第23話 電車の揺れは子守唄
花鈴を追いかけて服屋に入った翔斗は周囲を見て圧倒された。
服屋は服屋でも女性専門店のようで、男性がほとんど存在しない女性のみの空間だった。
「どうしたの翔斗?」
そんな翔斗が圧倒されている様子に気づいたのか花鈴が心配してくるが、翔斗は正直に言えなかった。
女性服専門店で男性がほとんどいないので緊張している、などと恥ずかしくて言えたものではないので、何とか誤魔化す。
「いや、いろんな服が合ってすごいなって思ってただけだよ」
「ふーん、そっか。ならいいんだけど」
一応は信じてくれたようだが、疑わしそうな目で見られて危うく表情に出そうになったが、すんでのところで堪えた。
「それより、花鈴は何が欲しいんだ?」
これ以上追及される前に話題を変える。
「そうだね……今度翔斗とデートに行くときの服が欲しいな」
「次のデートか、それなら張り切って選ばないとな」
可愛く上目遣いで言われてしまえば、断ることなどできない。当然元から断るつもりはないのだが。
「それで、翔斗はどんな服が好き?」
翔斗は基本、本人に合っていればどのような服装でもいいのだが、今求められている答えはこれではないのは分かる。
翔斗が喜ぶ服でデートをしたいというのが、花鈴の望みのはずだ。なので、翔斗自身の好みで選ばなければならない。
「そうだな……自分でも好みがよくわからないから、色々着てくれるか?」
「うん。いいよ」
適当な服装を言ってお茶を濁すよりも、素直に言ってきた服から、可愛いと思ったものを選べばいいと思ったのだが、この作戦には大きな問題があった。
「これはどう?」
最初に花鈴が来たのは白のノースリーブにベビーピンクのフレアスカートだった。
もうすぐ夏なので涼し気な服装で、とても花鈴に似合っていた。
特に、花鈴の長い黒髪と白の服が似合っていた。
「うん。花鈴のかわいさを引き出してていいぞ」
「これは?」
次に花鈴が選んだのは白と黒のギンガムチェックのフリルのついたワンピースだった。
これは普段花鈴が着ないような服装で、珍しいものだったが、花鈴の新たな雰囲気を引き出していてとてもよかった。
「普段花鈴が着ないような服だから、新鮮で可愛いぞ」
「……これは」
花鈴が次に来たのは白のショートパンツにブラウンのビッグシルエットのシャツだった。
普段の可愛い表情が今は引き締まっていて、花鈴の大人の雰囲気を引き立てていた。
「色合いが落ち着いていて、すごく大人っぽく見えるぞ」
今度も正直に思った感想を言うと、花鈴は俯いてしまい、何かまずいことでも言ったのかと翔斗が不安になった時、花鈴は爆発した。
「もー! 全部褒めてくれたら分からないよ! 色々見せて翔斗の好みを探ろうと思ったのに全部褒めてくれたらわかんないじゃん! でも褒めてくれたことは嬉しかったよありがとう!」
そう、この作戦の問題は今花鈴が言った通りだった。
花鈴はどんな服でも見事に着こなすので、どれも似合っているように見えてしまい、一つに絞ることができなかったのだ。
「悪い、全部似合ってたからさ」
「ありがとう。でも、そんなに買うお金はないからどれか選んで欲しいな」
花鈴も翔斗も高校生なのでお金に限りはある。似合っているものを全て買うほどの財力はない。
そのうえ、この後には水着も買うのだからここで散財をするわけにはいかない。
「そうだな……最初の服がいいかな」
悩んで悩んだ結果、翔斗は最初の服に決めた。
「色合いが花鈴に合っててよかったし、すごくかわいかったと思う」
「うん、わかった。じゃあそれを買うね」
そう言って花鈴は元の服に素早く着替えて、翔斗の選んだ服をかごに入れてレジに行くのだった。
「待って、俺が買うよ」
「だーめ。翔斗は優しいから買い物に来るたびに私に買ってくれそうだから、そういうのは何かの記念日に取っておいて欲しいな」
花鈴の言う通り、翔斗は花鈴が喜ぶためなら今のようにすぐに服を買ってしまうだろう。それを分かっている花鈴は、制御できない翔斗の代わりに財布の紐をちゃんと締めてくれるのだ。
「分かった。記念日を楽しみにしててくれ」
「うん、そうするね」
笑いながら頷いた花鈴は、レジの列に並び服を大切そうに見ながら買うのだった。
「次はどうする?」
「腹も減ってきたし、そろそろ昼食にするか」
ショッピングモールに来てからすでに数時間経っていて、そろそろお昼時だったので何か食べようと提案をする。
「そうだね、お店を色々見てたらお腹空いてきちゃった」
このショッピングモールにはフードコートがあり、色々な食べ物を食べている人たちを見ていると自然とお腹が空いてきてしまう。
「よし、じゃあ混む前に先に席をとるか」
幸い席はすぐに見つかったので、腰を下ろして少し休憩できたが、席取りとは別の問題が発生した。
「うーん、どれもおいしそうで選べないよ」
「だな」
フードコートは様々なお店が集まっているので、一つを選ぶのが大変困難なのだ。
今日は肉や魚の気分などだったら簡単に決められるのだが、そう言った気分などが無い状態で、一つを決めようとすれば迷ってしまう。
さらに、こうしている間にも人は増えていきどんどん列が長くなっていくので、早く食べるのならば早く決めなければならない。
「んー、迷う! 翔斗は何にするか決めた?」
