第14話 未練

 夢を見た。

 あの時と同じ様で少し違う夢を。


 「ずっと前から好きでした。俺と付き合ってください!」


 自分の意思に関係なく口が動き、気づけば告白の言葉を紡いでいた。

 自分の体なのに、自分ではないようなそんな不思議な感覚の中返事が来た。


 「はい、喜んで」


 玲奈の見惚れるような笑顔で、嬉しいはずの言葉が帰ってきた。

 喜ぶべきなのに、なぜだが何かを忘れているような気がした。


 「どうしたの? 具合でも悪いの?」


 心配して声をかけられる。

 それもそうだろう、告白をした方が喜ばずに、ボーッとしていたら不思議にも思う。

 だが翔斗は、何かがずっと引っかかっていた。


 「ごめん、嬉しいはずなんだけど……何かを忘れている気がしてさ」

 「そうですか、でも大丈夫ですよ。今は私がいますから、なんの心配もありません」


 そうだ、そのはずだ。

 告白が成功したのだ。

 何も憂う必要は無い。

 望んでいた幸せだ。

 そう思うことで違和感を押さえ込み、無理やり納得しようとした時、声が聞こえた。


 「辛かったね」


 一番辛かった時に、一番言って欲しかった言葉、それを言ってくれた誰かの声が聞こえた。


 「大丈夫ですか?」


 恐らく酷い顔をしているはずの翔斗を心配して近づいてくる。


 「私は翔斗のことが好きなの!」


 初めて言って貰えた、自分が肯定されたような気分になった、そんな言葉をかけてくれた人が思い浮かんだ。


 「思い出した」


 思い出してしまえばもうここにいることは出来ない。


 「行くのですか?」

 「ああ、長居は出来ない」


 有り得たかもしれない、幸せな世界。

 未練がないと言えば嘘になるが、今はそれ以上に大切なものがある。


 「花鈴が待ってるからな」


 真っ直ぐ目を見て言うと、玲奈は微笑んだ。


 「頑張って」

 「頑張る」


 そう言うと世界が歪んでいき、玲奈はいつの間にか消えていた。

 そして翔斗は目を覚ました。


 「夢……か」


 視界に入るのは見慣れた自分の部屋。

 枕元の時計を見ればまだ七時になっておらず、花鈴が起こしに来るまで少し時間があった。


 「不思議な夢だったな」


 目が覚めても夢のことをまだ詳細に思い出すことが出来た。

 なぜこの夢を見たのかは何となく想像ができた。


 「未練を断ち切るためだろうな」


 心のどこかで思っていた、有り得たかもしれない世界。

 それを自分で否定することで、完全に未練を断ち切らせた。

 そのための夢だったのだろう。


 「これで綺麗さっぱり忘れられたな。そろそろ花鈴が来るし、準備して驚かせるか」


 夢のことを頭の隅に追いやり、いつも起こしてくれる花鈴のことを考える。

 いつも七時にならないと翔斗は目覚めないので、起きて着替えていたら驚くだろう。

 それに、起きていたらいつもより少し話す時間も増える。


 「あまり時間もないし、早く着替えるか」


 今こうしてる間にも花鈴が部屋に来てしまうので、急いで着替える。

 幸い着替え終わっても花鈴は部屋に来ず、何とかドッキリは実行できそうだった。


 「ただ居るだけだと少しつまらないな。何か他にできることは無いかな」


 花鈴が驚き、喜びそうなことは無いか短い時間で思案した結果一つ思いついた。


 「よし、やるか」 


 階段を上る足音が聞こえたので、慌ててドアの横にスタンバイする。

 そして部屋に花鈴が入ってくる


 「翔斗おはよう! 朝だよ! 起きてー! きゃあっ!?」


 入ってきた瞬間に花鈴を優しく引き寄せて抱きしめると驚きの声をあげるが、無視して耳元で囁く。


 「おはよう花鈴」


 そうすると見る見るうちに花鈴の顔はトマトの様に赤くなって、ぷるぷると震えながら挨拶をする。


