第34話 お泊り会

 「翔斗起きて」


 優しく呼びかける声と体を揺さぶられた事により、目を覚ました翔斗の瞳には優しく微笑む花鈴の顔が写った。


 「おはよう翔斗」


 まだ意識のはっきりしない翔斗に笑いかけた花鈴は、手を伸ばして翔斗の頬をつつき始めた。


 「おはよう花鈴。そろそろ起きたいから突くのをやめて欲しいんだが」


 頭を包む柔らかい感触と花鈴の顔が近くにあったことで、自分が膝枕をされていることを思い出した翔斗は、体を起こすために花鈴に頼む。

 

 「うーん、どうしようかな」


 いたずらを楽しむ子供のように笑う花鈴を見て、しばらく突くのをやめないことを悟った翔斗は最終手段を使った。


 「これだけはやりたくなかったんだけどな」

 「えっ、まさか翔斗……をやるき? ごめんすぐやめるから」


 翔斗が何をするのか理解した花鈴は、すぐに頬を突くのをやめたがすでに翔斗は行動に移していた。


 「ごめん、私が悪かったから……くすぐるのをふふっ……やめて」


 翔斗の最終手段は花鈴が苦手とするくすぐることで、効果は抜群で花鈴はすぐにギブアップをした。

 くすぐったことで花鈴はつつくのやめたので、翔斗も程々にして体を起こす。


 「もう、酷いよ翔斗。私がくすぐられるのが苦手だって知ってるくせに」

 「頼んでもやめなかった花鈴が悪いだろ。それよりも、結構寝てたみたいだな」


 普段よりもぐっすり寝れたおかげか、体が軽く頭がスッキリしていた。

 だが、花鈴の反応は翔斗が思っていたものとは違っていた。


 「ううん、あんまり寝てないよ。二十分くらいじゃないかな」

 「あれ? そんなもんか?」


 これだけ楽になっているのならば、短くない時間花鈴の膝の上で寝ていた事になるのでお礼を言おうと思った翔斗だったが違ったようだ。

 翔斗が時計を見ると長針は四を指し、短針は五を指し示していた。

 

 「花鈴の膝枕のおかげで、疲れがすっかり取れたよ」

 「元気になったなら良かった」


 翔斗がお礼を言うと、花鈴は嬉しそうに微笑んで翔斗に抱きついてきた。

 翔斗も優しく抱き返しながら、これからどうするのか問う。


 「そろそろ夜ご飯の準備でもするか? それとも何か注文する?」


 翔斗としてはどちらでも良かったので花鈴の要望を聞くと、花鈴は少し考えた後に答えた。


 「今日はカレーを作ろうと思ってるんだけど、翔斗はカレーでもいいかな?」

 「ああ、カレーは好きだから嬉しいよ。 作るならもちろん俺も手伝うからな」

 「ありがとう」


 二人は抱き合うのをやめて、キッチンへ移動して仲良くカレー作りを始めた。

 翔斗は料理はあまりしたことがなかったので、野菜を切るのや皮むきなど花鈴の指示に従ってサポートに回った。


 「よし完成!」

 「美味しそうだな」


 二人で協力して作ったカレーは、翔斗が普段食べているものよりも数段美味しそうに見えていた。

 花鈴の力が大きいが、自分で作ったカレーというのはなんとも言えない達成感があった。

 

 「早速食べるか、いただきます」

 「いただきます」


 二人で手を合わせてカレーを食べ始めた。

 翔斗が切ったものは形が少し歪だったが、味は問題なく美味しく食べることができた。


 「うん、美味しいね」

 「ああ、美味い。花鈴の料理は本当に美味いな」


 翔斗は思ったことを言葉にして花鈴を褒めると、花鈴は嬉しそうに笑いながらカレーを少しスプーンですくって翔斗の方に差し出してきた。


 「はいあーん」

 「いただきます」


 花鈴の愛情を感じた翔斗は、お返しにあーんを仕返しながら、将来もこうしていられたらと思い馳せる。 


 「花鈴と一緒に暮らしたらこんな感じなのかな」


 つい翔斗は心に浮かんだことを口にすると、花鈴は照れて顔を赤く染めながらも、嬉しそうに答えた。


 「そうだね、将来そうなるかはまだわからないけど、こうしていられたら幸せだね」

 「ああ、花鈴と一緒に過ごせるなら俺は幸せだな」


 そのことは間違いないと思いながら、二人は食事を続けた。

 

 「ごちそうさまでした」

 「お粗末さまでした」

 

