初恋は実らないというが俺の彼女は違うらしい

健杜

第1話 初恋は実らない

 緊張で手足が震え、喉からは擦れた声しか出ない。

 一秒経つごとに約束の時間は近づいてきて、あまりの鼓動の速さに思わず心臓が破裂しないか心配になる。

 今にも逃げ出したいような気持ちに駆られるが、逃げるわけには行けない。

 なぜなら柊翔斗ひいらぎしょうとは人生で初めての告白をするのだから。


 絶賛緊張中の翔斗は放課後の学校の校舎裏におり、高校へ入学をしてからずっと片思いをしていた女性――雨宮玲奈あまみやれいなに告白をしようとしていた。

 事前にこの場所に来るように彼女には伝えているので、もうすぐやってくるのだが、今の翔斗の精神状態はまともではなく、到底告白ができるコンディションではなかった。

 さすがにこのままではいけないと思い、深呼吸をして心を落ち着かせるために、大きく息を吸いこんで、そのまま吐き出す。

 この動作を何回かした後、試しに声を出す。


 「あーあー、よし」


 深呼吸をしたことで少し緊張がほぐれたのか、声は何とか出るようになっていたが、まだ震えは収まらず、心臓の鼓動は速いままだった。


 「でも、声は出る。声が出るなら、告白はできる! しっかりしろよ俺、今が頑張り時だ」


 スマホのカメラ自分を見て、身だしなみを整えていくが、髪よりも顔がとても強張っていた。


 「ひどい顔だな。こんなんじゃだめだ」


 頬を両手で叩くことで気合を入れて、まともな表情になり、何とか翔斗の精神が落ち着いてきた頃、校舎裏のこの場所へ向かってくる足音が聞こえた。


 「ここに来る人は少ないから、来るとしたら雨宮さんかな?」


 誰が来たとしても慌てないように心の準備をしてから、音の下方向へ振り向くと、翔斗の予想通りの人物が視界に入った。


 「柊くん、約束通り来たよ」


 亜麻色のポニーテールの髪を揺らしながら、人を安心させるような優しい笑顔を携えて、翔斗の前に現れたのは雨宮玲奈だった。


 「雨宮さん、来てくれてありがとう」


 緊張で再び心が騒ぎ出すが、なんとか表に出さないようにして挨拶をする。

 いざ告白をする本人を目の前にして、足が震えそうになるが、それを気合で止めて精いっぱいの笑顔をつくりながら玲奈の元へ向かう。


 「大事な話があるって言われたら、来ないわけにはいかないよ。それで話って?」


 彼女は急な呼び出しにも嫌な顔をせずに、優しい笑顔で翔斗に用件を聞く。

 色々告白前の会話など、準備していたが想定よりも早く要件のことを聞かれたので、一瞬頭の中が真っ白になるが、今更怖気ずくわけにはいかないと覚悟を決める。

 何度もシミュレーションをしてきた言葉を頭の中に思い浮かべながら、声を出す前に息を吸って、その空気を高ぶる感情を乗せた声と共に吐き出す。


 「ずっと前から好きでした。俺と付き合ってください!」


 告白の言葉は至ってシンプルだが、自分の思いを込めた言葉を声に出して頭を下げる。

 玲奈の表情をすぐに見る勇気がなかった翔斗は、顔を挙げずに玲奈の返答を待つ。

 一秒、また一秒と時間が過ぎていく。

 返答が怖く聞きたくない気持ちと、早く聞いて楽になりたいという相反する気持ちがぶつかり合う。

 そんな永遠にも思えた長い時間は、玲奈の言葉によって終わりを告げた。


 「ごめんなさい。私には今付き合っている彼氏がいます。なので柊くんとは付き合えません」


 聞こえた言葉は翔斗の望んでいたものではなく、すぐには言葉の意味を理解できずないので、頭の中で返答を反芻して、玲奈から伝えられた言葉の意味をゆっくり理解していく。

 まず、彼女にはすでに彼氏がいるので付き合えない。――そう、彼氏がいるのだ。

 翔斗は知らなかった事実に驚き、頭がパンクしそうになるがそれでも何とか言葉をひねり出すことに成功した。


 「そうだったんだ。ごめんね、突然こんなことを言っちゃって」


 今にも零れそうな涙を抑え、平静を保ちながら玲奈に返事をするが、真っすぐに彼女を見ることはできなかった。


 「ううん、いいの。言ってなかった私も悪いし、これからも友達でいようね柊くん」

 「うん。俺からもお願いするよ。今日は来てくれてありがとう雨宮さん」


 それでも、最後に勇気を振り絞って彼女の顔を見ると、振ってしまったという罪悪感と、翔斗を傷つけてしまった申し訳無さでいっぱいだった。

 彼女はこんな時まで翔斗のことを気遣う事のできる女性なのだ。


 「じゃあまた明日ね」

 「うん、また明日」


 ショックを受けている翔斗を気遣って、何も聞かずに玲奈は後ろを向き、すたすたと翔斗の前から去っていった。この優しく、気配りができるところも翔斗は好きだったのだ。

 彼女は翔斗を振り返ることなく進んで行く。その後ろ姿を翔斗は見えなくなるまでいつまでも、いつまでも眺め続け、やがて――雫が瞳から零れ落ちた。


 「くそっ泣くな俺。駄目だった時のことも考えてただろ」


 必死に涙を抑えようとするが、拭いても吹いても涙は流れ続け、やがて抑えることを諦めて感情のままに、子供のように泣きじゃくった。

 そんな翔斗のもとに近づいてくる足音があった。

 足音の主は泣き続けているせいで、自分に気づかない翔斗の後ろに立ち、声をかけながらそっと抱きしめた。


 「だーれだ」

 「うおっ!」


