第3話 変化した関係

 柊翔斗の家は高校から歩いて三十分のところにあり、通学するのにちょうどいい場所だった。

 学校は八時四十分に始まるので八時に家を出れば余裕をもって到着できる。

翔斗は毎朝7七時目覚ましによって起きていたが、今日は別の要因で目を覚ますことになった。


 「翔斗起きてーー! 朝だよーーー!!」

 「うーん、今起きる……」


  はっきりしない意識の中いつもは誰も起こしに来ないのはずが、今日だけ起こしに来たことに違和感を覚えながら時間を確認すると、まだ七時になっていなかった。 

 目覚ましが鳴るまでもう少し寝ようとする起きるよう再び催促された。


 「寝ぼけないで起きて。起きないとベッドに入っちゃうよ」


 そこでようやく聞こえてくる声が家族の者でないことに気づき、寝起きでまだ重い瞼をこすりながら体を起こして声の主を確認した。

 

 「んー花鈴? なんで俺の部屋にいるんだ?」


 部屋の目には胸の前で腕を組んで立っている見慣れた幼馴染の姿があった。

 普段花鈴とは学校に一緒に登校してはおらず、朝家に来る約束もしていないので部屋にいるのはおかしい。

 昨日衝撃的な出来事がいくつもあった翔斗はうまく寝付けず寝不足だったので、目の前の光景を夢だと思い再び寝ることにした。


 「ちゃんと忠告したからね」


 まだ花鈴の声が聞こえると頭の隅で思いながら、ゆっくりと意識を手放そうとした時、何か温かいものが毛布に潜り込んできた。

 それは温かいうえに柔らかく、寝ぼけている翔斗はそれを抱きしめた。


 「きゃっ!」


 何か聞こえた気がしたが気のせいだと思いそのまま眠ろうとしたが、何かに体をゆすられ眠りを妨げられた。

 だんだんと意識がはっきりしていき、今何が起きているのかを把握するために目を開くと、驚きの光景が広がっていた。


 「さすがに抱きしめられるのは恥ずかしいな」


 目の前には恥ずかしそうに顔を赤くしてこちらを振り向く花鈴の顔があり、翔斗は制服姿の花鈴を背中から抱きしめていたのだった。

 予想外の状況を前に翔斗の頭が選んだ行動は、思考停止だった。

 状況を理解することを諦めて目をつむり、これは夢だと思い込もうとしたがそれを目覚まし時計が否定した。

 無視しようとするがさすがにこれを夢だと思うのは無理だと諦め、とりあえず花鈴を今も抱きしめている腕を外して目覚ましを止めた。

 そこでようやく今自分が何をしていたのか、何が起きているのか把握した翔斗はすぐに謝った。


 「ごめん! 寝ぼけてたとはいえこんなことをして悪かった」

 「謝らなくていいよ。翔斗が寝ぼけてるの分かってベッドに入ったし。それに……」

 「それに?」

 「翔斗に抱きしめてもらえたのは嬉しかったから」


 抱きしめられていたことを思い出しているのか、はにかむような笑顔を見せて俯いてしまった。

 その様子を見て翔斗はとてもかわいいと思い、もう一度抱きしめたくなったが理性を総動員して何とか本能を抑え込んだ。


 「そういやなんで花鈴は俺の部屋にいるんだ?」


 抱きしめてしまったことは翔斗悪いが、そもそも花鈴が部屋にいるのがおかしい。

 今まで部屋に来るなんてことはなかったので、何かあったのか心配するがそれは杞憂だった。


 「えっとね、翔斗を虜にするって昨日言ったでしょ」

 「言ってたな」

 「それで、朝起こしてあげたら翔斗が喜ぶかなって思って。それで起こしに来たら、翔斗の寝ぼけてる姿が可愛くてついいたずらしちゃった。私の方こそごめんね」


 そんな言い方をされては起これないし、怒る気はない。

 むしろ今までは普通の幼馴染として接してきたのであまりこのような姿を見ることはなかったので、今見せている女の子に部分がどうしようもなくかわいいと思い胸の鼓動が高まってしまう。

 それに幼馴染とはいえ高校生にもなりこんな至近距離で会話することもなくなっていたので、今更だが緊張してきてしまった。

 二人の間に障害はなく触れようと思えば触れられてしまい、おそらく花鈴はそれを拒むことはない。

 

