第28話 心理テストとハンバーグ
目覚ましの音で目を覚まし、翔斗はなんだか物足りなさを感じていた。
物足りなさの理由はわかったいた。
学校があった時は毎朝花鈴に起こされていたのだが、夏休みに入ってからは起こされることがなくなっていたのだ。
「思っていたよりも花鈴に甘えてたんだな俺……」
自分の中の花鈴の大きさを改めて感じながら、のんびり寝間着を着替えて時間を確認する。
目覚ましは八時に設定しており、今はゆっくり着替えていたので時計の長針は十を指していた。
「確か、九時に花鈴に家に来るように言われてたな。何故か朝食は軽めにしとけって言われたな」
理由は聞かなかったが、何かやりたいことがあるのだろう。
何をしてくれるのか楽しみにしながら、言われたとおりに朝食を軽めにしておき、丁度いい時間になったので翔斗は花鈴の家へ向かった。
「はーい」
チャイムを鳴らすと花鈴の元気のいい声が聞こえきた。
「俺だ」
「今開けるね」
すぐにドアは開き、花鈴が笑顔で飛びついてくる。
「翔斗おはよう!」
「おはよう花鈴」
翔斗は花鈴をしっかり抱きとめて返事をする。
花鈴の笑顔は何よりも翔斗の活力になり、物足りなかった心の空白が簡単に埋められた。
「おじゃまします」
「どうぞー」
「そういや今日は愛華は?」
「今日も部活だって。最後の大会だから頑張ってるよ」
花鈴の妹の愛華は中学3年生で最後の部活なので追い込んでいるようだ。
「そうか、よろしく伝えといてくれ」
「うん分かった。それで、今日なんだけどね」
「ああ、言われたとおり朝食は軽めにしてきたが何をするんだ?」
花鈴は質問には答えずに進んでいき、キッチンへ着くと振り返る。
「今日は、翔斗のために料理を作ろうと思います!」
「花鈴の手料理か、そういや食べたことなかったな」
付き合ってから様々なところにデートへ行ったり、互いの家を行き来していたが手料理を作ってもらうことはこれまでなかった。
「だから、今日は翔斗の好きなものを作ってあげて胃袋をつかもうと思ったんだ」
「胃袋まで掴まれたらこれ以上花鈴にあげるものがなくなるな」
すでに花鈴にメロメロな翔斗は心も体も花鈴に渡しているも同然なのに、胃袋も掴まれるとなっては花鈴なしでは生きていけなくなってしまう。
すでにそれに近い状態になったいるとはいえ、これ以上依存してしまうのは良くない。
「そうだ、俺も花鈴になにか作るよ」
「翔斗が?」
「ああ、問題あるか? 食材ならちゃんと払うぞ」
「そうじゃなくて、翔斗って料理できる?」
「うっ……」
翔斗は痛いところをつかれて思わず唸ってしまう。
翔斗の人生で料理をしたのは、家庭科の授業かカップラーメンにお湯を注いだ程度の経験しかない。
見様見真似で作ったとしても、どんな物ができるかは火を見るより明らかだ。
「できない……です」
「でしょ。だから、翔斗は私の手伝いをしてね」
「はい。わかりました」
翔斗は自分の力不足に落ち込むが、花鈴は笑って元気づける。
「大好きな彼女の手料理を食べれるんだから落ち込まないの」
「そうだな。大好きな彼女の手料理が食べれるんだから落ち込んでる暇はないな。……どうした?」
翔斗が花鈴の言葉に同意をすると、花鈴は恥ずかしそうに黙ってしまった。
「照れるなら最初から言わなければいいのに」
「照れてません! ちょっと、地球温暖化のせいで顔の体温が急上昇しただけです」
「それは大変だな」
無理のある誤魔化し方をする花鈴の頭を撫でながら、翔斗は優しく笑みを浮かべる。
「とにかく! 今日は翔斗の好きなものを作るからね! 手伝ってもらうよ!」
「はーい。それで俺の好きなものって、何を作るんだ?」