 「お、おはよう翔斗。今日は早起きだね」

 「ああ、たまたま目が覚めてな」


 至近距離で見つめ合いながら話す。

 互いの吐息が間近で感じられ、まるで一つのように思えた。


 「それより、どうしたの? 急にこんなことをして」


 ようやく普通に話せる程度には落ち着いたのか、上目遣いで翔斗を見上げながら当 たり前の疑問をぶつけてくる。


 「たまたま早く目覚めたから、花鈴を驚かせようと思ったんだ。どうだ? 驚いたか?」

 「もーすっごくビックリしたよ。心臓止まるかと思っちゃった」

 「嫌だったか?」

 「驚いたけど、嫌じゃないよ。翔斗に抱きしめられるのは好きだよ」


 嫌がられていなくて安堵して、より一層強く抱きしめる。


 「どうしたの? なんか今日の翔斗変だよ?」

 「花鈴が本当に俺の彼女だと思うと嬉しくなったんだ。なにせ、人生で初めての彼女だからな」


 翔斗は恋愛にこれまで興味がなく、告白されたこともなかった。

 そんな中初めての恋人ができたことで、浮かれているのだ。

 自分の中の感情を抑えることができず、行動に移してしまっている。


 「私も嬉しいけどそろそろ朝ごはん食べないと遅刻しちゃうよ」


 言われて時計を見るがまだ時間に余裕があるはずなのにと疑問に思ったが、照れ隠しで話題を変えたことに気づいた。


 「俺はもう少しこうしていたいけどな」

 「うーもうおしまい! 早く行くよ」


 限界が来たのか翔斗の腕の中から脱出して、すぐさま廊下に出て行く。

 さすがにやりすぎたかと反省するが、珍しい花鈴の姿が見れたのでたまにやろうと決めた。

 その後母親にからかわれながら花鈴と仲良く朝食を食べ、家を出る。


 「恋人と登校って気分がいいな」

 「そうだね。今までも一緒に登校してたけど、やっぱり違うね」


 幼馴染と恋人では何もかもが違って見えた。

 距離が今までよりも近くなり、話す時に笑うことがお互い増えていた。


 「そうだ、今日の放課後花鈴の家に行ってもいいか?」

 「いいよ。おうちデートだね」

 「そういうこと」


 二人で手をつなぎながら放課後に何をするか話す、少し前ではこのようなことは想像もつかなかった。

 人生何が起こるかわからないものだ。

 だからこそ、今この手にあるものを大切にしていこうと改めて翔斗は思うのだった。

 そして、変化したことはまだあった。


 「やっぱり見られてるな」

 「気になる?」

 「いいや、もう気にするのはやめた」


 学校に近づくことで生徒が増えていき、翔斗達を見る人数も増えた。

 恋人つなぎをしているので、関係が変化したことは見ている人たちも気づいたようで少し騒がしかった。

 だが翔斗はそんな周りの反応を気にしてはいなかった。

 以前は付き合っていないのに、恋人と思われることが申し訳なかったのと目立つことに慣れていなかったので気になっていた。


 「だって今は恋人同士って思われても誤解じゃないからな」

 「そうだよ。これからはどんどん翔斗のこと自慢していくから覚悟しててね」

 「お手柔らかに頼む」


 興奮気味に言ってくる花鈴を見て、翔斗はあまり大げさに言われないことを祈るのだった。

 教室へ入ると既にいたクラスメイト達に見られるが、その視線は以前までの嫉妬の感情はなく、好意的に感じられた。


 「花鈴何かしたか?」

 「何のこと?」


 まず花鈴がクラスメイト達に何か言っていたのかと考えたが、ごまかしている様子はなく本当に心当たりがないようだった。

 とりあえず自分の席に向かい、蓮に事情を聴こうと思ったがまだ投降していなかったので後ろの席の男子に聞くことにした。


 「おはよう透。何かクラスの雰囲気がいつもと違う気がするんだけど、何か知ってるか?」

 「おはよう翔斗。それはね皆翔斗と鈴野さんのことをお祝いしてるんだよ」

 

