第20話 雨の日には膝枕を

 五時間目の授業が終わり、休み時間に窓の外で降り続けている雨を睨みながら翔斗は机に突っ伏していた。


 「あー頭いてぇ」


 今にも死にそうな声で、早く学校終われと思いながら呟いていた。


 「保健室行かなくて大丈夫か?」

 「ああ、いつものことだしこれくらいで授業をさぼるわけにはいかないからな」


 蓮に心配されるが、頭痛の原因は分かっていた。

 熱があるわけでもなく、単純に雨の日に起きやすい片頭痛だ。


 「鈴野さんはこのこと知ってるの?」


 後ろの席の透も心配してくるが、花鈴にはこのことをすでに伝えていた。


 「昔からだったから花鈴もこのことは知ってる」


 そのうえで、優しくする余裕がないからそっとしておいてほしいと言ってあった。

 この状態で会話をするのは辛く、イライラして花鈴に八つ当たりをしないための配慮だった。

 最初は渋っていたが、辛そうな翔斗を見て最後には頷いてくれた。

 いつもの様にべったりしながら話すことはしていないが、登下校はいつも通り行う予定だ。


 「薬は飲んだの?」

 「飲んだけど、あんま効果がない」

 「片頭痛もちは雨の日、本当辛そうだな」


 調子のいい日は頭痛が起こらないこともあるが、基本的には雨の日や気圧の影響などで頭痛が発生しやすい。

 常に締め付けられるような感覚に、ズキズキと痛むこの状態はいつまでたっても慣れることはない。

 眠れば多少ましにはなるのだが、ちょうどチャイムもなってしまい、今から寝ることはできない。


 「あんまし辛かったら、保健室行けよ」

 「わかった。心配してくれてありがとう」


 幸い授業もこれで最後なので、気合で乗り切ることにした。


 「あーーー終わったーー!」


 いつもより長く感じた学校が終わり、ようやく家に帰れる喜びで思わず叫びそうになっていた。


 「お疲れ翔斗、帰ろっか」


 帰りの支度が終わった花鈴もやってきたので、すぐに帰ることにする。


 「ねぇ翔斗」


 下駄箱で靴を履き替えて後はもう帰るだけになった時、花鈴が恥ずかしそうに名前を呼んだ。


 「どうした? 何か忘れものでもしたか?」

 「ううん、そうじゃないの。相合傘がしたいなぁって」

 「そんなことか、全然いいぞ」


 今日は一日頭痛のせいで、あまり花鈴にかまうことができなかったので、これくらいはして当然のことだ。

 早速翔斗の傘に花鈴を入れて、歩き始める。


 「少し狭いか?」

 「こういうのがいいんだよ。ほらもっとこっちよって、翔斗が濡れちゃうよ」


 二人でくっつきながらゆっくりと歩いていく。

 普段外ではここまでくっつかないのだが、濡れてしまうという大義名分のもと思う存分くっつきあう。

 相変わらず頭痛は収まらないが、今だけは和らいでいる気がした。


 「そうだ翔斗、この後どうする?」


 いつもならこの後どちらかの家で過ごすのだが、今日はあまり本調子ではないので残念だが家で過ごしたいと思っていた。


 「今日は特に頭痛もひどいし、家で寝ようと思ってるんだ。ごめんな」

 「いいの、翔斗が辛いんだからしょうがないよね」


 花鈴も残念そうにしながらも諦めてくれた。

 他の日に何か埋め合わせをしようと考えるが、それよりも先に花鈴がある提案をしてきた。


 「寝るんだったらさ、せっかくなら家で寝ない?」

 「花鈴の家で?」

 「そう」


 確かに寝るだけならどこでもいいのだが、花鈴はそれでいいのか不安になった。

 仮に花鈴の家で寝たとしたら、その間花鈴は暇になるはずだ。

 それで寂しい思いをさせるのは翔斗の本意ではない。


 「花鈴はそれでいいのか?」

 

