第31話 彼女の上手な甘え方

 「さて今日はなんの日でしょうか?」


 翔斗の一日は突然部屋に現れた花鈴の一言によって始まった。

 花鈴が翔斗の部屋へ突然来ることは珍しくはないので、部屋に来た事よりもその後のなんの日という問題について翔斗は頭を悩ませた。

 数ヶ月記念日や、誕生日などのイベントは当然翔斗も把握しているのだが、今日はそのいずれにも該当しておらず、ヒントも少ないので難易度が高かった。


 「ヒントをくれないか?」


 自力で答えを出すのを諦めた翔斗は花鈴へヒントをねだる。

 最近の出来事や花鈴の様子を思い出しながら考えたが、翔斗は今日がなんの日か検討もつかなかった。


 「しょうがないなぁ。んーヒントはね、二歳くらいの妹です」

 「二歳くらいの妹?」


 花鈴のヒントは思わずオウム返しをしてしまうくらいの、わけがわからないものだった。

 それでも、必死にヒントから連想できることを考えては見たものの、これと言った答えが思い浮かばなかったので、翔斗はギブアップをした。


 「わからない。ギブアップ」


 降参の印に両手をあげて、花鈴へ降伏をする。


 「正解はーーー私が翔斗に甘える日でした!!!」

 「わかるかー!」


 あまりの理不尽な問題に叫ぶが、花鈴は気にせず翔斗の横に座り、上目遣いで見上げて、


 「だめ?」


 と可愛く囁いてきた。

 

 「うっ……だめじゃないです」


 上目遣いは花鈴の可愛さをさらに引き出すので、翔斗は思わず破裂しそうな胸を抑えて許可した。


 「やったー。じゃあ翔斗、早速立って」

 「わかった」


 言われたとおりに立つとすぐさま花鈴が翔斗へ抱きついてきた。


 「えへへ、翔斗のにおいだ」


 そして翔斗の胸に顔を押し付けて匂いを嗅ぎ始めた。

 翔斗は優しく左手を花鈴の背中に回し、右手で頭をゆっくりと撫でた。

 ハグは互いの体温を強く感じられ、花鈴を愛おしく思う気持ちがより強くなる。


 「やっぱり翔斗に頭を撫でられるの私好きだな」


 その言葉を聞いてふと疑問に思ったので、翔斗は花鈴へ訊ねた。


 「そう言ってくれるのは嬉しいけど、女子って頭を撫でられるの普通は嫌がるものじゃないのか?」


 漫画などではよく撫でる描写などがあるが、現実ではあまり好きではないと聞いたことがあったのだ。


 「そうだね、そういう子もいるかも知れないね。私も、彼氏でもない人に触られるのはもちろん嫌だよ。でも、翔斗は私の彼氏だし、撫でられて幸せな気持ちになるから好きだよ」


 眩しい笑顔で笑いかけてくるので、一度強く両手で花鈴を抱きしめてから再び頭を撫でる。


 「そろそろ次にいくよ」


 しばらく撫でていたが、花鈴がそう言ったので一旦撫でるのをやめて、花鈴の要求を聞いた。


 「何をするんだ?」

 「次はね、私を後ろから抱きしめてもらいます」


 楽しそうに笑いながら翔斗を座らせた花鈴は、その足の間に座り翔斗に体重を預けた。

 

