第35話 恐怖の夜に確かな温もり
「髪も乾いたし、なにかテレビでも見よっか」
「そうだな」
お笑い番組ならば二人共好きなのでちょうどよいと考えていたが、テレビをつけるとそこには真逆と言っていいモノが映っていた。
「おい花鈴、これは見るのをやめたほうがいいんじゃないか?」
「ううん……だ、大丈夫だよ」
それもそのはず、今テレビに写っているのはホラー映画で花鈴は怖いのが大の苦手なのだった。
「無理してるように見えるけど大丈夫か? 他にもなにかやってるだろうしこれを見なくてもいいと思うぞ」
「ううん、見るよ。だってこれはチャンスだからね」
だが、幸いにも映画はまだ始まったばかりなのですぐに変えれば怖い思いはしなくてすむ。
そう考えた翔斗は我慢している花鈴にチャンネルを変えるように勧めるが、花鈴はなにか考えがあるようで変えようとはしなかった。
「チャンス?」
「うん、チャンス。確かに私は怖いのが苦手だけど、翔斗も別に得意ってわけじゃないでしょ?」
「まぁそうだな」
翔斗は特別怖いのが苦手というわけではないが、得意というわけでもないので突然画面に例が現れるシーンなどでは普通に驚いて声がでてしまう。
花鈴は自分が怖い思いをしてまで、翔斗のその姿を見たがっていた。
「だから頑張ってみるよ」
いい笑顔をしながら花鈴は両手を握りしめて決意表明するが、反対に翔斗は苦い顔をしていた。
翔斗は花鈴に情けない姿を見せるわけにはいかないので、どうにかして別の番組に変えようとするが、思っていたよりも花鈴の意思は固く変えることができなかった。
そうこうしているうちに映画はどんどん進んでいった。
「なあ花鈴」
「どうしたの?」
「手を繋がないか?」
「ふふん。さては翔斗怖くなってきたんでしょ」
ニヤニヤしながら翔斗をからかう花鈴だったが、その声は震えていた。
そしておずおずと翔斗の方へ手を伸ばした。
「しょ、しょうがないから手を繋いであげるね。別に私が怖いからじゃないんだからね」
「ああ、分かってるよ。俺が怖いから繋いで欲しいんだ」
強がる花鈴を微笑ましく見つめながら、翔斗は優しくその手を握った。
次の瞬間握った手が強く握りしめられた。
「痛い痛い花鈴、力が強いって」
「翔斗! 今なにかいたって。絶対いた!」
画面にいる何かを見てしまった花鈴によって、翔斗の手が先程までの甘い雰囲気が吹き飛ぶ強さで握りしめられた。
「大丈夫だから、少し力を弱めて」
「絶対すぐに来るよ。私わかるもん」
なんとか怯える花鈴を宥めようとするが、効果は薄い上にどうやら映画の山場が来てしまったようだ。
「いやぁあ!」
テレビの登場人物と花鈴の叫び声がシンクロして、部屋の中に響いた。
そして限界がきたのか、花鈴は恐怖を紛らわせるために翔斗に思い切り抱きついた。
「落ち着いて花鈴、もう見るのはやめよう」
「……うん」
もはや花鈴はテレビを見ることができずに、翔斗の胸に顔を押し付けてしまっているので、見かねた翔斗はチャンネルを変えた。
「もう別の番組に変えたから大丈夫」
「……うん」
優しく花鈴の頭を撫でながら伝えるが、花鈴はよほど怖かったのかしばらく翔斗に抱きついたまま過ごした。
数十分が経過し、ようやく落ちつきを取り戻した花鈴は今度は翔斗ではなく、クッションに顔を隠していた。
「うう……恥ずかしいよ。翔斗を怖がらせようと思ったのに、私だけあんなにビビっちゃって……。 作戦失敗だよ」
「俺は可愛い花鈴が見れたから良かったけどな」
「翔斗はずるいよ。 怖いもの得意じゃないって言ってたのに、全然驚いてなかったよね」
「そりゃ、あんだけ力強く手を握られた上に目の前で自分よりビビっているやつがいたら、冷静にもなる」
実際は、翔斗は花鈴の方を見ていたので肝心の映画のシーンを一切見ていなかったので、醜態をさらさずに済んだのだ。