 翔斗は花鈴と一緒に入れるのなら問題ないが、念のため再確認をする。


 「全然いいよ。今日はあんまり翔斗といれなかったから、私としてはその方が嬉しいな」


 笑顔でそのように言われたら、翔斗は断ることはできなかった。


 「分かった。お邪魔することにするよ」

 「翔斗なら全然邪魔じゃないよ。むしろウェルカムだよ」


 今日一番の笑顔で喜びながら、傘を持つ翔斗の手を包み込む。

 ここまで喜んでもらえたのなら、誘いに乗ってよかったと思うのだった。


 「ほら、早く行こ」

 「ちょっと待て、傘から出ると濡れるぞ」


 翔斗の手を引っ張りながら、早足で花鈴は進むので、翔斗もあわてて歩く速度を速めて花鈴を濡れないようにするのだった。


 「お邪魔しまーす」

 「今日は本当に愛華は部活でいないから、二人きりだよ」


 花鈴の両親は今この家には住んでいない。

 父親が出張で別の県に行く際に、一人ではほとんど家事ができない父親を心配した母親がついて行ったのだ。

 花鈴と愛華も自分のことはできる年齢になっていたうえに、花鈴たちも父親が一人でいる方が心配ということで、母親を送り出した。

 一見寂しそうに思えるが、二人は親のいない生活を満喫しているようだった。


 「花鈴が家のことをしてるんだよな」

 「そうだよ。愛華は部活で忙しいし、帰ってきたら疲れて動けないからね。最初は大変だったけど今はもう慣れたよ」

 「すごいな花鈴は。お疲れ様」


 ねぎらいの言葉と共に、花鈴の頭をなでる。

 花鈴のサラサラな長い髪は沢心地が良く癖になり、翔斗は何度も撫でる。


 「ありがとう。でも、今日は私が撫でる番だからね、早く部屋に行くよ」

 「分かったから引っ張るな」


 靴を少し乱雑になりながら脱いで、花鈴に引っ張られながら部屋に向かう。


 「はい、じゃあ横になって」


 部屋に入るなり正座をした花鈴が、膝を叩きながら催促をしてきた。

 その姿勢は考えるまでもなく、膝枕をする体勢だった。


 「分かりましたよ」


 翔斗も特に断る理由がなかったので、おとなしく膝の上に頭をのせる。


 「膝枕をするのはあの時以来だね」

 「そうだな。懐かしいな。あの頃はまだ俺たち付き合ってなかったんだよな」

 「私が翔斗をメロメロにさせようと頑張ってた頃だね」

 「今ではすっかり花鈴にメロメロだよ」


 口に出すのは恥ずかしかったが、事実なのではっきりと伝える。


 「今の翔斗はそういうことをさらっと言えるからずるいよ。私ばっかりドキドキさせられてる」

 「そうか?」


 翔斗にしてみれば、花鈴こそよくくっついてくるのでドキドキさせられているが、あまり表情を出さないのでわかりづらいのだろう。


 「だから、今日は思う存分照れさせてあげる」


 そう宣言するなり、翔斗の頭をなで始めた。

 普段は翔斗が撫でている側なので、いざ撫でられる側になると少しこそばゆかったが、嫌ではなかった。


 「気持ちいな」

 「でしょ。あっそういえば」

 「どうした?」


 突然何かひらめいた花鈴は、いたずらっ子のような顔をして翔斗を見つめてくる。

 何かされるのかと身構えたが、花鈴の口から出てきた言葉は想像をはるかに超えるもので翔斗を悶えさせた。


 「前も膝枕したでしょ」

 「そうだな」

 「その時私も寝ちゃってたのは覚えてる」

 「ああ、反対に俺が膝枕したな」


あの時のことは翔斗もよく覚えていたが、花鈴が何を言いたいのかは分からないかった。


「実はね、途中で起きてたんだ」

「そうだったの……か……えっ? ちょっと待て、起きてた? いつから?」