 食べ終わった二人は、使った食器などを洗いお風呂の準備をした。


 「お風呂が湧くまで時間があるし、テレビでも見てよっか」

 「そうするか」


 二人が適当なチャンネルを見ていると、お風呂が湧いたので早速入ることになったのだが、ここで問題が発生した。


 「どっちが先に入る?」

 「ん? 花鈴が先に入ればいいと思うぞ」


 ここは花鈴の家だから一番風呂は家主に譲ろうと考えた翔斗だったが、花鈴の意見は違うようだった。


 「翔斗はお客様なんだから先に入っていいよ」

 「いや、女性はお風呂上がりに色々手間がかかるだろうから、先でいいよ」


 と意見がぶつかってしまったのだ。

 翔斗は効率を考えて、お風呂上がりに特にやるのことのない男の翔斗よりも、色々準備のある花鈴を優先しようとしたのだが、花鈴は中々首を縦に振らなかった。

 どうするべきかと翔斗が考え込もうとした時、花鈴は驚くべきことを口にした。


 「じゃあ、一緒に入る?」

 「えっ、いや……何言ってんだ?」


 予想外の言葉に思考がショートしてしまった翔斗は、顔を赤くしてあたふたしてしまう。

 そんな普段見られない姿を晒した翔斗を見て、笑いながら花鈴は言った。

 

 「もう、翔斗テンパりすぎだよ。冗談に決まってるでしょ」

 「えっ……そうか。いやー驚いて頭が全く働かなかった」


 すっかり騙された翔斗は、ほっと胸をなでおろして改めてどちらが入るか花鈴に聞いた。


 「それで、どっちが先に入る?」

 「翔斗の言う通り、色々あるから私が先に入るね」


 翔斗の慌てた様子を見て満足した花鈴は、そう言って自分の部屋に服を取りに行った。


 「覗いちゃ駄目だからね」

 「覗かないよ」


 そう言いながら笑って、お風呂場へと花鈴は向かっていった。

 正直心臓の鼓動が普段よりも早くなっているのを感じながら、花鈴が出てくるのを翔斗は大人しく待った。

 しばらくして、花鈴がリビングへと戻ってきた。


 「翔斗もお風呂どうぞ」


 お風呂上がりの花鈴の姿は普段照れているときとは違った赤みを帯びていて、濡れている黒髪を拭く仕草は翔斗の胸を高ぶらせた。


 「わかった」


 だがそんなことは悟らせずに、なんとか表情を抑えた翔斗は、カバンから着替えを取り出してお風呂場へ向かった。

 心を落ち着かせようと体を洗い終えた後お湯に浸かるが、先程まで花鈴が使っていた事実を思い出し落ち着くどころか逆効果だった。


 「出るか」


 長く使っていても心が休まるどころか、疲れてしまうのでお湯に浸かるのも早々に翔斗は出ることにした。

 

 「お風呂ありがとう」

 「うん、どういたしまして。翔斗ちょっとこっち来て」


 翔斗がお礼を言うと、なにか思いついた花鈴にソファーから手招きをされたので、翔斗は隣に腰を下ろす。


 「どうしたんだ?」


 なにかして欲しい事があるのを察した翔斗は花鈴へ問いかけると、花鈴はソファーの後ろからドライヤーを取り出した。


 「私の髪を乾かしてくれない?」


 とお願いをしてきた。


 「ああ、いいぞ。でも、人の髪を乾かしたことなんてないから暑かったり不快だったら言ってくれよ」

 「うん、わかった。じゃあお願い」


 花鈴は横を向いて、ドライヤーを翔斗へ手渡した。

 それを受け取った翔斗は、手で暑さを確認してから花鈴の髪を乾かし始めた。


 「どうだ熱くないか?」


 手で確認はしたが、こまめに花鈴に聞きながらゆっくりと髪を乾かしていく。


 「大丈夫、丁度いいよ」


 髪が短い男の翔斗とは違って、髪が長い花鈴は髪を乾かすだけでも時間がかかり、大変だと思いながら丁寧に髪を梳いていく。

 翔斗のためにロングを維持している花鈴だが、こういった手間のかかることを毎日行っていると考えると翔斗はお礼を言いたくなった。


 「いつもありがとうな」

 「ふふっ、どうしたの急に?」


 突然改まった翔斗を笑いながら、花鈴は優しい表情でこちらを見てくる。


 「いや、花鈴はいつも可愛い姿を俺に見せてくれるけど、たくさん努力しているんだなって、ふと思ってさ」

 「確かに努力はしてるけど、別に嫌じゃないから翔斗が気にする必要はないよ」


 花鈴の言葉は翔斗を安心させるための嘘ではなく、本心からの言葉だと表情を見て翔斗は理解した。

 そのことは翔斗も心当たりがあることだった。努力は確かに大変だが、誰かのためにする努力は辛くはないのだ。


 「そうだな。それでも、ありがとう。花鈴の努力のおかげで俺は幸せだよ」

 「ふふっ、もっと幸せにしちゃうから覚悟してね」

 「ああ、俺ももっと頑張るから覚悟しててくれ」


 二人は顔を合わせて笑いあい、花鈴は翔斗の膝の上に乗っかってきた。

 乾かしにくくなったが、翔斗は花鈴をどかすことはなかった。

 幸せに満ちた二人だったが、この後恐怖に染まるとはこの時の花鈴は夢にも思っていなかった。

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