しっかりと見ていた場合花鈴ほどではないが、大きなリアクションをしていただろう。
だが、そうはならなかったので花鈴の作戦は失敗に終わった。
「恥ずかしがってないで、そろそろ寝る準備でもするぞ」
「はーい」
さすがにこれ以上はしゃぐ元気がなくなったのか、花鈴は大人しく翔斗の言うことを聞いた。
「それで、俺はどこで寝ればいいんだ?」
「私と同じベッド……は冗談で私のベッドの横に布団を敷こうか」
「待って」
そう言って花鈴は自分の部屋に向かおうとしたが翔斗に呼び止められる。
「どうしたの?」
「流石に同じ部屋で寝るのはまずいだろ。 俺はリビングでいいよ」
「えっ!」
「そんな驚くことか?」
普通のことを言ったつもりの翔斗は、予想外に大きな反応をした花鈴を見て首を傾げる。
そしてその理由に思い当たり、深く頷いてから発言を撤回した。
「わかった。一緒の部屋で寝よう」
「いいの?」
あっさり自分の提案が通ったことを花鈴は喜んだが、なぜ翔斗が突然考えを変えたのか疑問に思った。
そんな花鈴を優しい目で見つめながら、翔斗は理由を話した。
「ああ、だって一人で寝るのが怖くなったんだろ」
優しい笑顔で言い放った翔斗だが、その口元は震えていた。
「あーー!!! 翔斗笑ってるでしょ!」
「笑ってない、彼氏として彼女と共に寝れることを喜んでいるだけだ」
「絶対違うね! その笑顔は自爆して一人で寝れなくなった私を笑ってる笑顔だね!」
「さすが花鈴。俺のことはよく分かってるな」
花鈴の言うことを認めた翔斗は、今度は隠さずに笑い始めた。
そんな翔斗の胸を花鈴はぽかすか殴ることで怒りを伝えるも、その微笑ましい光景を前にした翔斗の笑顔は崩れなかった。
「ごめんって。今日は一緒に寝てあげるから許してくれ」
「むー、一緒のベッドで寝てくれなきゃ許さない」
「それは……」
さすがに同じベッドで寝るのは控えたほうがいいと考えている翔斗だが、花鈴の気持ちもよく分かるのでどうするべきか悩んでしまう。
そして、なんとか折衷案を思いついた。
「同じベッドは駄目だが、布団を二つ敷いてリビングで寝るのはどうだ?」
「んー……わかった。 それで許してあげる。寛大な私に感謝してよね」
「ははー花鈴様。 ありがとうございます」
「ふふっしょうがないなぁ。早く準備しよっか」
ようやく機嫌を直した花鈴は、翔斗の手を引っ張って寝る準備を始めた。
リビングの家具の配置をずらして布団を敷き終わった頃に、眠気が押し寄せてきた。
「これなら怖くないか?」
「うん。翔斗が近くにいるから安心できる」
二人は並んで横になりながら、毛布の中で手を繋いだ。
手から伝わる温もりを感じることで、一人ではないという安心感が心を落ち着かせた。
最後に目をつむる前に翔斗が花鈴を見ようと、頭を動かすとちょうど花鈴も翔斗のことを見ていたようで、視線がぶつかった。
「翔斗、一つお願いしてもいい?」
「いいぞ」
「ありがと。それじゃあ目をつむってくれる?」
「ああ」
なにかいたずらでもするのかと疑いながらも翔斗は目を瞑ると、唇に柔らかいものが訪れ、キスをされたのだと理解した。
「ふふっ大成功」
不意をつかれて驚いた翔斗が見れた花鈴は、嬉しそうに笑顔を見せた。
「ああ、やられた。 ……おやすみ」
最後の最後にしてやられてと頭を掻きながら、翔斗も花鈴へキスをする。
そして、花鈴の笑顔を網膜に焼き付けた翔斗は眠りについた。
「おやすみ翔斗」
花鈴も最後に驚かせられたので満足したので眠ろうと瞼を閉じた。
まだ少し映画の怖さが残っていたが、手に感じる温もりに集中することで怖さを忘れることができたのだった。
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