第19話 変わらない二人

 数日ぶりに何とか一緒に帰ることができたのだが、家に帰る道中会話はあったが、花鈴の様子はおかしかった。


 「じゃあ、またね」

 「ちょっとまってくれ花鈴」


 花鈴の家へたどり着き、中に入ろうとするのを翔斗は呼びかけて止める。


 「なっなに?」


 翔斗が呼びかけると、ビクッと肩を震わせて花鈴は返事をした。

 その様子はあまりにもおかしく、何かあるのは間違いなかった。


 「最近様子が変だけど、何かあったか?」

 「いや、何もないよ」


 翔斗を心配させないように言っているのかわからないが、その言葉は明らかに嘘だと分かる。

 何よりも


 「じゃあ、目を見て言ってくれ」


 ここ最近の花鈴は目をあわせてくれなかった。

 そのうえ、恋人同士の行為もしようとすると、逃げられてしまうので、翔斗はとても落ちこんでいた。

 ここ数日花鈴とはまともに会話をしていないので、翔斗のメンタルはすでにボロボロだった。


 「俺が悪いならそれを言ってくれ。言ってくれないと……治しようがない」

 「違うの! 翔斗は悪くないの。ただ、私の問題なわけで……」


 花鈴は言いたくないようだが、翔斗はここで折れるわけにはいかなかった。

 花鈴は自分のことは我慢してしまう性格なので、こちらから聞き出してあげないといずれため込んでいたものが爆発してしまう。

 それに、困っていることを例え解決できないとしても、誰かに話すことで少しは楽になることもある。

 だから、今日こそは逃げさせずに聞き出さなければならなかった。


 「花鈴、話したくない気持ちはわかる。誰にだってそういうことはあるからな。もちろん俺もなかなか言えないことはある。でもさ、俺たちは恋人だろ」

 「翔斗……」


 ただの友達ならば、そこまで踏み込むのは度が過ぎている場合があるが、翔斗たちは恋人なのだ。


 「それでも言いたくないなら俺は待つ。しばらく一緒に居たくないと言われても、俺も我慢する。でも、誰かに触れたい、話したいという気持ちになった時、手を伸ばしてくれ。俺は必ずその手をつかむからさ」