 「そのまま私を抱きしめてね」

 「わかった」


 正直翔斗はかなり恥ずかしかったのだが、言うとおりにかりんのことを後ろから抱きしめた。


 「どうだ?」


 抱きしめてもしばらく花鈴花にも言わなかったので、翔斗の方から訊ねた。


 「えっとね、正直恥ずかしい。けど、すごく幸せ」


 よく見れば耳まで赤く染めた花鈴が、恥ずかしそうに、でも嬉しそうにはにかみながら翔斗へ笑顔を見せた。

 そんな花鈴の笑顔を見て愛おしさが爆発した翔斗は、自分を見上げてくる花鈴のおでこへキスをした。


 「えっ」


 すぐには何をされたか理解できずにいた花鈴だったが、理解した途端反応は劇的で一気に顔を赤く染めて、翔斗の方へ体ごと振り返り胸をポカポカ叩き始めた。


 「むーーーー!!」


 怒ったようで嬉しそうでもある表情で、花鈴は抑えきれない感情を翔斗へぶつける。


 「ごめんごめん。花鈴が可愛くてついやっちゃった」

 「もー急にはだめでしょ。びっくりしたんだからね私」


 ようやく落ちついたのか叩くのをやめた花鈴は、翔斗を見つめた。


 「こんどはちゃんと互いに顔を向けてる時にやってね」

 「わかった。じゃあ、するぞ」


 今度はちゃんと宣言をしてから、ゆっくりと唇を近づけていくが、突然その距離がゼロになった。


 「んむ」


 翔斗が近づける前に花鈴が近づいて、翔斗へキスをしたのだった。

 しばらく唇を合わせていた二人だったが、呼吸をするために一度離れる。


 「突然近づいてくるから、びっくりしたぞ」

 「さっきのお返しだよ翔斗」


 にひひと花鈴はいたずらが成功した子供のように笑って喜ぶ。

 まだ残っている花鈴の柔らかな唇の感触の余韻を感じながら、花鈴を眺める。


 「どうしたの翔斗?」


 何も言わずに眺めていたからか、花鈴が不思議そうに翔斗を見てくる。


 「いや、次のお願いは何か気になっただけだ」

 「んーまだ満足してないから、もう一回翔斗に座りたいな」

 「いいぞ」


 再び翔斗によりかかり、近くにあった漫画を手にとって読み始めた。

 翔斗も花鈴の読む漫画を一緒に読むことにした。


 「読むスピード早くない?」

 「大丈夫。前に読んだやつだし、平気だ」


 二人はしばらくそうして、漫画を読んで過ごした。

 

 「そうだ、翔斗はなにかして欲しいことないの?」

 「ん? 今日は甘える日じゃないのか?」


 翔斗は花鈴を一日甘やかすつもりだったのだが、そういうわけではないようだった。


 「勤労感謝の日にわざわざ感謝する人っていないでしょ。それと同じで甘える日に、甘えさせてもいいんだよ」


 花鈴がいいならいいかと納得した翔斗だが、いざ甘えるとなると恥ずかしかった。

 そのことに花鈴は気がつき、翔斗が甘えられるように誘導をした。


 「翔斗よりも私のほうが誕生日早いでしょ」

 「そうだな」


 翔斗の誕生日は十月四日で、花鈴の誕生日は四月十七日なので、花鈴のほうが確かに誕生日は早い。


 「けど、それがどうしたんだ?」

 「私のほうが少しお姉さんなんだから、遠慮しないで甘えてきなよ」


 と胸を張って来なさいというように、翔斗を強く抱き寄せる。


 「しょうがないなぁ」


 と小さく呟いて翔斗は大人しく花鈴の胸に抱き寄せられた。

 柔らかな二つの双丘に頭を預けて、花鈴の暖かな温もりに包まれ、花鈴の鼓動を感じた。


 「あんまり無理するなよ」

 「無理なんてしてないよ」


 花鈴は虚勢張るが、翔斗にはばればれだった。


 「心臓の鼓動がかなり早いぞ」

 「あっ、もー翔斗反則だよそれは」


 バレていたとわかると恥ずかしそうに目をそらして、文句を言いながらも翔斗を抱きしめる手の力は緩めなかった。

 好きな人の胸の中というのは安心するもので、先程花鈴が言っていたとおり幸せな気持ちが胸の中にいっぱいに広がった。


 「花鈴」

 「なに?」

 「キスしてもいいか?」


 翔斗は今したくなった自分の欲望を言葉にする。

 花鈴は翔斗の欲望を笑顔で受け入れた。


 「もちろん」

 

 先程とは位置が逆転して翔斗が下になり、花鈴とキスをする。

 思えば、翔斗が花鈴に甘えるというのはあまりなかった。

 それを気にした花鈴が今回自分が先に甘えることで、翔斗が甘えやすくしたのかと考えたが、翔斗はそれを口には出さなかった。

 時に自分の思いやりは、バレたくない場合もある。今回がその場合だろう。


 「ありがとう花鈴」

 

 だから、翔斗はお礼を口にする。答えは聞かずに、感謝を伝える。

 二人の関係はそれでいいのだ。


 「どういたしまして翔斗」


 花鈴もなぜ、とは聞かずに笑みを返す。

 そして、またキスを交わす。

 二人はその後も幸せな時間を過ごしたのだった。

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