第2話 宣言

 だが、翔斗は正直なところ戸惑っていた。

 今まで幼馴染として見ていた花鈴からまさか告白をされるとは夢にも思っておらず、しかもそのタイミングが失恋の直後なのだ。


 花鈴は翔斗が雨宮玲奈のことを好きだということは知っていて、勉強やファッションについてアドバイスもしてくれていた。

 なのでてっきり自分の恋を応援してくれていると思っていたが、それだけではなかったのだ。

 慰めてくれたことはありがたかったし、告白も嬉しかったは事実だ。

 それでも……


 「花鈴、みっともなく泣いていた俺を慰めてくれてありがとう。花鈴がいなかったら自分を否定したままだったし、しばらく引きずってたと思う。勇気を出して告白をしてくれてありがとう」


 花鈴が努力を肯定してくれたことで、翔斗は自分を嫌いにならなくて済んだ。

 失恋のショックでどうにかなりそうだったが、花鈴が優しく話を聞いてくれたおかげで精神状態も今は大分落ち着いている。

 花鈴には感謝の言葉が尽きず、大切な幼馴染だと思っているのだが真剣に花鈴のことを思い、翔斗が考え出した答えは。


 「でもごめん、花鈴とは付き合えない。花鈴の告白すっごい嬉しかったけど、それでも今はまだ、雨宮さんのことが好きなんだ」

 

 花鈴を振ることだった

 告白は嬉しかったが、それでも翔斗の心の中にいるのは雨宮玲奈だった。

 彼女に彼氏が居ようと、振られようがそれだけで嫌いになることはありえず、好きな気持ちもなくなるわけではない。


 花鈴とは仲が良く決して嫌いではない、むしろ女性として魅力的だと思っているが、今はまだ付き合うことはできなかった。

 そんな翔斗の答えに対して、花鈴の反応は短い言葉だった。


 「そっか」


 花鈴が心中悲しんでいることは想像がつく。

 先ほど翔斗が感じた気持ちを今、花鈴にさせていると思うと罪悪感と申し訳なさで胸がいっぱいになる。


 それでも自分の気持ちに嘘をついて花鈴と付き合うわけにはいかなかった。

 そんなことは彼女に失礼なうえに、そのような動機で付き合って幸せになれるとは思えなかった。

 翔斗は告白の返事をしてから花鈴の顔を見ることができていなかったが、いつまでも目を反らすわけにはいかないと思い背けていた顔を戻した。


 「やっと顔を見てくれたね」


 するとそう言って笑いかける花鈴の表情は悲しんでいるようには見えず、むしろ晴れやかな笑顔だった。

 だが、翔斗は戸惑った。


 「なんで、笑ってるんだ? 俺はお前を振ったんだぞ。ずっと優しくしてくれたお前を傷つけるようなことをしたのに何でそんな風に優しい笑顔でいられるんだよ」


 想像していた表情とは遠く離れたもので、無理して笑っているのかと一瞬疑ったが、その笑顔はいつも隣で見ていた優しい笑顔だったので、なおさら翔斗は意味が分からなかった。

 本来振られたのなら、先程の翔斗のように取り乱すなり、泣くなり、悲しむはずだ。それなのに、花鈴にはそのような感情が翔斗には見えなかった。

 そんな翔斗を落ち着かせるように、優しく、ゆっくりと花鈴は理由を話し始めた。


 「だって、翔斗が私の好きな翔斗のままなのが嬉しかったから。確かに告白を断られたのは悲しかったけど、私のことをよく考えてくれたのは伝わったし、なによりさっき振られたからって別の女の子と付き合う翔斗なんて見たくなかったから」

 「どういうことだ? 告白をしたのに付き合ってほしくなかった?」


 翔斗は訳が分からなくなっていた。

 想像していた悲しむ表情ではなかったことは良かったが、それ以上に花鈴が何を言っているのかが理解できなかった。

 そんな戸惑う翔斗を見て、花鈴は小さく笑いながら説明してくれた。


 「もちろん、翔斗が好きっていう気持ちは本当だよ。でもね、本当は告白するつもりはなかったんだ。今日は翔斗を慰めて元気になった頃に、改めて告白をしようと思ってたんだけど、悲しそうにしている翔斗が見ていられなくて、泣くほど思われてる玲奈が羨ましくてつい言っちゃったんだ」


