第17話 目覚めるとそこには私の彼氏がいました

 「今日は色々あったな」


 寝転がりながら今日あった出来事を翔斗は思い出していた。

 特に運動したわけではないが、精神的に疲れていたのでいつもより早く眠ることにしてベッドへ移動していた。


 「少し疲れけど、花鈴が元気になったからよかった」


 今日一日で彼女との初デートに、初めてのキス。

 久しぶりに愛華と会い、話せたこともあり濃厚な一日だった。

 それだけのことを体験した翔斗は、想像していたよりも疲弊していたようで、すでに目を閉じかけていた。


 「明日はどうやって花鈴を喜ばせようかな」


 花鈴の笑う姿を思い浮かべながら、翔斗は眠りについた。

 翔斗がすぐに眠っていた一方、花鈴は


 「ああああああどうしよう! 翔斗とキスしちゃったー!!!!!」


 ベッドでごろごろ転がりながら、キスしたことを思い出しては悶えていた。


 「お姉ちゃんうるさい!」


 花鈴の悶える声が大きかったようで、隣の部屋の愛華から壁を叩く音と共に苦情の声が来てしまった。


 「ごめんね愛華。そうだよね、もう夜だから静かにしないとね」


 愛華の声で一旦落ち着きを取り戻した花鈴だったが、すぐにキスシーンが脳内にフラッシュバックし、再び興奮してしまうのだった。

 だが今度はあまりうるさくならないように、翔斗からもらったクッションを顔に押し当てていた。


 「今日は楽しかったな。彼女にならないとできなかったことがたくさんできたし、最後にはキスもだってしてもらえちゃった」


 今まで感じたことのないほどの大きな喜びが、体の中から溢れそうになっていた。

 告白をされた時も嬉しかったが、やはりキスは特別なもので言葉だけでは表せない幸福感があった。

 自分は翔斗の彼女で、恋人なんだという実感がようやく湧いた。

 今までもちゃんと翔斗の彼女で、優しくしてもらっているのは理解していたが、やはり実際に行動で示されると不安が優しく溶かされた。


 「あーもうっ! 翔斗好き! 大好き!」


 その結果、翔斗への愛を叫んで気持ちを抑えることしかできなくなっていた。

 疲れて眠った翔斗とは反対に、元気が有り余り眠れなくなっていた。

 花鈴は早起きをして翔斗を起こしに行かなければならないので、もう眠らなくてはいけない時間なのだが、一向に眠気が来る気配はなかった。


 「またキスしたいな。早く翔斗に会いたいな!」


 翔斗への気持ちは収まることはなく、花鈴が眠るのは大分後になったのだった。




 「んー、今何時だ?」


 大きく伸びをしながら体を起こして枕元の時計を見ると、普段起きる時間よりも一時間早い六時だった。

 昨日は普段よりもかなり早く寝ていたので、いつもより早く目覚めたのだろう。


 「いつもは花鈴が元気よく起こしてくれるから、自分で起きるのは久しぶりだな」


 目覚ましにも、花鈴にも頼らずに起きたので不思議な気分になるが、それは物足りなさだと気づいた。

 翔斗の一日は花鈴に告白をされてからは、花鈴に朝起こされることから始まるので、目覚めた時に花鈴がいないと寂しさを感じていた。


 「花鈴がいないとだめになってるな。そうだ、たまには俺が花鈴を起こすか」


 そう思い立つと急いで服を着替え、身だしなみを整えて、昨日連絡先を交換した愛華へメッセージを送る。

 愛華は部活で朝練があるので、この時間にはすでに起きていると思い、花鈴が起きているかどうか質問をすると、すぐに返信が来た。


 『今確認したけど、お姉ちゃんはまだぐっすり寝てるよ。昨日夜遅くまで起きてたみたいだから、しばらく寝てると思うよ』


 変身を読むと、どうやら翔斗が早く目覚めたのは無駄にならずに済みそうだった。


 「急いで花鈴の家に行くか」


 家に入るには愛華に開けてもらわなければならないので、訪ねてもいいか確認をする。


 「花鈴を起こしてあげたいんだけど、今から家に行ってもいいか?」

 『いいよー。だけど、もうすぐ朝練に行くから早めに来てね』

 「ありがとう。もう今行く」


 愛華へ返信をするとすぐに、荷物を持って部屋を出る。


 「もう行くの?」

 「ああ、今日はちょっと用事があるんだ。行ってきます」

 「行ってらっしゃい」


 母親に不思議がられるが、時間が惜しかったので説明をそこそこにして家を出る。

 走って花鈴の家に向かい、呼び鈴を鳴らすとすぐにドアが開いて、愛華が顔を出した。


 「おはよう翔斗お兄ちゃん」

 「おはよう愛華。今日は急な連絡にもかかわらずありがとう」


 あいさつをして、朝忙しいにもかかわらず翔斗の頼みを聞いてくれた愛華へお礼を言う。


 「これぐらいの頼みだったらいつでも聞いてあげるよ。お姉ちゃんも喜びそうだしね。あっでも、私もう学校に行かないといけないから、起こすのは手伝えないよ」

 「いや、家に入れてくれただけでありがたい。後は俺がやるよ。部活頑張れよ」

 「うん分かった。行ってくるね」

 「行ってらっしゃい」


 どうやら時間が迫っていたようで、駆け足で学校へ向かっていった。

 愛華へ改めて感謝しながら、花鈴の部屋へ向かい、いざ扉の目の前に立つとどう起こすか迷ってしまった。

 

