第37話 愛してるの魔法
「ははっ、なんだこれ」
寝ようとした
早速見てみた翔斗だが、その内容がつい笑ってしまうなんとも面白いものだった。
『拝啓翔斗様。明日、あなたの家に行きたいと思っているのですが、よろしいでしょうか? 返信は不要です』
「質問してるのに、返信は不要なのか。それはもう、決定事項だな」
花鈴の独特なメッセージに笑みを浮かべながら翔斗は、返信をするかどうか迷ったが、
『了解』
と一言送ると、すぐに花鈴から電話がかかってきた。
「もしもし花鈴?」
『もう、返信したらだめって言ったじゃん』
「いや、質問しておいて返信不要はおかしいだろ」
『まぁまぁ細かいことは気にしないで。それで、明日翔斗の家に行っても平気?』
花鈴に改めて聞かれるが、翔斗の返事は変わらない。
「ああ、平気だ」
『良かった。もっと話したいけど、寝れなくなっちゃうからまた明日ね』
「また明日」
名残惜しいが電話を切り、寝ようとした翔斗だったが、一つ大切なことを聞くのを忘れていた。
「何時に来るのか聞くの忘れてた」
慌てて電話をかけ直すが、聞こえるのはコール音のみで花鈴に繋がることはなかった。
翌日、翔斗の家に花鈴がやってきたのだが、等の本人はまだ夢の中にいた。
「もー可愛い彼女が来てるっていうのに、まだ寝てるなんてだめな彼氏だなー」
ベッドで寝ている翔斗を見て文句を言う花鈴だが、その言葉とは裏腹に表情は穏やかだった。
なにせ現在の時刻は八時を少し過ぎた時間、遊びに来るにはまだ早い時間だがこれは花鈴の計画通りだった。
遊びに行く時間を言わなかったのも、早くやってきたのも全て寝ている翔斗を見るためだったからだ。
「ふっふっふ、予想通り翔斗はまだぐっすり寝てるみたい。彼女が来たのに、寝てるならなにをされてもしょうがないよね」
捕食対象を見るような目付きをした花鈴だったが、実際に行ったのは可愛らしいものだった。
「やっぱり翔斗の隣は安心するなー。流石に二人入るには狭いけどね」
翔斗を起こさないようにそっとベッドに潜り込んだ花鈴は、眠っているあどけない子供のような寝顔の翔斗の頬をつついて今の時間を堪能していた。
しかし、翔斗もやられっぱなしではなかった。
「わぁ」
翔斗は眠りながら花鈴のことを両腕でしっかりと抱きしめたのだ。
だが、このことは以前経験していたので花鈴の想定内だった。
「あの時はまだ付き合ってなかったから、恥ずかしかったけど今はもう付き合ってるから平気だもんね。 ……ちょっとだけ恥ずかしいけど」
ずっとこの時間が続いてほしいと願いたくなる花鈴だったが、いつまでもこのままでいるわけにはいかなかったので、翔斗を起こすことにした。
「十分堪能して翔斗エネルギーは溜まったから、起こそそうかな。おとぎ話とは反対だけどいいよね。そろそろ起きてね、私の王子様」
花鈴は眠っている翔斗の唇にそっとキスをする。
だが現実は物語ほどうまくはいかないので、翔斗は眠ったままだった。
「もー! こうなったら起きるまでキスしてやるんだから!」
一向に目覚めない翔斗にぷんすか起こった花鈴は、宣言通りキスを何度もするのだった。
「……ん?」
ねぼすけの王子様は、唇になにか触れるよく知っている感覚で目が覚めた。
そして、目を開ける前に何をされているのか、誰がいるのかその全てを理解した。
「おはよう花鈴」
「あっようやく起きた。おはよう翔斗、だいぶ眠りが深かったね」
至近距離にいた花鈴に少し驚きながらも、ひとまず体を起こした翔斗は共に体を起こした花鈴を抱きしめて再びベッドに倒れ込んだ。
「わぁ、どうしたの翔斗?」
「どうしたも何も、目が覚めたら可愛い彼女がいたんだから抱きしめたくなるだろ」
「可愛い彼女……えへへ」
「照れてるところも可愛いぞ」
ひとしきり抱きしめた後に、花鈴には一旦リビングで待ってもらい、翔斗は着替えなどの身支度を整えてから、改めて花鈴を部屋に迎える。
「待たせたな」
「ううん、大丈夫だよ」
「もしかして、昨日来る時間を言わなかったのはわざとか?」
「うん。翔斗の寝顔を堪能したかったからね」
「やっぱりか。まあそれはいいとして、今日は何がしたいんだ? 宿題ならもう終わってるよな」
夏休みの宿題は最初の二週間で協力して終わらせているので、最終日につらい思いをして追い込む必要はない。
なので、普通に家デートをしたいのかと思った翔斗だが、少し違ったようだ。
「翔斗には一つ、ゲームをしてもらおうと思っています」
「ゲーム? いいけど、何をするんだ?」
翔斗は携帯ゲームを想像したが、花鈴の提案したゲームは道具を一切必要としない至ってシンプルなゲームだった。