 ごめんねと笑いながら明るく話す花鈴だが、当然それだけではないだろう。

 今言葉にしていないだけで、もっと多くの思いがあったはずだ。


 「そういうことか、だったらなおさらごめんな。今まで色々頼っちゃって。自分以外の人のことを話されるのは嫌だったよな。花鈴は俺のことをずっと考えてくれていたのに、俺は花鈴の気持ちに全く気が付かなかった」


 情けない。

 長い間一緒に過ごしてきた大切な幼馴染なのに、花鈴の気持ちに全く気づかず、他の女性の話をするなんてどれだけ傷つけてきたのだろうか。


 「ごめんな、俺は最低だ。そばにいる人を大切にできないのに、好きな人を大切にできるわけないよな」


 自分は散々優しくしてもらってきたくせに、相手には何も返さない男は最低だと考えてきたが、そんな男に自分がなっていた。

 言い訳はできない。翔斗が今口にできる言葉は謝罪の言葉だけだった。


 「そんなことないよ」


 それでも花鈴は翔斗を許すのだった。


 「翔斗は自分のことを最低っていうけど、それだけ玲奈のことが好きだったんでしょ。周りが見えないほど一直線に努力して、ずっと一緒にいたけど翔斗がこんなにも努力できる人だって知らなかった」

 「それは、お前が手伝ってくれたから。辛い時も応援してくれたから頑張れたんだ」


 今までの日々を思い出すが、花鈴がいなければ告白をする勇気もなかっただろう。

 どれだけ花鈴に支えられていたか計り知れない。


 「うん、翔斗はそう思うかもしれないけどね、結局最後まで頑張ったのは翔斗自身なんだよ。それに大切にできてないって言ってたけど、それは違うよ。翔斗が知らないだけで、私はたくさん元気をもらってきたから。だから、最低なんて言わないで」

 「でも」

 「じゃあ何? 私は最低な男を好きになったっていうの?」


 それは卑怯な言葉だった。そんなことを言われたら、翔斗はこれ以上は何も言えない。

 どこまでいっても花鈴は翔斗のことを思ってくれる。

 ならば今、翔斗にできることはただ一つ。


 「そうだな、こんな時こそお前が惚れた男はこんなにもかっこいいんだって思わせないとな。じゃなきゃ、花鈴に失礼だよな」


 惚れたことを後悔させないことだ。

 

 「そうだよ。翔斗は堂々としてればいいの。俺はこんなにもかわいい女の子から告白をされる男だってね」


 花鈴は笑って茶化すように言って、翔斗が気に病まないようにしてくれる。

 今まで気づかないうちに、どれだけこの優しさに救われていたのだろうか。

 

 「ありがとう」


 気づけば自然と口からお礼の言葉が出ていた。これまで気づかなかったことへの感謝を込めて。


 「どういたしまして。でもこれからは覚悟してね」

 「覚悟?」

 「うん、もう私の気持ちは伝えちゃったから、どんどんアプローチしていって翔斗を私の虜にするんだから」


 その強気な宣言を聞き、翔斗は思わず笑みがこぼした。

 鈴野花鈴はとても強い女性だ。

 そんな女性に好いてもらえることは何と幸福なのだろうか。

 いつまでもめそめそしているわけにはいかない。


 「わかった。今はまだ花鈴の告白を受けることはできないけど、いつか好きだって自信を持って言えるようになったら俺の方から告白をするよ」


 それが今の翔斗にできる唯一のこと。

 もう自分のことは卑下せず、前を向いて新たに生活していく。

 それが慰め、告白をしてくれた花鈴に対する唯一のけじめだ。


 「すごく嬉しいけど、待てなくなったらまた私の方から告白しちゃうからね」

 「そうだな。あんまり待たせないようにするよ」

 「じゃあ約束ね」

 「ああ、約束だ」


 二人は指切りをしていつものように笑いあった。

 この日、初恋が実らなかった翔斗は、幼馴染の花鈴に告白をされたのだった。

 今はまだ幼馴染の関係だが、この日から二人の関係は大きく変化していく。

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