 彼の名前は萩野透はぎのとおる

 同じは行なので入学直後の席が近くよく話すようになり、今では放課後に遊びに行ったりする友達だ。

 身長はあまり高くなくおとなしい性格だが、翔斗が男子たちから疎まれていた時も普通に話してくれた大切な友人だ。


 「お祝い?」


 そんな透から祝われていると説明されるが、理解できなかった。

 あれだけ嫉妬していた男子たちが、いざ付き合ったとなったら素直にお祝いをしてくれるだろうか。

 そんな翔斗の疑問を続く透の言葉が解消した。


 「そう。皆最初の頃は鈴野さんが盗られたって悲しんでたんだけど、最近は鈴野さんが幸せそうだからそれでいいかって気持ちになったみたいだよ」


 透の説明で現状を理解することができた。

 ここ一週間ほど花鈴は時間があれば翔斗にアタックしていて、話している時は普段学校で見せないような嬉しそうな笑顔をしていた。

 それがクラスメイト達に好印象を与えたのだろう。

 今思えば、ここ最近は男子からの圧が弱くなっていた。


 「そうだったのか」

 「そういえば言うのが遅くなったね。おめでとう翔斗」

 「ありがとう。また今度どっか遊びに行こうぜ」


 ここ最近は忙しくあまり話せていなかったので、蓮もつれてどこかに遊ぼうと提案するが、透はゆっくりと首を横に振った。


 「しばらくはやめておくよ」

 「なんで?」

 「鈴野さんに恨まれたくないからね」


 透のみている方向に視線を向けると、羨ましそうに見ている花鈴の姿があり、思わず笑みがこぼれた。


 「なるほど。よくわかった」

 「付き合いたてのカップルの邪魔をするほど僕は馬鹿じゃないからね」

 「そうだな。じゃあ、今度落ち着いたら遊ばないか?」


 しばらくは花鈴を最優先することにしたが、透や蓮も大切な友人には変わりないので翔斗としてはあまり雑な扱いはしたくなかった。


 「それならいいよ。今度新作のゲームも出るからね」

 「あれか、俺も楽しみなんだ。発売されたら一緒にやるか」

 「うん、楽しみだね」

 「おっなんか盛り上がってるな。何の話だ? 俺も混ぜろ」


 ゲームの話で盛り上がっていると、始業時刻ギリギリに蓮が登校してきた。

 

 「遅刻ギリギリだよ蓮。もっと早く来た方がいいんじゃない?」

 「いやー俺もできればそうしたいんだけど、布団が俺のことを離してくれないからな。逆にお前らの方がいつも早く来れるのがおかしいだろ」

 

 眠そうに欠伸をしながら蓮は席に座る。


 「僕は寝起きがいいからね」

 「羨ましいな。でも翔斗はあんま寝起きいい方じゃないよな。たまにゲームで徹夜した日とかすごい顔してるよな。どうやって起きてるんだ?」

 

 蓮の言う通り翔斗はあまり寝起きはいい方ではない。

 寝起き直後は頭が働かず、変な行動をしていることが多い。


 「前はそうだったけど、今はかりん……なんでもない」


 思わず花鈴が毎朝起こしに来てくれることを言いそうになったので、慌てて誤魔化そうとするが遅かったようだ。


 「おい、ちょっと待て。今なんて言おうとした?」

 「何も言ってないが」

 「透、お前も聞こえたよな。かりんまで言ってたよな」


 助けを求める目で何も言うなと透を見るが、その願いが叶うことはなかった。


 「僕もしっかり聞こえたよ」

 「ほら聞いたろ翔斗。諦めて全部吐いちまえ」


 まさに絶体絶命、逃げ場はなく、誤魔化すのも不可能。

 もはや万事休すと思えたその時、始業を告げるチャイムが鳴り始めた。


 「無駄話はおしまいだ。チャイムが鳴ったぞ、先生が来るしホームルームが始まるぞ」


 口早にそう告げて前を向いて耳を塞ぎ二人の声を遮断する。


 「おい、逃げるな」

 「翔斗は恥ずかしがり屋だね」

 

 など、塞いだ耳から聞こえてくるが聞こえないふりをして乗り切った。

 その後二人にからかわれながらも無事授業を終え、待望の放課後になった。


 「じゃあな二人とも」

 「また明日」

 「明日は全部吐かせるからな」


 二人と別れを告げて花鈴のもとに向かう。


 「お待たせ、帰ろうか」

 「うん! ようやく放課後だよ。こんなに長く感じたのは初めて」


 それだけおうちデートを楽しみにしてくれたということなので、翔斗は嬉しくなった。

 いつもは長く一緒に居たいのでゆっくりと歩いて帰宅していたが、今回は早くデートがしたかったのですこし早足だった。


 「着替えたからの方がいいか?」

 「制服のままでもいいよ」


 わざわざ家に帰るのも面倒なので、花鈴の言葉に甘えて直行することにした。

 だが二人のデートは思いもよらぬ人物によって、中止になるのだった。

 花鈴の家に到着し、家にお邪魔すると足音が聞こえたと思った時には、その人物が二人の前に現れた。


 「お帰りお姉ちゃん! 翔斗お兄ちゃん!」


 二人のデートに乱入してきたのは、花鈴の一つ下の妹の愛華だった。

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