第30話 幸せな眠り方

 花鈴かりんからかかってきた電話の内容は予想外のもので、翔斗しょうとはすぐに理解することができなかったので、ひとまず説明をしてもらうことにした。


 「旅行に行けるってどういうことだ?」

 

 花鈴の言う旅行は今日やった福引の景品のことを指し示すものだと予想した翔斗だが、それは全て外れてしまったので行けないはずだ。

 それなのに行けると言っていることは、二人の両親が関わっているのか、それとも……。


 『えっとね愛華あいかも今日、私達が行ったスーパーと同じところに行ったみたいで、福引をしたら旅行券が当たったんだよ!』

 「マジか! すごいな!」


 翔斗たちが引いた時はまるで当たる気がしなかったのだが、花鈴の妹の愛華が仇を取ってくれたようだった。

 だがそれはあくまで愛華のものであって、翔斗達のものではない。


 「愛華は旅行に行かなくていいのか?」


 なので、まずは本当に使ってもいいのか確かめなければならない。

 譲ってくれるのなら嬉しいが、愛華に我慢をさせて翔斗達だけで楽しむのは納得がいかなかった。


 『うん、愛華はあんま旅行とかに興味ないみたいだから、心配しなくていいよ。私が無理やり奪ったわけじゃないからね』

 「花鈴がそういうことをしないのは、わかってるって。少し、気になっただけだよ」


 翔斗の心配は杞憂だったようで、愛華からのプレゼントのようだった。

 考えてみれば、愛華は今年受験があるのであまり遊んでばかりはいられないので、素直にもらっておこうと、翔斗は愛華に感謝をして何かお礼をしなければと考えた。


 「その旅行券の期限っていつまでなんだ?」


 夏休みに行くと行っても、もうすぐ終わる上に予定もいくつかあるので期限が夏の間ならば、行くのは少し難しいだろう。

 だが、その心配はいらなかったようだ。


 『今年中だから、今すぐじゃなくていいみたい。温泉から見る景色がすごくきれいな場所らしいから、秋とかに行けるといいね』

 「それなら良かった。そうだな、確か九月に祝日と土日が繋がってる日が会ったから、そこで行けるといいな」

 「うん、わかった! 楽しみにしてるね!」


 声だけで本当に嬉しそうにしてるのがわかったので、翔斗も思わず笑みを浮かべた。

 

 「じゃあ花鈴もう遅い時間だから、そろそろ寝ようか」


 明日も休みとはいえ、あまり遅くまで起きているのは良くないと思った翔斗だが、花鈴の一言により電話を切ろうとする指が止まった。


 『切っちゃうの?』


 甘えたような、寂しそうな声で一言呟かれたら、翔斗はもう電話を切ることができなかった。

 翔斗は花鈴に対して激甘なので、おねだりなどにとことん弱いのだ。


 「はぁ、わかった。後一時間だけだからな」


 後五分ではなく、一時間なのが翔斗もまだ話していたいという欲が出ていることに、自分では気づかなかった。

 だが、そんな些細なことは花鈴の喜ぶ声の前にはどうでもいいことだった。


 『やったー! ありがとう翔斗大好き!』


 普段から伝えあっているとはいえ、直球に伝えられると照れてしまうが、なんとか照れていることをバレないように返事をする。


 「俺も大好きだよ花鈴」


 なぜか、いつもより恥ずかしく感じたのは、電話越しだからか、深夜テンションだからかわからなかった。


 『ふふっ、知ってるよーだ』


 表情は見えないが、間違いなくニヤニヤしているというのはわかるものだ。

 