花鈴に好きなものを話したことはあるが、翔斗の好物は複数あるのでどれをつくるのだろうか。
「ではここで、心理テストをします」
「心理テスト?」
「うん。これで翔斗の好きなものを当てます」
心理テストは眉唾物だが、花鈴がやりたいというのだからとりあえず翔斗はやってみることにした。
「では、あなたは遊びに行くなら山と海どちらがいいですか?」
「山」
「スプラッタ映画とホラー映画どちらが好きですか?」
「うーん、ホラー映画かな」
「最後の質問です。手に入るなら知力と筋力どちらが欲しいですか?」
「筋力」
全ての質問を終えた花鈴は少し考えた後に口を開いた。
「わかりました。あなたの好きな食べ物はハンバーグですね」
「おーすげーあってる。こんな質問でよく分かったな」
正直心理テストを馬鹿にしていたが、当てられてかなり驚いた。
こういうものは案外馬鹿にできないものだと翔斗が感心していると、花鈴は肩をプルプル震わせ始めた。
「ん? 花鈴どうした?」
「ふふっ、翔斗信じちゃって面白い。こんなの適当だよ」
「そうだったのか?」
すっかり信じていたが、言われてみれば花鈴は症との好きなものを知っているのだから答えが合っているのは当たり前だった。
翔斗はすっかり花鈴に騙されてしまった。
「茶番はここまでにして、そろそろ作ろうか」
「茶番って自分で言うのかよ」
「細かいことはいいから、ほら手を洗って」
料理は素人なので花鈴の言うことに従いながら、二人でハンバーグを作っていく。
素人に包丁は危ないと言われたので、大人しく肉をこねていた。
殆どの作業は花鈴が手際良く行い、すぐに肉の焼けるいい匂いが部屋を満たしていった。
「おー美味そう」
「美味そうじゃなくて美味しいからね」
「そうだな。美味い!」
「ふふっまだ食べてないじゃん」
「そうだった。難しいな」
肉が焼けたので盛りつけをして、ソースをかけるとついに完成した。
ご飯と他のおかずも用意して早速食べ始める。
「それじゃあ、いただきます」
箸で肉を切ると中から肉汁が溢れ出し、火傷しないように少し息を吹きかけてから口の中へ入れる。
「うん。美味い。今まで食べたハンバーグの中で一番美味しい」
少し大げさに聞こえるが、翔斗にとっては嘘偽りのない言葉だった。
「もう、大げさだよ」
翔斗の感想を聞いて、花鈴は照れくさそうにしながらも嬉しそうに自分の分のハンバーグを切り分けて、息を吹きかけてから翔斗の口へ運ぶ。
「はい、あーん」
「おう」
花鈴の手からもらったハンバーグは目の前のものと同じはずなのに、より美味しく感じられるから不思議なものだ。
「ほら花鈴もあーん」
「あむ」
二人で食べさせ合いながら、食事を進めていく。
楽しい時間はあっという間に過ぎていくもので、気づけば目の前のハンバーグはなくなっていた。
「おいしかった。もうお腹いっぱいだ」
「お粗末様です」
人はご飯を食べた直後は眠くなってしまう生き物で、それは翔斗も例外ではなかった。
「翔斗眠いの?」
「ああ、お腹いっぱいで眠くなってきた」
翔斗がそう言うと花鈴はなにか閃いた表情をして、翔斗に近づいてきた。
「ほら翔斗、おいで」
「?」
「膝枕してあげるからおいで」
膝を叩きながら手招きしてくるので、翔斗は素直に膝を借りることにする。
「ありがとう」
「どういたしまして。報酬として翔斗の寝顔をたっぷり堪能させてもらうからね」
「それくらいなら、いくらでもいいぞ」
「おやすみ翔斗」
「おやすみ花鈴」
頭を撫でる心地よい感触を感じながら、目をつぶる。
もう、朝に感じた物足りなさなど一切感じず、幸せ泣き分のまま眠りへ落ちていった。
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