 当然花鈴が心配というのが一番の理由だが、翔斗自身これ以上花鈴に避けられるのがつらかった。

 このような状況になることでよくわかった。

 自分は本当に花鈴のことが好きなんだと。

 避けられれば辛く悲しい。悩んでいるのなら解決してあげたい。


 「うん、わかった」


 その気持ちが伝わったのか、花鈴も重い口を開いた。


 「ほんっとうにごめん!」


 そして花鈴の口から出てきたのは謝罪の言葉だった。

 なぜ謝られるのか翔斗にはわからなかったので、とりあえず花鈴の話を聞くことにした。


 「どういうこと?」

 「えっとね、翔斗が考えてるような重い悩みじゃないの」

 「そうなのか?}

 「うん。だから、翔斗にそんなに心配させるつもりはなかったんだ。ごめんね」


 深刻な悩みと考えていた翔斗は違うと分かり、安堵して息を吐く。


 「よかったー。俺が力になれないような悩みだったらどうしようかと思ってたんだよ。それで、その悩みって何だったの?」

 「うっ……言わなきゃダメ?」


 恥ずかしそうにもじもじしながら聞かれる翔斗だが、ここまできたなら聞かないわけにはいかない。

 さすがに数日避けられたのだから、その理由は知っておきたい。


 「できれば聞きたいかな?」

 「ううーー分かった」


 花鈴は少し悩んでいたようだが、話す決心がついたようだ。


 「絶対に笑わないでよね」

 「ああ、努力する」


 なるべく笑わないようにはするが、絶対の保証はできないので、守れない約束はしない。

 そんな前置きをするのだから、むしろどんな悩みなのかがぜん興味が湧いてきた。


 「翔斗が起こしに来てくれた日のこと覚えてる?」

 「ん? 覚えてるけどそれが?」


 悩みの内容を話されるかと思いきや、別のことが話題に出てくる。


 「それで私寝ぼけてたじゃん」

 「そうだな」


 あの日の花鈴は前日に夜更かしをしていたらしく、十分な睡眠が足りていなかったせいか、頭が全く働いていなかった。

 そのおかげでかわいい姿を見られたのだから、翔斗にとってはいい思い出だ。


 「それがどうかしたか?」

 「あの日の私色々言ってたみたいでさ……」


 花鈴は寝ぼけていた時の記憶はないと言っていたが、この言い方をしている時点で一つの可能性に翔斗は気づいた。


 「もしかして、思い出した?」

 「うん」


 翔斗が尋ねると、ただでさえ赤かった顔がさらに真っ赤になりながらゆっくりと頷いた。

 花鈴の全身から恥ずかしいという雰囲気が滲みだしていて、今にも逃げ出したそうだったがそれでも必死に話す。

 それが心配させた責任だというように。


 「それと翔斗と夫婦になった時の想像したら、恥ずかしくなっちゃったんだ。そのせいで翔斗のことをまっすぐ見られなくなって……」

 「それで、避けてたと」

 「うん……ごめんなさい」


 ようやく花鈴が何を考えていたかわかりすっきりする翔斗だが、反対に花鈴は避けていた罪悪感か、浮かない顔をしている。

 だから翔斗は――笑った。


 「はっはははは。そんな理由で避けてたのか」

 「あっ、翔斗笑ったな! 笑わないって言ったじゃん」

 「言ってないぞ。努力するって言っただけだ。にしても、恥ずかしくて顔をあわせられなくなるとか、どんだけ恥ずかしかったんだよ」

 「もうっしょうがないでしょ! 寝不足で頭が働いていない時に、あんな恥ずかしいことを言ってたのを後から思い出したら!」


 翔斗に笑われたことで、俯いていた顔をあげて文句を言い始める花鈴。

 その様子はいつもの二人に戻っていた。


 「そもそもなんで寝不足だったんだ?」

 「そっそれは……」


 翔斗がふと気になって質問をすると、さっきまでの勢いが消えて花鈴の声は小さくなった。


 「それは?」

 「うー翔斗にキスされたことが忘れられなかったの!」

 「えっ?」

 「だから、翔斗にキスされた時のことを思い出しちゃって眠れなかったの!」


 花鈴は吹っ切れたのか大声で理由を話した。

 そしてそのまま顔を翔斗へ近づけて、キスをした。


 「んっ?!」


 突然のことで思わず固まる翔斗だが、花鈴はそんなことお構いなしに翔斗のことを抱きしめてキスを続ける。

 今までの優しいキスとは違う乱暴なキスをされ、翔斗は思わず放心してしまう。


 「花鈴?」

 「ふー満足した。これが忘れられなかったの」


 ようやく離れた花鈴の表情は先ほどとは一変して、晴れやかだった。


 「嫌だった?」

 「まさか、俺も久しぶりに花鈴とキスできて嬉しいよ」

 「よかった」


 翔斗にも受け入れられもう一度キスをしようと近づいてくる花鈴だが、翔斗に肩をつかまれて止められる。


 「だけど、いったん待とうか」

 「何?」


 怒られる前の子供のような顔をする花鈴を見て、翔斗は強く抱きしめる。

 

 「何もなくてよかった」

 

 翔斗は不安だったのだ。

 何もできなかったらどうしよう。迷惑になったらどうしよう。嫌われたらどうしよう。

 ここ最近はこのようなことばかり考えていた。

 だがそれが杞憂に終わり、安堵して花鈴を抱きしめたくなっていた。

 今まで触れあえなかった分も含めて。


 「ありがとう翔斗。私のことをそんなに好きでいてくれて」

 「当たり前だろ。好きじゃなきゃ、恋人になってない」

 「うん。そうだね」


 しばらく抱きしめ合った後、翔斗は一つの提案をする。


 「そうだ花鈴、二つ約束をしてくれ」

 「約束?」

 「ああ、もし悩み事があったらお互いに言うこと」


 またこのようなことが起こらないようにお互いにとって大切な約束をする。

 

 「分かった。必ず言うよ」

 「俺も何かあったら花鈴に相談する。だから……もう避けないでくれ。花鈴に避けられるとかなりへこむ」


 翔斗にとっては後者の方が重要だった。

 花鈴のためでもあるし、翔斗のメンタル維持のためでもある。


 「そんなに寂しかったの? 翔斗のことだからそこまで気にしないと思ってたんだけど」

 「ああ、前の俺ならここまで落ち込まなかったんだけど、今の俺は花鈴との幸せな生活を知ったからな。もう、花鈴のいない生活が考えられなくなっているんだ」


 正直に心の内を打ち明ける。

 花鈴と付き合って変化したのはこの部分だろう。

 一人が寂しく感じるようになったのだ。

 たった一日、朝から花鈴に会えないだけで寂しくなる。

 花鈴のためなどと言っておきながら、本当は自分が寂しかったから会いに行っただけなのだ。


 「ごめんね翔斗。まさか、そこまで落ち込んでるとは思わなかったよ。でも嬉しいな。翔斗にとって私が、そんなにも大きな存在になってるなんて」

 「だから、これからはずっとそばにいてくれ」


 思わずプロポーズのような言葉を口にしてしまうが、取り消すことはしない。

 翔斗の本心ということに変わりはないから。


 「はい。私こそこれからもずっと一緒に居させてください」


 こうして無事二人は元の生活に戻り、これまで以上に仲良くなったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る