィ にイいィ ぎイいィ だアあァ



「キャアァァ―――!!」


   バキィッ!


「いっってえぇっ!」


 顔の下からライトを照らしていたジョウの顔面にグーパンチが入った。華麗に決めたのはマミでパンチがヒットすると素早くカノコの後ろに隠れた。


 「出たー! 出たー!!」と言ってカノコの背に顔を伏せて、がたがたと震えている。カノコが「落ち着いて、ジョウくんだよ」と何度か言っているうちに耳に届いたようで、そろそろと顔を上げた。


 ジョウは地面に横座りして頬を押さえている。


「よくもやったわねっ!」


 ちょっと高めの声で言い放つと大げさに痛がっている。ロウがあきれた顔でため息をつくと、吹っ飛んだライトを拾いに向かった。


「痛いわ! なんてことするのよ!」


「急にだみ声で脅かした、あんたが悪いんでしょ!」


「顔を殴るなんて、ひどいわっ。責任取ってよね!」


「ジョウ! その言葉づかいやめてよ!」


 マミとジョウのじゃれ合いで緊張感のあった闇がやわらぐ。

 ロウが拾ったライトをジョウに返した。


「休憩、終わり。行くぞ」


 ロウがきちんと場を締めてくれて、四人は再びパワースポットに向かって歩き始めた。


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