 「悪いがそろそろ着替えたいから少し廊下で待っててくれないか?」


 悪い考えが頭に浮かんでこれ以上理性が持たないと思った翔斗は、いったん距離を置くことで冷静になろうとした。


 「そうだったね、すぐ出るよ」


 花鈴もこれ以上攻めるのは恥ずかしかったようで、素早くベッドがから降りて服のしわを整えた後廊下に出ようとしたが、扉に手をかけたところで一度止まった。


 「翔斗がどうしてもっていうなら着替えさせてあげるけど」


 と真っ赤な顔で言ってくるがさすがに無理してるのは丸わかりなので、丁重にお断りをして廊下に行ってもらった。


 「危なかった」


 翔斗を虜にするとは言っていたがまさか翌日からこんなにも攻めてくるとは思ってもいなかった。

 作戦は効果抜群で、翔斗は幼馴染としてではなく一人の女性として花鈴を見てしまっていた。

 危うく理性を手放しそうになるほど花鈴の攻撃力はすさまじく、とても魅力的だった。


 「とりあえず着替えるか、花鈴を待たせてるしな」


 考えることを一旦放棄してすぐに制服に着替えて廊下に出ると、花鈴がやさしく出迎えてくれた。


 「お帰り」

 「ただいま。って思わず言っちゃったけどなんだこれ」

 「扉の前で翔斗を待ってて、いざ出てきたらなんか夫を待ってる妻の気分になっちゃって思わず言っちゃた」


 その言葉で顔がとても花鈴には見せられないほどにやけてしまったので、すぐさま後ろを向いて隠した。


 「あれ翔斗、もしかして照れてる」


 その行動の意味を察した花鈴はここぞとばかりに攻めてくる。


 「照れてないし」

 「じゃあ顔を見せてよ」

 「いや、今はちょっと寝癖があるし寝起きだし、ちょっと無理かな」

 「いやさっきも見たから今更でしょ。ほら早くその照れた顔を見せて」


 言い訳も全部押しのけてぐいぐいと来る花鈴を前に翔斗のとった行動は


 「朝ごはん食べないと!」


 逃げだった。


 「あっ逃げるな!」


 急いで階段を下りて一回のリビングに行くと、母親の理恵が笑って翔斗を出迎えた。


 「おはよう翔斗。その様子だと花鈴ちゃんのドッキリに見事にはまたようだね」

 「おはよう母さん。俺の許可なしに勝手に部屋に入れないでくれ」


 花鈴とグルだった母親に文句を言ってい、花鈴もリビングへやってきた。


 「理恵さんありがとうございます。おかげで翔斗を驚かせられました」

 「翔斗も喜んでるみたいだし、毎日来てもいいんだよ」

 「ありがとうございます」

 「おーい本人の許可を取れー。目の前に本人がいるぞー」


 翔斗は目の前で交わされる恐ろしい会話に入ろうとするが、二人は無視して会話をお続ける。


 「花鈴ちゃんは朝ご飯はもう食べた?」

 「いえ、まだです」

 「じゃあ家で食べていきな」

 「いいんですか?」

 「全然いいよ。食パン何枚食べる?」

 「一枚で大丈夫です」

 「おーい。俺を無視するなー」


 翔斗が不貞腐れた声で言うとようやく理恵が翔斗の方を向いた。


 「はいはい、翔斗も一枚でいいね」

 「お願い」


 その後も自分の家のはずなのに小さくなって朝ご飯を食べた後、身支度をしていると八時になっていた。


 「いってきます」

 「行ってらっしゃい」

 「理恵さん今日はありがとうございました」

 「花鈴ちゃんならいつでも来ていいからね」

 「ありがとうございます」


 花鈴はカバンを持ってきていたので翔斗の準備ができると一緒に家を出た。


 「そういや一緒に登校するのって久しぶりだな」

 「そうだね、小学生以来かな?」


 二人が中学生に上がり部活を始めると、朝練などでタイミングが合わず気づけば別々に登校するようになっていた。


 「まあ、たまにはこんな日もいいか」

 「甘いよ翔斗」


 小さく呟いたが、花鈴は聞き逃さずどや顔で指摘してきた。


 「何が?」

 「これからは毎日起こしに行ってあげるからね」

 「おう、まじか。お手柔らかに頼む」

 「もう我慢しないって決めたから学校でも覚悟してね」


 不敵に笑う花鈴に前に翔斗は、今日はいい天気だなと現実逃避をするのだった。

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