第18話 異変
「そういえばなんで今日は起こそうと思ったの?」
リビングで花鈴の作った朝ご飯を食べていると、ふと疑問に思ったらしい花鈴に質問をされた。
「そういや言ってなかったな」
色々あって言うのが遅くなっていたので、説明しようかしたが少し照れ臭かった。
だが、花鈴にじっと見つめられて根負けした翔斗は話した。
「今日は六時ごろに起きたんだ」
「翔斗にしては早いね」
「昨日はすぐに寝たからな」
昨日のことを思い出しながら答えると、なぜか花鈴は顔を赤くしてい
た。
気になったが、今は説明するのが先だと思い話を続ける。
「それで起きた時には当然だけど花鈴がいなかったんだ」
「いつも七時に起こしに行くから、そりゃいないだろうね」
「ああ、それでふと思ったんだ。寂しいって」
当たり前のように毎日花鈴に起こされることが日常となっていたので、たまたま一人で起きただけで物足りなさを感じてしまうようになっていた。
「それで、俺は花鈴に寂しい思いをさせているんじゃないかって思ったんだ。それで今日くらいは起こしてみようと思った」
「ありがとう翔斗」
翔斗の気持ちが伝わったのか、花鈴は笑顔でお礼を言う。
「いいよ、お礼なんて」
「なんで? お礼を言うのは普通でしょ」
確かにお礼を言うのは普通だが、翔斗はすでに言葉よりも大切なものをもらっていた。
翔斗は花鈴の笑顔が好きで、いつも笑っていて欲しいと思っている。
だから今笑顔でいてくれるのならば、それが一番のお礼なのだ。
本人はさすがに恥ずかしくて口にしないが。
「いつも花鈴からはたくさんの物をもらってるからな。今回は少し返しただけだ」
「うーん分かった。翔斗がそれでいいならいいけど、私も翔斗にはたくさんもらってるから、自分だけだと思わないでね」
「そうだな。いつも起こしてくれてありがとう。俺を寂しくさせないでくれてありがとう」
今なら照れずにいえると思い、日ごろのお礼を次々と口にしていく。
「ちょっちょっと待って。もう、一度に言いすぎ!」
「悪い。今が言うタイミングかと思って」
「もう少し小分けにして。私が耐えられないから」
「そういうものか?」
「そういうものなの!」
顔を赤くしながら言われれば従うほかないので、渋々頷く。
「分かった」
「でも、そういわれると嬉しいね」
「嬉しい?」
「うん。こういう日常のことでお礼を言われるとさ、私が翔斗の生活の一部になってるみたいでさ。それに、毎朝起こしてあげるのとかって夫婦みたいだよね」
「夫婦か……」
言われてみれば朝起こしてもらう関係は、夫婦くらいなものだろう。
翔斗と花鈴はたまたま家が近かったからできているだけで、普通の恋人は朝起こしに来るなんてことはしないだろう。
そう言われれば、夫婦といってもおかしくないな。
「そうだな、俺も嬉しい」
夫婦になった時を想像すると、思わず笑みがこぼれてきて気づけば口にしていた。
まだ翔斗たちは高校生で本当の夫婦になるのは、しばらく先だが幸せなことは容易に想像がつく。
「花鈴は世話好きだからいいお母さんになるだろうな」
「お母さん!」
想像の感想をうっかり口にしてしまっていた。
「悪い、ちょっと頭の中が口に出てた。気にしないでくれ」
というがすでにばっちり聞かれた後だったので、意味はなかった。
「お母さん……子供……」
翔斗の言葉を聞いてから花鈴も妄想の世界へ行ったのか、何か呟きながら顔を湯気が出そうなくらい赤くしていた。
「あっそろそろ学校に行かないと」
妄想の世界から帰ってきたと思ったら突然そう言いだし、急いで朝食を食べ終えた。
「ほら翔斗も早く」
「わ、わかった」
まだ時間に余裕はあるはずなので、不思議に思いながらも急いで食べる。
「洗い物は?」
「帰ったらやるから、水につけといて」
朝食は花鈴に作ってもらったので、洗うことぐらいはしようと思った翔斗だが、急いでいる花鈴に後でいいと言われる。
「分かった」
学校から帰ったらやろうと思いながら、花鈴と一緒に家を出て学校へ向かおうとする。
いつもの様に手をつなごうとしたのだが、つかもうとした翔斗の手は空をつかむことになった。
「ごめん、やること思い出したから先に行くね」
つかもうとした花鈴がそう言って小走りに学校へ向かってしまったからだ。
「花鈴?」
一緒に行くと言おうとしたが、返事をする前に花鈴はさっさと行ってしまい、翔斗は一人残されてしまった。
「急にどうしたんだ?」
一人で学校へ向かいながら突然の花鈴の変化について考える。
「何か気に障ることでもしたか?」
自問自答するが、これといった原因は思いつかない。
一人で通学路を歩くのは寂しいが、プライベートな用事だった場合、首をつっこむわけにはいかないので諦めて一人で歩く。
学校ならいつでも話すタイミングはあると思い気を取り直す。
だが――そうはならなかった。
「花鈴ちょっといいか?」
「ごめんちょっとお手洗いに行ってくる」
「花鈴一緒に昼食を食べよう」
「ごめん先生に呼ばれてて」
その日は一日花鈴から避けられてしまうのだった。
「なあ蓮、透。俺って避けられてると思うか?」
一緒に帰ろうと花鈴に言ったのだが、やはり用事があると断られてしまった翔斗は、久しぶりに友人二人と帰っていた。
「うん、間違いなく避けられてるね」
「聞いたのは俺だけどバッサリと言うな」
躊躇なく断言され、思わず苦笑する。
「なんかやらかしたのか?」
「別に何かした覚えはないんだよな。朝も普通だったし」
「心当たりもないのか?」
「全く」
少しの間だけ花鈴と話せないだけで翔斗はものすごく落ち込んでいた。
「翔斗に原因がないなら、向こうの問題だよ。だから元気出して」
翔斗の酷い落ち込みように二人も精いっぱい励ます。
「そうだといいな」
「久しぶりにどっか遊びに行くか?」
気分を変えようと考えた蓮に提案されるが、今の翔斗にどこかに遊びに行くような元気はなかった。
「悪い、今日はこのまま帰るよ」
「そうか」
「気を付けてね」
二人は電車通学なので途中で別れて、一人で歩く。
花鈴といるときは少しでも長く歩いていたいと思った道が、今はで少しでも早く家に帰りたいと思いながら歩くのだった。
その日の夜、花鈴からしばらく忙しいから朝起こしに行けないと花鈴からメッセージか届いて、気分がどん底になるのであった。
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