第33話 安らかな一時
「着いたね」
「ああ」
二人は目的地の浴衣屋のたどり着き、中に入っていく。
「いらっしゃいませ」
店員の挨拶を受けながら進んでいくと、様々な色、種類の浴衣が飾ってあり壮観だった。
「とりあえず、色々見てから試着するか。片っ端から試着してると時間が足りないからな」
「そうだね、一通り見ようか」
浴衣はどれも花鈴に似合いそうなものばかりで、
今日は花鈴の浴衣を決めるだけでなく、翔斗自身の浴衣も選ばなければならないので、相当な時間がかかることが予測される。
「花鈴はどんな感じの浴衣が着たいんだ?」
自分で考えても全部似合うで終わってしまうので、ひとまず花鈴の意見を聞いてそれに近いものを選ぼうと翔斗は考えた。
自分では決められないことがわかっていたからだ。
「うーんそうだね……」
花鈴は周囲の浴衣を見ながら、少し思案をした後に口を開いた。
「暗い色よりは明るい色がいいかな。黄色とか水色が私は好きかな」
「明るい色だな。わかった、俺も探してみる」
数分店内を見て回っている最中、翔斗の目を奪う浴衣があった。
それは花鈴の要望通りの水色の浴衣で、白い花が描かれており、ピンクの帯が合わさり花鈴にとても似合いそうだった。
「花鈴、これいいんじゃないか」
まだその浴衣に気づいていない花鈴に声をかけて、浴衣の前へ移動する、
「わぁ、すごい綺麗だね」
翔斗の予想通り花鈴も気に入ったようで、夢中で眺めていた。
「試着してみたらどうだ?」
浴衣を着るのはどうやら店員が手伝ってくれるようなので、切れない心配もないが、なにより花鈴が浴衣を着た姿を翔斗が見たかっただけなのだ。
「うん、そうするね。すみませーん」
笑顔で頷いた花鈴は、そのまま店員を呼んで試着室へと入って行き、しばらくすると出てきた花鈴は待っていた翔斗を笑顔で呼びかけた。
「どう翔斗可愛い?」
翔斗の返事が当然決まっていた。
「ああ、すっごく可愛いよ」
想像していたよりもその浴衣は花鈴に似合っており、翔斗は見惚れてしまう。
鮮やかな水色に花鈴の花が咲いたような笑顔が合わされば、もうそこは楽園とも呼べる世界へ一変していた。
「花鈴の可愛さが数倍になっていて、普段と違う魅力が出ていてすごく似合ってる」
心に浮かんだことを言葉にして、翔斗は花鈴を褒めちぎる。
どれだけ言葉を尽くしてもこの感情を表現することができずに、もどかしい気持ちに翔斗はなるが、花鈴はその気持ちを理解して微笑む。
「ありがとう翔斗。翔斗の気持ちすっごく伝わってきたよ」
「それならよかった。浴衣はそれで決定でいいのか?」
翔斗が見たいためにその浴衣を勧めていたが、他の浴衣も試着してみたいのではと聞いてみるが、花鈴は首を振って答える。
「私もこの浴衣が気に入ったから、これにする。それに……翔斗がそんな顔で見てくれるならもうこれしかないよ」
翔斗がデレデレになっているのは当然バレていたようで、ニヤニヤされるが不思議と悪い気はしなかった。
「それより、次は翔斗の番だね」
「そうだな。探してくるから花鈴は着替えてていいぞ」
「うん、わかった」
その後翔斗の浴衣を選ぶのにかなりの時間がかかり、気づけば一時間以上経過していた。
「まさか、俺の浴衣を選ぶのにこんなにも時間がかかるとはな」
「てへっ」
花鈴は可愛く舌を出してウインクするが、翔斗は突っ込む気力もなかった。
花鈴が翔斗の浴衣姿に興奮したせいで、多くのものを試着するはめになり精神的にも肉体的にも疲労が溜まっていた。
「後は家でゆっくりするでいいか?」
「いいよ。翔斗は疲れてるみたいだし」
今日の目的を達成した二人は花鈴の家へと向かっていく。
「ただいまー」
「おじゃましまーす」
家に着いた翔斗はソファーに倒れ込む。
「あー疲れたー」
「駄目だよ翔斗、家に帰ったらちゃんと手洗いをしないと」
「はーい」
素直に花鈴の言うことを聞いた翔斗は起き上がって、しっかりと手を洗いリビングへ戻るとソファーは花鈴に占領されていた。
「おいおい、ソファーを独り占めはずるいぞ」
翔斗が文句を言うと、花鈴は両手を広げて翔斗を迎え入れる体勢になる。
「ソファーよりも、私のクッションはいかがですか?」
可愛くウインクをした花鈴にノックアウトされた翔斗は、何も言わずに花鈴の元へ向かい、ソファーに座る花鈴を抱きしめる。
柔らかな感触が翔斗の全身を包み込み、落ち着く匂いが翔斗の疲れを癒やしていく。
「ソファーと比べてどっちがいい?」
「そんなの花鈴の方がいいに決まってるだろ」
しばらく花鈴の匂いと柔らかさを翔斗が堪能していると、今度は花鈴がおねだりをしてきた。
「次は翔斗クッションが欲しいな」
「しょうがないな」
笑みをこぼしながら体勢を入れ替え、翔斗が下で花鈴が上になり、思い切り花鈴が翔斗に抱きついてきた。
「しょうとー」
普段よりも甘えた声で翔斗の胸に顔を押し付けて、強く抱きしめてくるので、翔斗も優しく抱きしめ返し頭を優しく撫でる。
「やっぱり翔斗に頭を撫でてもらうの好きだな私」
「これくらいならいくらでもやってやるぞ」
「じゃあ、他にもお願いしちゃおうかな」
「俺にできることならなんでもいいぞ」
花鈴は再び翔斗の胸に顔をうずめた後に、新たなお願いをしてきた。
「じゃあ、キスして」
「わかった」
大切なものに触れるように、壊れないように優しく、抱きしめた後に唇を重ねる。
互いの思いを、言葉をキスで伝え合う。
「ふふっ、ありがとう翔斗」
「どういたしまして」
ゆったりとした空気になったところで、眠くなってきたのか翔斗は欠伸をする。
「眠くなった?」
「少し……」
翔斗が眠そうにしているのを見た花鈴は、膝枕ができる体勢になって膝を叩いて翔斗を呼ぶ。
花鈴の意図を察した翔斗は素直に、横になって花鈴の膝に頭を乗せた。
「適当な時間になったら起こしてくれ」
「その間色々イタズラしちゃうけどいい?」
「ああ、イタズラくらいならいいぞ」
そう言って翔斗は目をつむり、花鈴に頭を撫でられながら眠りについた。
「さて、どうしようかな」
翔斗が眠ったことで暇になった花鈴は、宣言通りどのようなイタズラをしようかと考える。
「んースマホは鞄に入れたままだから、取りに行けないな」
鞄のところへ行くには翔斗を膝から下ろさなければならないので、寝顔を写真に撮りたいと欲を抑えて別のイタズラを考える。
翔斗の頬をつつきながら、寝顔を目に焼き付ける。
「普段の翔斗はかっこいいけど、こうして寝てる時は可愛いな」
花鈴はイタズラとは呼べないようなおでこにキスをしたり、軽いスキンシップのようなことを翔斗が起きるまで続けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます