第13話 新たな日常に
ようやく結ばれた余韻に浸る二人だが、昼休みの終了を知らせるチャイムで現実に引き戻された。
「名残惜しいがそろそろ戻らないとな」
「そうだね」
そういって翔斗は花鈴から手を離して教室に向かおうとするが、それは実行できなかった。
「あのー花鈴?」
「どうしたの翔斗?」
「離してもらえません?」
なぜなら、花鈴は一向に翔斗のことを離さなかったからだ。
「えーどうしようかな」
「まじで授業遅刻するって」
さすがに二人そろって授業に遅刻するのはまずいと翔斗は焦るが、花鈴はのんびりしたままだ。
「しょうがないなー。じゃあ、好きって言ってくれたら話してあげる」
「分かった」
恥ずかしがる余裕もなく、花鈴のみも元に口を近づけてささやく。
「好きだ」
「~~~~~!!!!」
声にならない絶叫が花鈴から発せられ、くたりと力が抜けた。
「幸せ」
最後に言い残し花鈴の意識はどこかへ飛んで行ってしまった。
「おい花鈴! 花鈴? 早く正気になってくれーーーー!」
翔斗の願いは残念ながらかなうことなく、しばらくたって正気に戻った花鈴と共に教室に戻り先生に怒られたのだった。
「はー疲れた」
大幅に遅刻した罰として翔斗と花鈴には特別課題が命じられ、今ようやく終わったところだ。
「お疲れ翔斗。はい、ジュース」
「ああ、ありがとう。ってお前のせいだけどな」
ジュースを受け取りながら自分よりも先に課題を終わらせた花鈴を睨む。
「だって、あんな耳元でかっこよく囁かれたら誰だってああなるよ」
「にしても、もういいや。幸せそうならそれで何よりだ」
文句を言おうとしたが、花鈴の幸せそうな様子を見てそれでいいと思えた。
「帰りの準備をするからもう少し待っててくれ」
「うん。それなら、翔斗の課題出してくるよ」
「助かる」
花鈴は小走りに翔斗と自分の課題を持って教室を出て行き、それと入れ替わりに蓮が教室に入ってくる。
「よお元気か」
「何の用だ」
にやにやしながら近づいてくる蓮に翔斗はそっけなく返事をする。
聞かれることは予想がついている。
なにせクラス全員の前で二人で遅刻したのだから、何もないはずがない。
「色々言いたいことはあるが、まずはおめでとう」
「ありがとう。やっぱりわかるか?」
「そりゃあの鈴野さんを見てれば、誰だってわかるさ」
花鈴はクラスに戻り、授業が終わった後翔斗にべったりと体を寄せ、今までより明らかに近い距離で翔斗と話していた。
表情は普段の真面目な時とは大きく異なり、見るだけで幸せですと分かるようにとろけた表情だった。
「お前の想像通り俺と花鈴は付き合った。ついさっきな」
「とうとう折れたか。向こうが告白したのか?」
「いや、俺の方から。そういう約束だったからな」
心の底から花鈴のことを好きになった時、翔斗が告白をする。
あの時決めた大切な約束だ。
「これから大変だろうが、頑張れよ」
「おう。それを言うためにわざわざ残ってくれたのか?」
授業が終わりすでに大分時間が経っているので、偶然残っていたとは考えにくい。
「そりゃ、親友に彼女ができたんだ。祝いの言葉くらい言うだろ普通」
当然という表情で蓮は言い切る。
「お前、やっぱいいやつだな」
「どうした急に、褒めても祝いの言葉しか出てこないぞ」
「それで十分だよ」
そこで廊下から足音がしてきたので、蓮は急いでドアの方に向かう。
「じゃあまた明日な」
「花鈴とは話さなくていいのか?」
「俺は大丈夫。またな」
と逃げるように蓮は教室から出て行き、花鈴は入れ違いで入ってきた。
「あれ今、黒木君いた?」
「ああおめでとうって言われた」
「もー私にも言ってくれればいいのに」
「あいつ花鈴のこと苦手だからしょうがないよ」
中学時代のとある出来事をきっかけに蓮は花鈴のことが苦手になってしまい、それ以降なるべく顔をあわせないようにしていた。
「何かしたっけな?」
花鈴には心当たりがなく不思議そうにするが、翔斗は話を聞いているので苦笑いを浮かべる。
「それより、待たせて悪かったな、そろそろ帰るか」
すでに授業が終わってからかなりの時間が過ぎて、日が沈み始めていた。
「そうだね」
カバンを持って教室を出て、下駄箱で靴を履き替える。
「ほら花鈴」
そして、当然のように花鈴の方へ手を伸ばす。
花鈴もその手を握るが、以前とは少し違う。
「ちょっと恥ずかしいね」
「でも、こっちの方がいいな」
お互いの指を絡めて離れないようにしっかりと握る。
所謂恋人つなぎだ。
「なんか夢みたいだね」
つないだ手をゆらゆらとさせながら、花鈴がポツリと呟く。
「何が?」
「こうして翔斗と恋人として一緒に帰ることが」
花鈴からしてみればずっと夢見ていたことが現実になっているので、実感がないのはしょうがない。
「ちゃんと現実だぞ」
だから握る手の力を少し強くして、現実だと教える。
そんな翔斗の不器用な優しさに笑みを浮かべながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「うん、わかってはいるんだけどね……ずっとこうして歩きたいって思ってたから、嬉しくってさ」
だんだん声が小さくなりながら、瞳を潤ませて花鈴は話す。
「俺も嬉しいよ。だから泣くなって」
気づけば潤んだ瞳から雫が零れ落ちていた。
「ごめんね。泣くつもりなんてなかったんだけど。嬉しくって涙が止まらないの」
「そうか」
翔斗は道の端に移動して、花鈴を胸に引き寄せる。
「ほら、思う存分泣いていいぞ。その代わり、泣き終わったら笑顔を見せてくれよ」
「うん……ありがと」
花鈴はしばらく翔斗の胸の中で泣き、その後飛び切りの笑顔を翔斗に見せてくれた。
そして涙が止まった花鈴と再び歩き出す。
「そういや、花鈴っていつから俺のことが好きだったんだ?」
ふと翔斗は疑問に思ったことを聞く。
「えっとね、中学二年生くらいかな」
「そうだったのか。てっきり高校生になってからだと思ってた」
「うんそれも間違ってないよ。翔斗のことが好きだと自覚したのは高校生だけど、今思うと中学のころから好きだったんだ」
中学の頃は花鈴とあまり話さなくなっていた時期だったので、翔斗としては意外だった。
「そうだったのか。気づかなくてごめんな」
中学時代の翔斗は今と少し性格も違い、他人の感情に疎かった時期でもある。
花鈴もそのことを理解しているので、そこまで気にしている様子はなかった。
「ううん、翔斗は気にしなくていいんだよ。隠してたのは私の方だから。でも、翔斗から告白されてすっごくうれしかったよ」
「俺も花鈴と恋人になれてすごくうれしい」
正直花鈴がいなければ、再び誰かを好きになるのはかなり先になっていただろう。
誰かに告白をして振られるくらいならいっそ、その感情を胸の奥にしまっておこうと考えたはずだ。
だがそうなる前に花鈴が優しく、翔斗の解きほぐしてくれたのだ。
「私も初恋が実ってすごく嬉しい」
「初恋?」
予想外の言葉に思わず聞き返す。
「うん。翔斗が私の初恋だよ」
「そうだったのか。てっきり一度くらい誰かと付き合っていると思った。中学のころからすごい人数に告白されてたろ」
一クラスの人数以上は告白されていた記憶がある。
花鈴はすでに誰かと付き合ったことがあると考えていたが、それは間違いだったようだ。
「中学時代は部活とかで忙しかったし、翔斗が気になってたから他の人には興味なかったな。今思えば、中学のころから翔斗のことが好きだったからだけどね」
「そういわれると照れるな」
「もっと照れていいよ。翔斗の照れてるところ可愛くて好きだよ」
「花鈴も真っ赤になってるところ可愛いぞ」
二人で褒め合いながら歩くだけで幸せだった。
今まで感じていた幸せが二人でいるだけで、より強く感じられた。
「あーもう着いちゃった。あっという間だね」
「そうだな。ゆっくり歩いたつもりだったけどな」
「帰りたくないな」
花鈴は家の前で名残惜しそうに手を握る。
もっと味わいたいと思う時間ほど、終わりはすぐにやってくる。
以前の翔斗なら、名残惜しく終わらせたくないと考えていたが今は違う。
「大丈夫だよ。また明日一緒に帰ろう。なんなら、朝だって一緒だろ」
以前は次があるかわからなかったが、恋人となった今では何度でも同じことができる。
今はまだ慣れない行為だが、いづれ一緒に帰ることや抱きしめ合うことなどが日常となる。
日常になれば寂しく思うこともなくなる。
「だって俺たち――恋人だろ」
「うん!」
その言葉を聞いて先ほどまで落ち込んでいた花鈴は、花が咲いたような笑顔を見せた。
「また明日な」
最後に花鈴を抱きしめることで、離れる寂しさを打ち消す翔斗。
結局翔斗も離れるのは寂しかったのだ。
「ありがと翔斗。また明日ね」
手を振って笑顔で別れる。
一人になった帰り道をのんびりと歩きながら、花鈴との会話を思い出す。
「初恋か……」
初恋は叶わないとはよく聞く。
翔斗もその例に漏れず、玲奈に振られてしまった。
だがその出来事があったから、花鈴と付き合うことができた。
今となってはいい思い出だ。
「花鈴は諦めずにかなえたんだからすごいな」
初恋は実らないというが俺の彼女は違うらしいと思うのだった。
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