第25話 かき氷は大人な味

 「起立、礼」

 「ありがとうございました」

 

 日直の号令とともに夏休み前最後の挨拶をして、一瞬の静寂の後に一気に騒がさで教室が賑やかになる。

 待望の夏休みとなれば普段おとなしめな人ですら、少しははしゃぐだろう。


 「翔斗準備できた?」

 「今忘れ物ないか確認するから、少し待っててくれ」


 号令が終わってすぐに花鈴は、脇目もも触れずに翔斗のもとにやってきた。

 翔斗は帰る支度はできていたが、今日はただ帰るのではなく一度変えればしばらくは学校へ来ることもないので、忘れ物を取りに行く面倒なことがないように、念の為机の中やロッカーの中を確認する。


 「悪い、待たせたな。帰るか」

 「はいっ、ここで翔斗に問題です」


 花鈴は突然翔斗に人差し指をビシッと向けて、クイズ番組の司会者のようなことを言い始めた。


 「どうした急に」

 「違います。翔斗の返事はYESかはいです」

 「どっちも同じじゃないか。じゃあ、YESで」


 何を始めようとしているのかわからなかったが、特に断る理由もなかったので翔斗は乗ることにした。


 「では問題です。今日はなんの日でしょう」

 「夏休み前最後の日」

 「ピンポンピンポン。正解です」


 翔斗が答えると花鈴は腕で丸を作り、自分の口で正解の音を言うのが可愛かったのでだんだん楽しくなってきていた。


 「次の問題です。この後は何をするでしょう?」

 「家に帰る」

 「ブッブー不正解です」


 今度は腕でバツを作られて首を振られてしまったが、これからすることなんて帰ることぐらいと思ったが、翔斗は気づいた。

 今やっているのはクイズ形式の花鈴のお願いなのではと。

 普通のクイズならただ答えればよいが、これは花鈴のクイズなので花鈴のやりたいことを答えなければならないのだ。


 先程翔斗が行った帰宅が不正解ならば、花鈴は帰りたくないということになる。

 家に帰らずにすることといえば一つしかない。


 「放課後デートか?」


 翔斗が確信を持って言うと、花鈴は腕を丸にしたりバツにした後に三角にした。


 「惜しいです。ほぼ合っています」

 「ほぼ合ってるのか、うーんヒントをくれ」

 「ヒントは、明日以降はしないことです!」


 明日以降しないのは放課後デートもそうだが、花鈴はこれになにか付け足してほしいのだろう。

 翔斗には気づかないが、花鈴にとっては譲れない部分なのだろう。

 それならば、そこに気づくのが彼氏の役目だと思い、翔斗は必死に頭を働かせた。


 「わかったぞ」

 「次不正解でしたら失格ですがいいですか?」


 突然の失格ルールに驚きながらも、翔斗は動じない。


 「大丈夫だ」

 「では答えをどうぞ」

 「制服で放課後デートだ」

 「ファイナルアンサー?」

 「ファイナルアンサー」


 先程まで教室にいた生徒達はすでに帰っており、今教室にいるのは花鈴と翔斗の二人だけなので黙ると静寂が空間を支配する。

 先程まではしゃいでいた花鈴が無言になると、自信が合っても不安になってくるものだ。

 長いための後に花鈴がついに口を開いた。


 「正解です! さっすが翔斗よくわかったね」

 「必死に考えたけど、最後急に黙るからめちゃくちゃ不安になったぞ。それで、なんで制服にこだわっていたんだ?」


 正解はしたものの、なぜ花鈴が制服にこだわるのか翔斗はいまいちわかっていなかった。


 「だって、明日から夏休みだから出かけるときに制服着ないでしょ。学校がないのに着るのもなんかあれだしって思ったから、制服デートしたくなったの」

 「確かに花鈴の言うとおりだな。よし、今日はめいいっぱい遊ぶか。それで、どこに行くか決めてるのか?」


 これだけ楽しみにしていたのだからなにかやりたいことがあると思っていたが、そうではないようだった。


 「何も決めていません!」

 「楽しみにしてたのに、何も決めてないのか……」

 「違うのどこに行くかは決めてないけど、何をするかは決めてるの」

 「どういうことだ?」


 花鈴はトンチのようなことを言い出し、その意味を考えるが答えは出なかった。


 「ギブアップ答えを教えてくれ」

 「しょうがないなぁ。いつもデートするときって、結構きっちり予定組んでたでしょ」

 「そうだな」


 普段のデートは暇な時間を作らないように、やることはいくつか決めていた。


 「だから、今日は適当に街をぶらつきたいの」

 「いいぞ」


 しっかり予定を組むのがいいと翔斗は思いいつも考えていたが、たまには何も考えないのも面白そうだと花鈴の提案に乗る。


 「よし、早速行くか」

 「うん」


 学校を出てとりあえず駅前に来た二人は、手をつなぎながら周囲の店を見ていた。


 「どこかの店に入ろうと思ったが、こうしてみると色々合って迷うな」

 「そうだね。私も一人で来るときはどこに行くか決めてるから、新鮮な気分だよ」

 「今回のデートの目的は適当にぶらつくことだから、無理に店に入る必要もないだろ」

 「それもそうだね」


 店に入ることなく適当にぶらつこうデート始めた二人だったが、すぐにどこに入るかが決まった。

 決めたのは翔斗でも花鈴でもなく、翔斗の腹の音だった。


 「ふふっ、翔斗お腹鳴ってる」

 「いい匂いのする店が色々並んでたからついな」


 駅前は学校帰りの学生や、会社帰りのサラリーマンを捕まえるために飲食店が多く並んでいる。

 昼食を食べたのが数時間前なので、食べざかりの高校生男子には耐え難い誘惑だった。


 「それなら、そこに入ろっか」

 「いいな。ポテト食いたくなってきた」


 花鈴が指さしたのはファストフード店で、翔斗もそこのものを食べたかったので頷いた。


 

