第36話 可愛い勝者の命令
「んーー」
大きく伸びをして、盛大に欠伸をしながら時計を見ると時刻は七時前、スマホのアラームよりも早く目が覚めたようだ。
なにもない日に早起きした場合、普段ならこのまま二度寝と行くところだったが、今日は普段と違っていた。
「花鈴はまだ寝てるな」
翔斗の隣には気持ちよさそうに寝ている花鈴がおり、ついいたずらしたくなる気持ちを抑える。
隣に恋人が寝ているというだけで、幸福感がとても大きくなるがわかった。
「んんぅ……しょうと……」
寝言で名前を呼んだ花鈴はそのまま翔斗の手を握り、嬉しそうに頬を緩ませスヤスヤと再び寝息を立て始めた。
そんな花鈴のあどけない表情を見ていると、抑えていたいたずら心が再び顔を出した。
「少しくらいならいいかな。花鈴もいつも俺に対していたずらしてくるし」
そう自分の中で理由をつけた翔斗は、花鈴の頬にそっと空いている側の手を伸ばした。
「おお……」
優しくつつくともちもちした弾力で、とても癖になる感触だった。
つい、夢中になってつついていると花鈴が目を覚ました。
「ん、あれっ翔斗だー。なんで翔斗が私の家にいるの?」
目覚めた花鈴の様子は寝ぼけているのかどこかおかしかった。
だが、よくよく思い出してみればこれは初めてのことではないことを思い出した。
「そういえば、花鈴は寝不足の日の次の日の朝は精神年齢が低くなるんだった」
昨日はホラー映画を見たせいで寝るのが遅くなっていたので、睡眠は満足に取れていないうえに、まだ時間は七時前。
花鈴が寝ぼけて精神が幼くなる条件は十分に満たしていた。
「昨日花鈴の家に泊まったんだぞ。覚えてるか?」
優しく泊まったことを伝えるが、花鈴はキョトンとした表情で理解しているようには思えなかった。
翔斗はそうそうに対話を諦めてこの状態の花鈴とイチャイチャすることに思考を切り替えた。
「そんなことより、花鈴はいまして欲しいことはあるか?」
「してほしいこと? うん、あるよ! ぎゅってだきしめてほしいの」
そう言うと花鈴は素早く体を起こして翔斗に抱きついてきたので、翔斗は慌てながらも後ろに倒れないように花鈴を支える。
「うん、わかった」
「えへへ、わたししょうとにだきしめられるのすきなんだ」
そっと抱きしめると花鈴は嬉しそうに笑いながら、翔斗の胸に顔を沈めて思い切り甘えてくる。
「俺も花鈴を抱きしめるのは好きだぞ」
「それならよかった!」
再び笑顔を振りまいた花鈴はしばらく抱きしめあった後に、体を強張らせた。
「ん、どうした?」
「……翔斗」
声の様子とプルプルと震える花鈴を見て、翔斗は理解した。
状況を把握したうえで、何を口にするか迷ったがそのままを言葉にすることにした。
「おはよう花鈴。目は覚めたか?」
「おはよう翔斗。私またやっちゃった?」
「ああ、すっごく可愛かったぞ」
「うう……穴があったら入りたい」
しっかりと目が覚めた花鈴は自分の痴態を思い出しながら、翔斗の胸の中で丸まっていた。
しばらくそうしていると翔斗のお腹が空腹を知らせたので二人は朝食を摂ることにして、食べ終える頃には花鈴の機嫌も治っていた。
「朝ごはんも食べ終えたことだし、早速遊ぼっか。翔斗は何したい?」
「そうだな……」
「これやろうか」
「おい、聞いた意味ないじゃないか。まあ、いいけど」
花鈴が取り出したのは、有名なゲームキャラクターが車に乗って競うゲームだった。
翔斗もそのゲームは好きだったので、断る理由もなかったのでそれで遊ぶことになった。
「花鈴はこのゲーム強かったっけ?」
「ふふん、翔斗くらいならケチョンケチョンにするくらい強いからね」
花鈴は自信満々に不敵な笑みを浮かべて、胸を張って挑発をする。
手加減するつもりは最初からなかったが、そこまで言うのならと翔斗も全力でゲームに挑んだ。
だが、ゲームの内容は想像とは違うものになった。
「花鈴、頭で前が見えないって」
「翔斗勝負中だよ。気を逸らそうとしたってそうはいかないんだからね」
翔斗の誤算は、車が曲がるのと一緒に花鈴の体も同じ方向に傾き、目の前を塞がれることだった。
右に左に花鈴の体は揺れ、翔斗の集中力を削いだ結果、勝者は宣言通り花鈴となった。
「もう一回だ。今度は妨害無しでやろう」
「翔斗も負けず嫌いだね。いいよ、でも妨害なんてしてないよ」
「気づいてないのか……」
花鈴は無意識で体を動かしていたので、妨害していることに気づいていなかったのだ。
だが、翔斗はそれでも構わないと奮起して、再び勝負に挑む。
「よしいい調子だ」
「うー負けないからねー!」
今度は花鈴が目の前に来ても集中力を切らさずにプレイをして、試合は拮抗していた。
花鈴は特段上手いわけではなかったが、翔斗はこのゲームをそこまでやったことがなかったので実力はほぼ同じレベルだった。
そして、予想外の出来事が発生し、勝者が決定した。
「あれ?」
「あっ!」
長いコーナーに差し掛かった場面で花鈴の体は大きく横に揺れ、そのまま横にいた翔斗の膝の上に倒れ込み、それに動揺した翔斗は操作をミスした結果、コンピューターに一位を獲られてしまった。
翔斗の膝の上に倒れたことで、ようやく翔斗が言っていた意味を理解した花鈴は、恥ずかしそうに呟いた。
「二位だから私の勝ちだね」
「もう、それでいいよ」
花鈴の負けず嫌いに根負けした形で、翔斗は敗北を宣言した。
そして、勝者となった花鈴はその立場を最大限に利用した。
「じゃあ、負けた翔斗は勝者である私の言うことを一つ聞いてね」
「えっ、そんなのきいていないぞ」
「あれっ? 言ってなかったっけ?」
「言ってなかった。でも、聞くだけ聞くから言ってみて」
過程はどうあれ負けたのは事実なので、理不尽な要求でなければ聞こうと思い花鈴の言葉を待つ。
「翔斗は、私にキスをしなさい」
「……ん?」
どんな命令が来るかと身構えていた翔斗は予想外の言葉に驚き、花鈴を見れば可愛い勝者様は先程までの勢いを消え去り照れながら翔斗を見つめていた。
当然、翔斗はその命令を断ることはなく、むしろこんなにも可愛い自分の彼女のお願いに嬉しくなっていた。
「それくらい、命令じゃなくてもいつでもしてやるよ」
翔斗は花鈴がなにか言う前に行動し、自身の唇で花鈴の口に蓋をした。
すぐにされると思っていなかった花鈴は、少し動揺しながらも嬉しそうに瞳を潤ませた。
「今日はまだ一回もしてなかったからしてほしかったんだ」
「次からは言われる前にする。けど、してほしかったらすぐに言ってくれ」
「そうだね、わかった。いっぱいお願いするから覚悟しててね」
「ああ、全部叶えてやるよ」
その後スキンシップが増した二人は、イチャイチャしながら過ごすのだった。
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