 「そういや、こうして夜に長電話するのって始めてか?」

 『そうだね。ほぼ毎日会ってるし、家も近いからわざわざ電話することって、あんまりなかったかもね』


 用事があったとしても、どうせ会うのだから会った時に話せばいいと思っているからか、あまり二人は電話したことがなかった。

 そのうえ時計を見れば、長針は十一時を示しており、眠気で脳のネジが緩んでも仕方がなかった。

 ゆえに、ちょっとした事故が起きたとしても仕方がないのだ。


 「ん?」

 『どうしたの?』


 耳元で変な音がしたので、スマホを除くと画面には花鈴の顔が写っていた。

 驚きで大きな声が出そうに鳴るが、なんとか声を殺して平然とした声で返す。


 「いや、なんでもない。ちょっと足をぶつけただけだから」

 『もう、翔斗はおっちょこちょいなんだから。怪我しないように気をつけてね』

 「悪い悪い、気をつけるよ」


 どうやら、花鈴は間違えて触れたのか普通の電話からテレビ電話にしてしまい、それに気づいていない様子だった。

 今の花鈴はピンク色のパジャマを着ており、髪を後ろで結ぶスタイルで、ベッドで横になっていた。

 翔斗は迷った。花鈴にテレビ電話になっていることを指摘するかどうかを。


 『そうだ、今度夏祭りがあるじゃん』

 「もうすぐ、やるな」


 花鈴は気づかずにそのまま話を続ける。


 『その時に着る浴衣を翔斗に決めてもらいたいんだよね』

 「それくらい構わないぞ。明後日見に行くでいいか?」

 『うん、それでいいよ』


 彼女とはいえ女性のプライベートを除くのはあまり良くないことなので、そろそろ指摘しようとしたのだが……


 『楽しみにしててね。翔斗が喜ぶような可愛いのを選ぶからね!』


 花鈴の眩しい笑顔にやられて、言い出すことができなかった。

 もっと見ていたいと思ってしまったのだ。


 「ああ、楽しみにしてるよ」

 『なんか翔斗、少し変じゃない?』


 だが、さすがは幼馴染というべきか、翔斗の様子がおかしいことに気がついたようだった。


 「いや、別に変じゃないぞ」


 精一杯同様を隠そうとするが、違和感を持たれた時点で終わりだったのだ。


 『うーん、やっぱり少し変だよ……って』


 そして、スマホを寝るまでに一度も見ないという可能性は限り無く少なく、当然花鈴もスマホを覗き込み、テレビ電話になっていることに気づいてしまった。


 『あー!!!!』


 そして、気づいてからの花鈴の行動は早かった。

 すぐさまカメラを指で塞いで翔斗から見えないようにして、すぐに通常の電話に戻した。


 『ねぇ翔斗、なにか言うことはある?』


 そう聞かれた翔斗は言い訳をせずに、すぐに謝った。


 「すみませんでした!」


 今回の件は翔斗が全て悪く言い訳する余地もする気もないので、誠心誠意謝るしかできることはなかった。


 『いつから見てたの?』

 「足をぶつけたって言ったときからです。すみません」


 声から起こっている様子が伝わってくるので、翔斗はただひたすらに謝った。


 『もう、しょうがないなぁ翔斗は』

 「怒ってないのか?」


 すぐに優しい声色へ変化したので、おそるおそる尋ねるとため息とともに返事が返ってきた。


 『怒ってはいるけど、それだけ私の顔が見たかったんでしょ?』


 言葉とともに再びテレビ電話へと戻り、画面に花鈴の顔が写った。


 『許してあげるからその代わり、翔斗もテレビ電話にしてね』

 「わかった」


 そのくらいで許してくれるならと、すぐさまテレビ電話へと変更する。


 『やっぱり、顔が見えるほうがいいね』

 「そうだな、電話もいいけどやっぱり顔が見たいよな」


 花鈴の意見に頷きながら、今度はじっくりと花鈴の顔を眺める。

 先程は盗み見して悪いと思っていたので、あまりじっくり見ていなかったが、今度は互いに見せあっているので堂々と眺めることにした。


 『そんなに見つめられると恥ずかしいよ』


 花鈴はカメラから目線を少しそらして、頬を赤く染める。

 そんな様子がはっきり近くで見えるので、やはり顔が見えるのが一番いいと翔斗は再認識した。


 「花鈴はやっぱり可愛いな」

 『どこらへんが?』

 「すぐに照れて顔を赤くするところや、自分から攻めているときはイケイケなのに、攻められると弱々しくなるところとか。他にも……」

 『ちょっとストップ、ストップ!』


 花鈴の好きなところを次々と言おうとしていくが、さすがに耐えきれなくなったのか遮られてしまった。


 『いきなり褒めまくるのは禁止!』

 「わかったよ」


 すでに照れた可愛い顔が見れたことで翔斗は十分満足したので、大人しく褒めるのを辞める。

 まだまだ言えるのだが、これ以上は花鈴が拗ねてしまうのでやめておくようだ。


 『それより、翔斗はお祭りの日に何着るの?』


 いつも祭りへ行くときは基本的に普段着で行っていたが、今年は花鈴と一緒なのでまだ決めていなかった。


 「花鈴は普段着と甚兵衛どっちがいい?」

 『どっちもかっこいいと思うけど、せっかくなら甚兵衛で一緒に歩きたいな』

 「わかった、甚兵衛にする」


 花鈴の言うことはなるべく叶えてあげたい翔斗は即答をする。


 『じゃあ、翔斗も今度一緒に見に行こうね』

 「そうだな。かっこいいの選んでくれよ」

 『それなら翔斗はとびきり可愛いのを選んでね』

 「難しいな。花鈴は何でもとびきり似合うから、一つを絞り込めないな」


 以前もデートの時に全部可愛いと言っていた前科があるので、今度は絞り込もうと翔斗は決意したが、とんでもなく頭を悩ませる未来はたやすく想像がつく。

 その後も二人は今後の話をしていき、気づけば夜が深くなっていた。


 『ふわぁ……』


 花鈴はそろそろ限界が来たのか、眠そうな瞼をこすり欠伸をしていた。

 翔斗も普段は寝ている時間なので、眠くなってきていた。


 「眠そうだな」

 『ううん……大丈夫。まだ……起きて翔斗と話す……』


 と言ってはいるものの、すでに瞼は半分閉じていて、今にも寝てしまいそうだった。


 「とりあえず、毛布はかけておけ」

 『うん……わかった』


 風邪を引かないように、ちゃんと寝る体勢にさせるとすぐに呼吸音が寝息へと変わった。

 画面を見ればそこには、瞼を閉じて気持ちよさそうに眠っている花鈴の姿があった。


 「おやすみ花鈴」


 ギリギリまで画面を見た翔斗は、やがて満足したように電話を切り、自分も眠りについた。

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