第29話 運試し

今朝の翔斗の目覚めは懐かしさを感じるものだった。


 「ぐはっ」


 腹に強い力が加わり、肺に溜まっていた空気が強制的に吐き出される。


 「なんだ……?」


 状況がわからず戸惑っていると、頭上からよく知った声が聞こえてきた。


 「翔斗起きて! 朝だよ!」

 「花鈴? まだ学校に行く時間じゃないよ」


 時計を見ながら寝ぼけた状態で答えると、くすくすと笑いながら花鈴は答えた。


 「翔斗寝ぼけてるよ。まだ夏休みだから、学校はないよ」


 ようやく頭が働き始めたところで、今の状況がおかしいことに気がついた。

 翔斗が勘違いしたのも無理はない、寝起きの頭が正常に働かない状態で学校があるときと同じ様に花鈴が起こしに来たのなら、間違うだろう。

 そして、勘違いに気づいたところで新たな疑問が湧いてきた。


 「あれ……そうだったな。ん……? なんで花鈴がここにいるんだ?」


 夏休みに入ってきてから一度も起こしに来てはいなかったのに、なぜ今日は起こしに来たのだろうか。


 「ん? なんでも何も、ただ翔斗に会いたかっただけだよ。そんな深い理由なんてないよ。もしかして迷惑だった?」


 不安そうに花鈴が聞いてくるが、当然翔斗が迷惑に思うことはなく、むしろ花鈴と同じ様に嬉しかった。


 「いや、俺も嬉しかったよ。朝から花鈴に会えるなんて、今日はいい日だな」


 少し大げさに喜んでみるが、別に嘘を言っているわけではない。


 「それなら良かった。じゃあ、翔斗は早く支度して」

 「ん? どっか出かけるのか?」


 特にそのような約束はしていなかったはずだが……。


 「私達最近ずっと家にいるでしょ?」

 「そうだな」


 一番最近出かけたのはプールへ行ったときだけで、その他の日は暑いから互いの家に行き来する程度だった。


 「さすがに、夏休みの間ずっと家に引きこもってちゃ体に悪いと思ったんだ。だから、ちょっと買い物に付き合ってほしいんだ」

 「それくらいお安いご用だ。じゃあ、少し待っててくれ」


 花鈴を一旦廊下に出てもらって、急いで翔斗は着替える。

 幸いにも寝癖はついていなかったので、軽く整えてからすぐに部屋を出た。


 「待たせたね」

 「ううん、大丈夫だよ。それより、朝ごはんはいいの?」

 「ああ、大丈夫」


 翔斗は寝起きは食欲があまりないので、食べる日と食べない日が存在する。

 今日はあまり食欲がない日だったので、食べなくても問題はない。


 「それで、どこに行くんだ?」


 家を出て、駅へ向かう道を手を繋いで歩きながら、今更ながらに訊ねた。


 「あれ? 言ってなかったっけ?」

 「出かけるとしか言われてないな」


 そうだったとばかりに、花鈴は頷いて笑いながら今日の目的を教えてくれた。


 「今日は、食料品の買い物をしようと思ってるんだ。毎日暑いからあんまりでかけたくないから、買い込んでおこうと思って。あと、今日は特売だからね」

 「なら、俺の今日の役割は荷物持ちだな」

 「違うよ。翔斗の役割は私の彼氏でしょ」


 笑顔で目を見て恥ずかしいことを普通に花鈴は言ってくるので、翔斗は照れるよりも嬉しくなって笑みがこぼれた。

 互いに思い合っているのは理解をしているが、それでも実際に言葉にされると安心するものだ。

 だから……、


 「だったら花鈴の今日の役割は、俺の可愛い彼女だな」

 「うん」


 照れずに思いを伝えると、花鈴はとびきりの笑顔で頷いて、腕を絡めてきた。

 少し歩きづらかったが、翔斗は解かずににそのままでいた。


 「ここか?」

 「うん、そうだよ」


 二人がたどり着いたのは駅の近くのスーパーだった。

 

 「色々買うから覚悟しててね」

 「お手柔らかに頼む」


 ご機嫌な花鈴と共に楽しく買い物をしていく。

 ふと、花鈴は何かに気づいたように顔を上げると、翔斗の方を見た。


 「なんだか、こうしてると夫婦みたいだね」

 「そうだな。将来はそうだといいな」

 「そうだね翔斗お父さん」

 