 「うーん。どうしようかな」


 勢いよくドアを開けて大声で起こすか、優しく体をゆすって起こすか、色々考えるが決まらなかった。


 「とりあえず中に入るか。お邪魔しまーす」


 静かに扉を開けて部屋に入り、花鈴が寝ているかどうか確認をすると、花鈴は静かに規則正しい寝息をたてて眠っていた。

 普段とは違う、その無防備な表情を見て翔斗は自分の鼓動が早くなるのを自覚した。

 普段の花鈴は周囲や翔斗に気を遣い、様々なことを考えながら行動しているのでこのように無防備なあどけない少女のような表情を見せることはほとんどない。

 普段の花鈴もかわいいと思っているが、静かに眠っている花鈴は少し幼い雰囲気で思わず見惚れてしまった。


 「しょうと?」


 近くで見つめていたからか、翔斗の気配で花鈴が目をゆっくりと開いた。


 「おはよう花鈴」


 起きてしまったものは仕方がないと切り替えて、目覚めた花鈴へ微笑みかける。

 まだ寝ぼけているのか、花鈴は翔斗をじっと見つめていた。


 「しょうと?」

 「そうだよ」

 「なんでここにいるの? とまったの?」

 「違うよ。起こしに来たんだよ」


 心なしか精神年齢が下がっているような気もするが、気にせず話を続ける。


 「ほんもの?」

 「本物だよ。っていうか偽物の俺がいるのか?」

 「ほんもののしょうとならわたしをぎゅっとだきしめなさい!」


 体を起こして翔斗に命令する花鈴。

 その姿は寝ている時にずれてのか、服が少しはだけていた。

 思わず見ないように目を背けると、その反応を快く思わなかった花鈴が怒る。


 「なんでこっちみないの!」

 「あの、花鈴。服がはだけてる」

 「そんなのいまはかんけいないでしょ! はやくわたしをだきしめなさい!」


 花鈴まだ夢だと思っているなと考えながら、言われた通りに抱きしめる。


 「えっちょっ花鈴?!」


 思わず変な声を出してしまう翔斗だが、それも仕方がない。

 なぜならいつもと抱きしめた時の花鈴の胸の感触が違ったのだ。

 端的に言うのなら柔らかかった。


 「花鈴もしかして……」


 慌てて体を離して花鈴を見ると、はだけて見えている肩にはあるはずのものが存在していなかった。


 「むぅ。なんでやめるの? もしかしてわたしのことがきらいなの?」


 慌てて体を離したのがいけなかったのか、花鈴が今にも泣きそうになっていた。


 「ごめん花鈴のことが嫌いになったわけじゃないんだ。ただ、ちょっと今抱きしめるのは色々あって難しいんだ」


 翔斗も年頃の男子なので、これほどまでに無防備な姿を見せられると、自分を抑えるのが難しくなる。

 だから精いっぱい花鈴を傷つけないように説明するが、寝ぼけている花鈴には分からなかったようだ。


 「じゃあ、キスして」

 「えっ?」

 「きこえなかったの? だきしめるのがいやならわたしにキスしなさい」


 泣くのをこらえながら花鈴は命令してくる。

 寝ぼけている花鈴に勝手にキスするのは少し罪悪感があるが、今の花鈴を抱きしめるよりはましだと思い顔を近づけていく。

 そして、昨日のように優しく、気持ちを重ねるように口づけをする。

 数秒後に重ねた唇を離して花鈴を見ると、みるみるうちに顔が真っ赤に染まっていった。


 「ななななななんで? 翔斗がここにいるの?」


 その動揺はすさまじく、ろれつが回っていなかった。

 どう説明しようか迷ったがその前に、指摘をする。


 「色々はだけてるから隠してくれるとありがたいです」

 「えっ?」


 翔斗に向けていた視線を自分の身体に向けると、ようやく自分がどのような姿でいるか理解して、慌てて毛布の中に潜る。

 そして顔だけ毛布から出して、懇願する。


 「五分時間をください」

 「分かった」


 翔斗としてもその提案はありがたく、ほてった顔を冷ます時間が欲しかった。

 そして翔斗が部屋から出て行った後、花鈴はまたも悶えていた。


 「びっくりした! 起きた目の前に翔斗がいて、しかもキスしてくれるなんて夢かと思った」


 花鈴は寝ぼけていた時の行動を一切覚えておらず、目覚めたらキスされたと思っていた。


 「家にいるってことは愛華が入れたってことだよね。愛華……ありがとう」


 花鈴は翔斗に突然キスされたことは嫌ではなく、むしろ喜んでいた。

 翔斗にとってはお願いからしたものだが、花鈴からしてみれば目覚めのキスをされたようなものだった。

 それこそおとぎ話のようなものだった。


 「とにかく急いで着替えなきゃ。翔斗も待たせてるし」


 幸せすぎて脳がとろけてしまいそうだったが、すぐに学校に行く準備をしなければならないので頭を切り替えて準備に取り組む。

 だが、口角はあがったままで、嬉しい気持ちは切り替えることができなかった。

 だがその気持ちは翔斗も同じようで、自分の行った行動を振り返っては照れていた。


 「思い返せば、めちゃくちゃ恥ずかしいことしたな」


 朝から抱きしめたり、キスをしたりと思い出すだけで恥ずかしかった。

 昨日はデートなうえ、そういう雰囲気だったのでできたが、今は寝ぼけている相手でそう言った雰囲気でもないのしてしまったので、恥ずかしさが今になってこみあげてきたいた。


 「やわらかかったな」


 抱きしめた時の感触を思い出して、また顔が赤くなってしまう。

 最初は普段花鈴がやっているように元気に起こそうと思っていたが、可愛い寝顔を前に屈してしまった。

 そのことを後悔するが、可愛いものが見られたから良しとするのだった。

 数分後花鈴が部屋から出てきた、自分が寝ぼけていなかったかと聞かれたが、あの時のことは一言も話さず、翔斗の胸の内に秘めるのだった。

 

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