 「店で食べるか?」

 「ううん。歩きながら食べようよ」

 「わかった」


 花鈴は何も買わないようなので、翔斗だけポテトを買って店を出た。

 

 「うん、美味いな。やっぱりできたてはいいな」

 「私もちょっと頂戴」

 「いいぞ、ほい」


 ポテトの箱を向けるが、花鈴は受け取らずに顔を近づけてきた。


 「あーん」


 食べさせろということなので、望み通りにする。

 最初の頃は照れて恥ずかしかったものだが、今は慣れた手付きでポテトを花鈴の口に運ぶ。


 「うん、美味しい。はい、次は翔斗も口開けて」

 「いや、俺は普通に食べるよ」

 「いつも私ばっかりで、翔斗にあんまりしたことなかったから今回はやるよ。洞口開けて」


 花鈴に食べさせるのには慣れた翔斗だったが、あーんをされるのには慣れていないのだった。


 「……わかった」


 降参して渋々翔斗は口を開ける。


 「よろしい。それじゃあ、あーん」

 「……美味しい」 

 「でしょ」

 

 翔斗に食べさせられたのが嬉しかったのか、満足そうに花鈴は笑うのだった。

 反対に翔斗は恥ずかしかったので、少し顔を赤くしながらポテトを食べた。


 その後も適当に歩き、気になった店に入るを繰り返しているうちにかなり時間が経っていたので、次の店で最後にすることにした。


 「あっ、あれ食べたい」

 「ん? ああ、かき氷か」


 今日も夏真っ盛りなので、かき氷は丁度いいので二人共買うことにした。


 「花鈴は何味だ?」

 「いちご味。翔斗は?」

 「コーラ」

 「後でちょっと頂戴」

 「花鈴のもくれよ」


 互いに違うものを頼み、早速食べたのだが……


 「やばい、アイスクリーム頭痛だ」


 暑かったので一気に食べた翔斗は突然の頭痛に頭を抱えた。


 「大丈夫翔斗?」

 「ああ、なんとかって心配しながらかき氷を差し出すな」


 文句を言いつつ、素直に翔斗は差し出されたかき氷を食べ、花鈴に自分のも食べさせる。


 「コーラも美味しいね」

 「いちごも美味しかったぞ」


 ほっとけば溶けてしまうので、頭痛が起きない程度に早めに食べた。


 「美味しかったね」

 「そうだな。かき氷なんて、夏祭りでしか食べないから久しぶりだ」


 日も沈み始めたので帰ろうしたが、花鈴はスマホを起動して自分の口を見始めた。


 「どうした?」

 「みてみて翔斗」


 翔斗の質問には答えずに、自分の舌を翔斗に見せた。


 「ふっ真っ赤だな」

 「翔斗のもみせて」


 翔斗も舌を出すと、準備していたのか手に持っていたスマホを翔斗に向けて写真を撮った。


 「あっおい」

 「きれいに撮れたよ」


 タイミングよく撮れたようで、翔斗の茶色い舌がバッチリ写っていた。


 「はぁ、消せって言っても聞かないんだろうな」

 「もちろん。こんな翔斗めったに撮れないからね」

 「まぁいいか。他の人には見せるなよ」

 「もちろん」


 花鈴だけが見るならいいかと、嬉しそうに写真を見る花鈴を見ながら、翔斗は納得することにした。


 「ねぇ、翔斗」

 「なんだ?」


 写真を見ながら、花鈴が立ち止まって握っていた翔斗の手を引っ張った。


 「今って味するのかな?」

 「何が?」

 「キス」


 花鈴の言いたいことを理解した翔斗は顔を真っ赤にする。


 「なっ、おまっ、急にどうした」

 「翔斗慌てすぎ。写真を見てたらなんとなく思ってさ」


 確かにかき氷を食べた直後なので、舌が変色しているがそんな事を言うのは想定外だったので翔斗は実際に想像してしまった。


 「えっと、どうだろうな」

 「ふふっ、冗談だよ。もう翔斗照れすぎ」

 「だって、急にそんな事言われたら普通は照れるだろ」


 冗談と言われ、息を軽く吐いた瞬間に花鈴の顔が近づいてきた。


 「隙あり」

 「なっ」


 油断した翔斗の唇を花鈴が奪い取り、さらに舌を入れてきた。


 「んっ?!」


 突然のことに固まる翔斗とは反対に、楽しむように花鈴はキスを堪能していた。

 数十秒ほどした後に息を吸うために、唇を離した。


 「花鈴、いきなりすぎだろ」

 「気になっちゃたんだもん」


 いきなりの出来事で、混乱した翔斗は文句を言おうとしたが、花鈴の耳が赤いことに気づき口を閉じた。


 「はぁ、次からは一言いってくれ」

 「うん」


 照れくさそうに顔を背ける花鈴の頭を翔斗は優しく撫でる。


 「それで、味はどうだった?」


 花鈴は少し考えた後に、恥ずかしそうに答えた。


 「……大人の味でした」


 顔を真っ赤にして照れくさそうにしながら、花鈴はいつもとは違う表情で笑うのだった。

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