 まさかそう呼ばれるとは思っておらず、翔斗は思わず吹き出してしまった。


 「ふふっ私の勝ちー」

 「いつから勝負してたんだよ」

 「油断しちゃダメだからね」


 花鈴は楽しそうに翔斗の手を引いて買い物を続けた。

 一通り必要なものをかごに入れた花鈴はレジに向かい、翔斗は出口で待っていた。


 「お嬢ちゃんこれどうぞ」

 「これは?」

 「福引き券だよ」


 どうやら、何円以上ごとに福引券を一枚もらえるキャンペーンをやっているようで、花鈴は三枚渡されていた。


 「ありがとうございます」


 嬉しそうに受け取った花鈴は翔斗に、報告をしてきた。


 「見てみて翔斗! 福引券をもらっちゃった!」

 「おー良かったな。そこで、引けるみたいだから後で行くか」

 「うん!」


 商品を持ってきた袋に詰めて、翔斗も持とうとするが花鈴に止められた。


 「翔斗の今日の役割は荷物持ちじゃないでしょ」


 両手に一つずつ袋を花鈴は自分で持とうとしてしまう。


 「でも、俺は花鈴の彼氏だろ?」

 「そうだけど?」


 花鈴は翔斗が言いたいことを考えたが、わからなかったようだ。


 「花鈴が両手で荷物を持ったら、彼氏の役目の手をつなぐことができないだろ」

 「あっ……もう、しょうがないなぁ」


 翔斗の言わんとする事を理解した花鈴は、嬉しそうに翔斗に荷物を渡して、手を繋いだ。


 「ほら、この方がいいだろ」

 「うん」


 花鈴は嬉しそうに笑い、その表情を見て翔斗もほほえみを返し、仲良く福引を引く場所へ向かった。

 一等は高性能掃除機で、特賞は旅行券のようだった。


 「目指すはもちろん特賞だね!」

 「旅行にいけたらいいな」


 「はい三回ね」


 係の人に福引き券を三枚渡すと機械を回すように言われ、花鈴は気合十分で機会に手をかけた。

 

 「特賞こい!」


 

素早く抽選の機械を回すと、白い球が転がってきた。


 「残念賞、ティッシュです」

 「うーもう一回」


 今度はゆっくり回し、玉が転がってきた。

 だが残念なことに今回も……


 「残念賞です」

 「うー、翔斗が引いて!」


 悔しそうに最後の一回を翔斗へ託す。

 これで特賞が出れば、旅行へ行けるのだと意気込んで念を込めてゆっくりと回し、玉が転がってきたが、そう思いどおりにいはいかず、


 「残念賞です」


 全て外れてしまった。


 「悔しいね。あれが当たれば翔斗と旅行だったのにな」

 「そうだな。良い夏の思い出になると思ったんだけど、残念」


 福引が外れた二人は悔しそうにしながら、帰路をゆっくり歩いてく。

 

 「花鈴、旅行の代わりに夏祭りを楽しもうな」

 「うん、そうだね。外れたことをいつまでもくよくよしててもしょうがないよね」

 「綿あめに、焼きそばとか色々食べような」

 「もう、翔斗食べ物ばっかり。花火もやるんだからね」


 二人は気持ちを切り替えて、先の楽しみについて話していく。


 「じゃあ、また明日な」

 「うん。また明日ね」


 二人は別れる前に一度ハグをして、互いの温もりを堪能してから離れる。

 荷物を渡して花鈴が家に入るのを見届けてから、翔斗は自分の家に帰っていった。

 その晩、寝る前に花鈴から電話がかかってきた。


 「どうした?」

 『翔斗聞いて! すごいの!』


 電話越しで大音量で花鈴の声が聞こえてきて、スマホを耳から少し離した翔斗は花鈴を落ち着かせる。


 「わかったから、少し声を抑えてくれ」

 『ごめんね。つい、興奮しちゃった』

 「それで、どうしたんだ?」


 話の内容は意外なものだった。


 『あのね、私達旅行に行けるよ!』

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