第24話 雨時々相合い傘

 七月に入り、本格的に夏の暑さを肌で感じながら、近づいてくる夏休みに学生は心を踊らせていた。


 「今年の夏休みは何するんだ?」


 休み時間になり、唐突にれん翔斗しょうとに話しかけてきた。


 「そうだな……」


 去年の夏休みは受験勉強で忙しく、あまり楽しく過ごせていなかった記憶ばかり蘇る。

 

 「今年はのんびり花鈴とすごすよ」

 「そうだったな、お前は彼女がいるから羨ましいな」


 今年は受験勉強もなく、恋人の花鈴がいるのでこれまでの夏休みとは大きく変わってくる。

 これまでの夏休みは恋人とデートで海やら、夏祭りやらでかけている友人を見ては憧れたものだ。


 「蓮も恋人作ればいいんじゃないか?」


 翔斗がそう言うとやれやれといった様子で、ため息をつきながら首を振った。


 「お前も変わっちまったな。恋人ができると人はこうも変わってしまうんだな」

 「どうした急に」

 「作ろうと思って恋人が作れたら苦労しないってことだ。さっきのセリフ、他の男子に聞かせたら嫉妬の炎で焼かれるぞ」

 「悪い、気をつける」


 確かに今の発言は少し自慢が混じっていたと自分でも思い反省をする。

 今までならこのような自慢を言うことがなかったはずだが、やはり蓮の言う通り変わってしまったのだろうか。


 「まぁ、でも今の翔斗のほうがいいと思うぜ」


 そんな翔斗の胸中を知ってか蓮は話す。


 「前は少し後ろ向きな人間だったからな、今の幸せそうなお前のほうがいいぞ」


 自分でも以前とは変化していると思ったが、それを親友に肯定されると嬉しいものだから、しっかりと感謝を伝える。


 「ありがとう」

 「何だ改まって、恥ずかしい。それより次の授業始まるぞ」

 「逃げたな」


 恥ずかしがった蓮をからかいながら、次の授業の準備を翔斗も始めた。



 「あれっ、傘がない」


 授業が全て終わり後は帰るだけなのだが、持ってきたはずの翔斗の傘がなかった。

 午後に突然雨が振り出したせいか、天気予報を見ずに学校に来た人に盗られてしまったようだった。


 「どうしたの翔斗?」


 傘立ての前で戸惑っていると、翔斗の異変に気がついた花鈴が近づいてきた。


 「いや、傘がなくてさ」


 ビニール傘だったのもあって、盗られてしまったと思われる。

 まさか盗られると思っていなかったので、当然折りたたみ傘も持っていない。

 

 「じゃあ、私の傘に入りなよ」

 「いいのか?」


 花鈴の持っている傘はそこまで大きいものではないので、二人で入れば濡れてしまうことは避けられないだろう。


 「別にちょっと濡れるくらいいいよ。それよりも翔斗がずぶ濡れになって、風邪を引く方が問題だよ」

 「そうか、それなら甘えさせてもらおうかな」

 「どうぞどうぞ、もっと甘えてきてもいいんだよ」

 「機会があったらな」


 二人は靴を履き替えて外に出る。


 「ほらっ」

 「ん?」

 「いや、傘をくれ。俺が持つから」


 身長的にかりんがもつよりも翔斗が持つのが普通なので、もらおうとするがなぜか花鈴はキョトンとしていた。


 「むー私をちっちゃいと思ってるでしょ」

 「いや、そんなことはないけど」


 花鈴の身長は女子にしては高いが、翔斗よりは低いので持とうとするが花鈴は子供扱いされているようで不満なようだった。

 ここで、無理に持とうとすると花鈴がすねてしまうのは長年の付き合いでわかっているので、どうにか説得をする方法を思案する。


 「花鈴が傘を持つと手を繋げないだろ」 

 「えっ?」


 花鈴は学校に普段持っていっているリュックの他に今日は別の荷物があり、手提げ袋を持っているので傘を持てば両手が塞がることになる。

 一方で翔斗の荷物はリュックだけなので傘を持っても片手は空いている。

 なので、翔斗が持てば相合い傘をしながらてもつなぐことができると言って説得をする。


 「もう、しょうがないなぁ。翔斗がそんなにも私と手をつなぎたいって言うなら、いいよ」

 「花鈴の言う通り俺が手をつなぎたいんです。だから、いいだろ?」


 翔斗が手をつなぎたいと言ってくれるのが嬉しかったのか、花鈴が我慢できなかったのかはわからないが、翔斗がお願いするとすぐに手をつなぎにきた。


 「えへへ、翔斗は本当に私のことが好きだね」


 笑いながら嬉しそうに手を繋ぐ花鈴から、傘を受け取って開く。

 花鈴から傘を受け取るために行ったことだが嘘というわけではなく、翔斗も手をつなぎたいという気持ちは存在していた。

 だが、それよりも花鈴が喜んでくれるのが嬉しかったのだ。


 「当然だろ。俺は花鈴の彼氏なんだから、好きなんて当たり前だ」

 「ありがと」


 二人は肩を寄せ合いながら、ゆっくりと帰り道を歩き始める。


 「そうだ、夏休みどこに行く?」

 「そうだな……海とか行きたいな」

 「水着も買ったもんね。あとは?」


 夏といえば様々なレジャー施設があり、遊ぶのには困らない。

 だが、その中で花鈴と行きたいところといえば、海の他にもう一つ翔斗の中で決まっていた。


 「花鈴と夏祭りに行きたいな」

 「夏祭り?」

 「そう、夏祭り」


 翔斗たちの家の近くで町内会で行うまつりが毎年開催していて、中学の頃は部活の友人たちといっていたが、今年は花鈴と二人で行きたいと翔斗は考えていた。


 「いいね、行こ! 私浴衣着ていくから楽しみにしておいてね」

 「花鈴の着物か、それは楽しみだな」


 傘の外側は雨が降っているが、二人の心は夏に向かって晴れ渡っていた。

 翔斗は雨が降ると頭が痛くなるので、これまで雨が好きではなかったが、このように花鈴と楽しく過ごせるのならたまには雨もいいと思うのだった。

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