「俺はピザに決めた」
「あーピザもいいよね。でもあそこのお肉もおいしそうだし、迷う」
楽しそうに迷っている花鈴を見るのも楽しいが、そろそろ並ばないと食べるのが遅くなってしまうので翔斗はアドバイスをする。
「俺のも少し上げるし、今日は肉にすればいいんじゃないか?」
「でも……」
「それに、ここに来るのも今日限りってわけじゃないし、また一緒に来た時に別のをを食べればいいだろ」
翔斗がそう言うとなぜか花鈴は嬉しそうに笑って頷いた。
「うん。じゃあそうするね」
「決まったなら俺が並んでくるよ」
「えっ、私も行くよ」
「いや、二人で行ったら荷物が心配だからここで待っててくれ」
翔斗は花鈴にそう頼み、急いで並びに行った。
「ただいま」
「お帰り翔斗。ありがとね」
「おう」
十数分後問題なく買えた翔斗はお金を花鈴からもらい、席に着いた。
「何もなかったか?」
「何もないよ。ずっとスマホ見てただけだよ」
念のため翔斗が席を離れていた間、問題がなかったか花鈴に聞くが杞憂だったようだ。
「それならよかった」
「もー翔斗は心配性だね」
頬を突っつかれながら笑って言われるが、翔斗は真剣だ。
「そりゃ花鈴は可愛いから、一人にしてると心配になる。本当はずっと一緒にいてやりたかったけど、今は仕方がなかったからな」
真面目な顔をして花鈴に言うと、急に顔を赤くした花鈴がすごい勢いで昼食を食べ始めた。
「どうした、花鈴。もっとゆっくり食べた方がいいぞ」
「翔斗がいけないんだからね。急に不意打ちをするのはずるいっていつも言ってるでしょ!」
と言ってしばらく翔斗の方を向くことはなかったが、ピザはちゃんと食べたのだった。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま。次は本命の水着だな」
「そうなるね」
いよいよ今回の目的の水着を選びに向かう。
今度は水着専門店に移動して、花鈴はさっそく試着を開始する。
先ほどと同じように様々な水着を試着するが、案の定翔斗は全てを褒めてくるので決めるのことができない、と思いきや花鈴は翔斗の好みを理解したようだった。
「これはどう?」
花鈴が様々な水着の果てに着たものは、水色と白のお洒落な花柄のビキニだった。
「おー」
花鈴のスタイルは同級生の中でもかなり良いもので、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいて、めおにゃりどころに困るほどだ。
そんな花鈴が水着を着れば、そのスタイルは自然と強調されることになり、思わず見とれてしまうのも無理はなかった。
普段は服で隠れていて見えないところも今は見えているので、無意識にじっとみてしてしまっていた。
「そんなにみられるとさすがに、恥ずかしい」
恥ずかしそうに試着室のカーテンで体を隠しながらも、予想通り翔斗が気に入ってくれていたのは見ていれば分かったので嬉しそうでもあった。
「ごめん、可愛すぎて見惚れてた」
「よかった。じゃあこれにするね」
「あっまっ……なんでもない」
思わず翔斗は呼び止めてしまったが、何でもないと誤魔化す。
「いや、気になるよ。どうしたの? もしかして似合わなかった?」
「そうじゃない。すごく似合ってるんだけど……」
翔斗が呼び止めたことで花鈴は不安そうにするので、慌てて否定するが、正直な気持ちを伝えるのは少し恥ずかしかった。
だが、これ以上花鈴を不安にさせるわけにはいかないので、正直に打ち明けた。
「他の男に見せるのが、ちょっと嫌だ」
翔斗が俯いながら少し頬を赤くして言うと、花鈴は少し驚いた後嬉しそうに笑った。
「もう、しょうがないな。これを着る時は上に何か羽織ってあげるから気にしないで。じっくり見せるのは翔斗だけだから」
「悪い」
「全然いいよ。翔斗がやきもち焼いてくれて私も嬉しいから」
そう言って着替えた後、足取り軽く水着を買っていった。
その表情は今日一番に輝いていた。
その後目的は終わったので、ショッピングモール内を適当にぶらついて、アイスを食べたりした二人は、夕方になってきたので帰ることにした。
「よかった座れるね」
電車内は人が少ないので、二人は疲れた足を休ませるために座った。
今日は一日中歩いたので足が棒のようだったが、花鈴の喜ぶ顔がたくさん見れたので翔斗は満足だった。
「今日は楽しかったか?」
「うん。翔斗の好みもわかったし、次からは覚悟してね」
「お手柔らかにな」
手をつなぎながら、二人は電車に揺られながらゆっくりとした時間を過ごす。
今日は一日中移動し続けたので、こうしてゆっくりするのは昼食以来だった。
「翔斗は……」
「ん?」
呼ばれた翔斗は花鈴の方を向くと、花鈴は眠そうに舟をこいでいた。
「翔斗は楽しかった?」
「ああ、すっごく楽しかったぞ」
「よかった」
笑顔で花鈴に言うと、眠そうな顔をしながらも花鈴は笑ってそういうのだった。
すぐに花鈴呼吸音は寝息へと変わり、頭が翔斗の肩にもたれかかってきた。
「おやすみ花鈴」
翔斗はその頭を自分たちの駅に着くまで優しくなで続け、撫でられている花鈴はとても幸せそうに眠っていたのだった。
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