 翔斗は突然抱きしめられたことに驚き、慌てて振り向こうとするが、続く明るい声で誰かが分かった。


 「誰だと思う?」

 「なんだ、花鈴かりんか……どうしてここにいるんだ」

 「ふふっ、どうしてだと思う?」


 もったいぶるように聞いてくるのは翔斗の幼馴染――鈴野花鈴すずのかりんだった。


 「さあ、どうしてだろうな。無様にも告白が失敗した俺を笑いに来たのかな」

 「ひどいなー、私そんな性格悪くないよ。むしろ告白に失敗して、泣き叫ぶ幼馴染を慰めに来てあげた天使だと思うな」


 失恋の直後で相手を思いやる余裕のない翔斗は自嘲気味に話すが、花鈴は気にすることなく会話を続ける。


 「天使ねぇ、俺には見えないな」

 「だって目隠しをしてるし、後ろに居るからね」

 「このっ」


 いつもの様に冗談を言い合う今だけは、いつもの翔斗でいられた。

 翔斗は振り向いて文句を言おうとするが、次の花鈴の一言で動きが止まった。


 「辛かったね」


 その一言は今の翔斗にはとても響く言葉であり、今の翔斗に言ってはならない言葉だった。

 花鈴の前では、普段のように振る舞い、何事もなく会話ができていたのに、その言葉を言ってしまえば一時的にせき止められていた翔斗の感情の波が溢れ出してしまう。

 玲奈に見合う男になるために筋トレをして、勉強や運動をして、オシャレも学び、ようやく彼女の隣に立てると思った時にはもう遅かった。

 すでに彼女には、彼氏がいたのだ。


 初恋は実らないというがよく聞くが、実際にその通りだった。

 自分の方が先に好きだった、自分の方が深く愛していたとしても関係ない。

 恋愛は待ってくれないのだ。

 もたもたしているうちに好きな人に彼氏ができる。そんなことが現実では日常のように起きる。


 誰が悪いわけではなく、玲奈もその彼氏も悪いことは何一つしていない。

 当然、翔斗もだ。

 ただ、タイミングが悪かっただけ。

 それを頭で理解しているが、それでも――辛いことには変わりなかった。


 「好きだった」

 「うん」


 気づけば、そう口から言葉が漏れてきて、それを花鈴は優しく相槌を打つ。


 「好きだったんだよ。雨宮にふさわしい男になるために、苦手な勉強もファッションも勉強した」

 「うん」

 「こんなに頑張ったのは人生で初めてだった」

 「知ってる。ずっとみてたから」


 翔斗はぐちゃぐちゃな己の心の内を徐々に吐き出していき、それを花鈴は優しく相槌を打ちながら聞いていく。


 「それでもダメだった。俺の努力は何だったんだよ。全部無駄だったのか?」


 自分のしてきたことの意味が分からなくなり、全てが無駄に思えてきた時、今まで聞いているだけだった花鈴が強い口調否定した。


 「それは違うよ」


 その強い言葉に思わず振り向くと、そこには真剣な表情をしたいつもとは違う幼馴染の姿があった。

 いつもなめらかな黒髪をポニーテールにして、ぼんやりとしていた花鈴が今は別人のように翔斗の言葉を強く否定する。


 「無駄なことなんてない。翔斗が頑張ってきたことは私がよく知ってる。ずっと一緒だったんだから、嫌いな勉強をあそこまで頑張ったり、今まではめんどくさがって適当な服を着ていた翔斗が、ファッション雑誌を読んだりして努力してきたのは全部見てきた。翔斗のやってきたことは無駄なんかじゃないし、翔斗の努力を否定する人は誰であっても私が許さない。それが翔斗自身であっても」


 自分自身ですら否定しようとした努力を花鈴は強く肯定し、それを否定することは翔斗自身であっても許さないと言う。

 なぜそこまで言うのかが翔斗には理解できなかった。


 ただの幼馴染の言うことにどうしてそこまでむきになるのか、どうしてそこまで情熱的になるのか。

 今の翔斗には何もわからず、気づけば疑問は口から出ていた。


 「どうして……どうしてそこまで俺に優しくしてくれるんだ? 所詮ただの幼馴染だろ。俺が振られようがお前には関係のないことじゃないのか?」


 翔斗が疑問を口にすると花鈴は悲しそうな顔をするが、なぜ今の言葉で悲しい顔をするのか翔斗にはわからない。

 確かに花鈴は、翔斗の努力を手伝ってくれたが、ここまで悲しむ必要はない。

 花鈴からすれば、他人事なのだから。


 「ただの幼馴染、お前には関係ない……。そうだよね、翔斗はそう思うよね。でも、私にとっては違うんだよ」

 「違うって、何が?」


 花鈴の言っていることを翔斗は理解できずにいるが、そんな翔斗を見て覚悟を決めたような表情をした花鈴が、目を見て己の秘めた心を言葉にして紡ぐ。

 その瞳は、どこか告白の直前に見た、翔斗の表情と酷似していた。


 「私にとって翔斗は……ただの幼馴染なんかじゃなくて、ずっと好きな人だったんだよ」

 「えっ?」


 花鈴からの突然の告白のような言葉に、失恋のショックも飛びのいた。

 だが、その言葉を翔斗は信じられなかったので聞き返す。


 「花鈴、それって?」

 「あーもう何度も言わせないで。私は翔斗のことが好きなの!」


 花鈴は恥ずかしそうに頬を赤らめて、今度は大きな声ではっきりと気持ちを言葉にした。

 その言葉で混乱していた翔斗も、花鈴の言いたいことを理解し告白されたのだと気づいた。

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