「それは……愛してるゲームです!」
「愛してるゲーム……」
あまり馴染みのない言葉に翔斗は思わず、オウム返しをしてしまう。
「もしかして知らない?」
「いや、ルールはしってるよ。ただ、そのゲーム名が出てくるとは思ってなかったから少し驚いただけ」
「なら良かった。じゃあ、早速やっていくよ」
ルールは至って単純、互いに愛してると言い合い、先に照れたほうが負けというものだ。
だが、シンプル故に我慢するのは難しいものだ。
そもそも愛してるという言葉自体恥ずかしいもので、それを自分の恋人に何度も言い続けるとなると照れずにいるというものは困難だ。
「私からいくよ! 愛してるよ翔斗!」
「ああ俺もだ」
一回目は真正面からの笑顔を携えての言葉。
不意打ちなら間違いなく照れていた翔斗だったが、来るとわかっていたので見事耐える。
「次は俺だな。いつも明るく俺の側にいてくれてありがとう。愛してる」
「うっ……私もだよ」
「耳が赤いぞ。照れてるんじゃないか?」
必死に表情を抑えて唇を噛んで我慢する花鈴だが、耳は朱に染まっていた。
「照れてないよ。いいから私の番ね」
花鈴は一息を入れることで感情を落ち着かせる。
このゲームは言われた側だけでなく、言う側も恥ずかしいので感情を抑えないといけない、奥深いゲームなのだ。
「いつも私のために頑張ってくれてるのすごい嬉しい。愛してるよ翔斗」
「っ……ふー次は俺の番な」
危うく表情に出そうになるのを堪えた翔斗は、やはり深呼吸をして心を落ち着かせる。
「花鈴……」
今度はすぐに言葉は言わずに、じっと花鈴の目を見つめる。
そして、たっぷり時間を使ってから
「愛してる」
と真正面から愛してるをぶつける。
「…………ありがとう」
必死に決壊しそうな感情の波を押さえつけた花鈴は、なんとかお礼の一言をひねり出す。
その後も一進一退の攻防は続き、中々勝負はつかなかった。
「さすが翔斗だね。ここまで粘られるとは思わなかったよ」
「花鈴こそ。本当は最初の数回で勝てると思ってた」
勝負は長く続いたが、互いに体力の消耗は激しく、決着がつくのは近かった。
そして、今度の攻めては翔斗。ずっと、温存してきた切り札をここで、ここ一番の場面で使用した。
「花鈴……愛してる」
言葉はシンプルなもので、ここまで戦ってきた花鈴なら耐えられるものだった。
「うう……負けました」
にもかかわらず花鈴は顔を真っ赤にして、照れたのだ。
それほどまでに翔斗の切り札、耳元で囁くのは強力だった。
「ずるいよ翔斗、耳元で囁くなんて……耐えられないよ」
「これならいけると思ったからな。それにしても、どうしてこのゲームをやろうと思ったんだ?」
「それは……」
突然夜に電話をしてきたのも、このゲームをしようとしたのも、思いつきと言うには急だった。
「明日から学校が始まるでしょ」
「そうだな」
「それで、
「ああ」
「それで、ちょっとだけ不安になっちゃったんだ」
本当は言わないでおこうと思ったんだけどねと、最後にそっと花鈴は付け足した。
つまり、再び雨宮玲奈に翔斗の好意が向いてしまうことを危惧したのだろう。
だから、翔斗に愛してるを言ってほしくて、このゲームを始めたのだ。
「はぁ、そんなことで悩んでたのか」
「そんなことじゃないよ。私にとっては大事なことなんだよ」
「そんな心配はいらない! だって俺は、花鈴にぞっこんだからな。今までの行動で信じきれなかったのなら、俺が悪いな。だから、もうそんな心配なんてできないようにするぞ」
花鈴の片思い歴はかなり長いうえに、その間ずっと翔斗は雨宮玲奈を見ていた。
だから、花鈴は不安になってしまうのだろう。
ならば、翔斗が起こすべき行動は一つ。
そんな不安を抱かないほど、幸せにすることだった。
「今から何度も、愛してるって言ってやる。嫌って言ってもやめないからな」
「ありがとう翔斗。でも大丈夫、全然嫌じゃないよ」
翔斗は自分の思いを込めて、今日一番思いを込めて言葉を紡ぐ。
「俺はずっと、死ぬまで、誰でもない鈴野花鈴を愛してる!」
その言葉は先程までとは比べ物にならないほど、深く花鈴の心に突き刺さり、不安を消し飛ばした。
自分の不安はちっぽけなものだったと、翔斗がいるだけで花鈴は幸せなのだと再認識した花鈴は、今日一番の笑顔で返事をした。
「うん、私も愛してます」
初恋は実らないというが俺の彼女は違うらしい 健杜 @sougin
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