「翔斗落ち着いて」


翔斗はパニックになっていた。

あの時翔斗は花鈴が寝ていると思って、心の内を吐露していたので、聞かれていたとしたらかなり恥ずかしい。

まだ聞かれたと確定した訳では無いので一旦深呼吸をして、落ち着いてから確認をする。


「起きた時俺は何か言っていたか?」

「えっとね、好きだって言ってるのが聞こえたよ」

「〜〜〜〜〜〜!!!!」


その瞬間、声にならない叫びが翔斗の口から出た。


「寝てると思ったのに、聞かれてるとは……あーもう俺は寝るからな!」

「ごめんごめん、もうからかわないから」


そう言って不貞腐れた翔斗を優しく撫でて、耳元で囁く。


「私も好きだよ」

「俺も好きだ」


そう言って翔斗は目をつぶり、本格的に眠ることにした。


「お休み翔斗」


花鈴のその言葉と共におでこに何か温かく柔らかいものが触れた。

翔斗は優しく撫でる手を感じながら、夢の世界へと沈んでいった。


どれだけの時間が経ったのだろうか、頬をいじられ何か呟く声で翔斗は目を覚ました。

先程恥ずかしい思いをしたので、今度はこっちの番だと思い耳を澄ますと……


「あーもう、翔斗はかっこいいなー。寝顔もカッコイイとか反則でしょ」


とひたすらに翔斗を褒める言葉が聞こえてきた。


「ほっぺもこんなに柔らかいし、他の子にこんな姿見せちゃダメだからね。分かってるのかー?」


恥ずかしい思いをさせるつもりが、褒め殺しをくらい逆に翔斗の方が恥ずかしくなっていた。

少ししたら起きるつもりが、顔を弄られながら褒められ続けたら起きるに起きれなかった。

諦めて花鈴の行動を受け入れて数分が経ったのだが、一向に終わる気配がなく翔斗の限界が近づいてきた時、顔を弄る手が止まった。


「もう満足したからいいよ。翔斗、起きてるんでしょ」

「気づいてたのか」

「途中から表情が少し変化してたからね。翔斗の表情なら些細な変化でも見逃さない自信があるよ」


さすが翔斗の幼馴染と言うべきだろう。

以前の翔斗は花鈴が起きていることに気づかなかったが、花鈴はあっさり看破した。


「じゃあ途中からわざと俺の事を褒めてたのか?」

「違うよ。褒めてたのは起きる前からだよ」

「そうか……」

「あれ? 翔斗もしかして照れてる?」


顔が熱くなるほど照れていたが、翔斗は意地を張った。


「いや、別に、照れてないし」

「ふふっ、バレバレだよ。耳まで真っ赤だよ」

「うるせぇ」


翔斗はこれ以上何も言わせないために起き上がり、花鈴の口を自分の唇で塞ぐのだった。


「しょうと……」

「照れてる花鈴も可愛いぞ」

「もういきなりなんだから」

「花鈴だって俺が寝てる時にやってたろ」

「えっ? 起きてたの?」


試しにカマをかけてみたら本当にやっていたようだった。


「いや、冗談のつもりだったんだけど、そうか……やってたのか」

「待っていまのなし! 何もしてないよ!」


慌てて今の発言を無かったことにしようとするが、残念ながら翔斗はちゃんと聞こえていた。


「お互いやることは同じだな」

「えっ? 同じって……キスしてたの?」

「さぁ、どうかな?」


前回キスまではしていなかったが、慌てる花鈴が可愛かったので黙っておく。


「頭痛も治ったし、そろそろ帰るよ。また明日な」

「ねぇ待って? どうなの? 翔斗ーー!!」


花鈴の叫び声を聞きながら翔斗は自分の家に帰るのだった。

雨のせいで最悪な一日になるかと思っていたが、花鈴のおかげで楽しい一日になったのだった。

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