第10話 デートをしよう前編

 「ごめんなさい。前も言った通り、私は好きな人がいるのであなたとは付き合えません」


 翔斗が自分の感情を理解した頃、花鈴は告白を断っていた。

 翔斗はその言葉を聞いて心底ほっとして、心底自分が嫌になった。


 「うん、わかった。でも、まだ僕は諦めないからね。絶対振り向かせるから」


 男子生徒は前向きな発言をして、花鈴の返答を聞く前にその場を去っていった。

 その姿が翔斗にはまぶしく思えた。

 あの言葉だと、何度も花鈴に振られているのだろう。

 そのうえで、諦めずに何度もアタックする彼は、とても強く思えた。


 「俺とは違うな」


 花鈴のために努力できる人が相応しいのではないかと、自分ではだめなのではと思い始めたが、花鈴の表情を見てその考えが間違いだと分かった。

 いつもの優しい笑顔ではなく、辛く悲しそうな表情をしていた。

 告白を振られた方もつらいが、振る方もつらいことを翔斗は知っている。

 そして、花鈴はその行為をこれまで何度行ってきたのか翔斗は知らない。


 「花鈴にそんな顔は似合わない。俺にできることをしないと」


 翔斗は急いでその場を離れ、家から近い駅へと向かい調べ物をした。

 幸い今日は金曜日で明日明後日と学校は休みだ。

 時間ならたくさんある。


 「花鈴が喜ぶものってなんだろうな」


 長年花鈴と過ごしてきて、ある程度好みは知っているが翔斗が求めている物は今の花鈴が一番喜ぶものだ。

 中途半端は許されない。

 様々な店を回り、花鈴が喜びそうなものを見つけたのでそれを買う。

 入念に下調べをし終えてから、寝る前に花鈴へ電話をする。

 コール音はすぐに止まり、花鈴の声が聞こえてきた。


 『もしもし。どうしたの翔斗? 電話なんて珍しいね』


 聞こえてくる声は先ほどの出来事などみじんも感じさせない、明るいいつもの声だった。

 普段なら騙されて気づかなかっただろうが、今回は違う。


 「ああ、ちょっと聞きたいことがあってな」

 『聞きたいこと?』

 「明日か、明後日ってどちらか空いてるか?」

 『うん。どっちも特に予定はないよ。でもどうして?』


 そう聞かれるのは分かっていたが、答えるのに一瞬戸惑う。

 だが、先ほどの花鈴の悲しそうな表情を思い出し、勇気を出して言う。


 「一緒に駅に出かけないか?」

 『それって……デートのお誘いみたいだね』


 笑って花鈴は冗談のように言うが、それを力強く肯定する。


 「みたいじゃなくて、デートの誘いだ」

 『えっ……』

 「明日俺とデートをしてくれませんか?」


 言葉を濁さず、今度ははっきりと口にする。

 花鈴の息をのむ様子が聞こえてきた。

 沈黙が続き、緊張のせいか心臓の鼓動が痛いくらいに鳴っている。

 そして、その沈黙は花鈴の喜びに満ちた声で破られた。


 『すっごくうれしい! 行く! 行きます! 絶対に行きます! やっぱなしって言うのはダメだからね!』

 「大丈夫、撤回なんてしないよ」


 花鈴のハイテンションで喜んでいる声を聴いて、ほっとした。

 断られることはないと思っていたが、実際に誘ってみると不安が大きかった。

 だがそんな些細なことはどうでもいいと思えるほど、花鈴が喜んでくれてるので安心したのだった。


 『それで、何時に待ち合わせる?』

 「十時ごろ花鈴の家に行くよ」


 駅は花鈴の家の方が近いので、それが効率的だと提案したが、花鈴は不満だったようだ。


 『えーせっかくのデートなのに、待ち合わせしないなんてダメだよ! デートで待ち合わせは定番なの!』

 「そうなのか?」

 『そうなの!』


 あまりの勢いにたじたじになるが、元気な花鈴の声が聞けてそれで満足だった。


 「それなら、駅前のミスドで十時に待ち合わせは?」

 『うん分かった! 駅前のミスドに十時に待ち合わせだね! 寝坊したら怒るからね!』

 「大丈夫、今日はすぐに寝るよ。じゃあ、また明日」

 『また明日!』


 そう言って電話を切ると一気に静かになり、少し寂しく思えた。


 「よし、明日は頑張らないとな」


 寝坊しないように、早めにベッドに入り眠ることにした。

 次の日、翔斗は寝坊せずに七時には目覚め、髪を整えて服もお洒落なものに着替えた。

 目覚めてから考えることは、花鈴の喜ぶ姿だった。

 どんなことをしたら喜んでくれるのか、何を言ったら喜ばせられるのか、それを考えるだけで楽しかった。

 駅は家から十五分ほどの場所にあり、映画に飲食店、カラオケやボーリングなど遊ぶ場所が多く存在している。

 とりあえず駅に行けば何かしらあるので、この周辺の人は遊ぶ場所には困らない。


 「忘れ物はないな」


 昨日買ったものがカバンに入っているのを確認して、待ち合わせの一時間前に家を出る。

 六月に入ったばかりだが、今日は少し肌寒かった。

 何度も通った知っている道のはずなのに、いつもと違う道のように感じた。

 わくわくしていたせいか、いつもよりも歩くのが早く、九時十分にはミスドの前についてしまった。


 「さすがに、早かったかな?」


 遅刻をするよりはいいと思い、花鈴が来るのを待つ。

 本来翔斗は待っていることは苦手なのだが、この待ち時間は嫌いではなかった。

 三十分になると、駆け足でこちらに向かってくる人影が見えた。

 

 「ごめん翔斗、待った?」

 「いや、俺も今来たとこ」


 お約束のような挨拶を躱して二人で笑いあう。


 「待ち合わせのお約束だけど、本当に言うと少し恥ずかしいな」

 「だね。でも翔斗早いね。まだ三十分なのに、もういるから慌てちゃったよ」

 「楽しみで早く来すぎたんだ」

 「私も、家でじっとしていられなかったんだ」


 今日の花鈴の服装は普段よりも気合が入っているようで、いつもの数倍可愛く見えった。

 下は灰色の二―ソックスに膝ほどの黒いスカートで、上は白いブラウスの上に灰色のカーディガンを着ていた。


 「その服すごく似合ってるよ。いつもはよりも、大人っぽく見える」


 翔斗が褒めると少し意識したのか、大人っぽい笑みを浮かべて喜んだ。


 「ありがとう。翔斗もいつもかっこいいけど、今日は数倍かっこいいよ!」

 「ありがとう。じゃあ早いけどそろそろ移動するか」

 「うん。ところでどこに行くの?」


 花鈴には今日どこにいくかを説明していなかった。

 最初は相談して決めようと思ったのだが、そうすると翔斗の行きたいところを優先して遠慮してしまうので、全部翔斗が決めた。


 「他の店はこの時間だとまだやってないところが多いから、まずはカラオケだ」

 「カラオケかー久しぶりだね」

 「そうだな」


 小学校の頃は互いの家族と一緒によく言ったものだが、中学生になったからは時間が合わなくなり、行かなくなっていた。


 「久々に思いっきり歌うぞー!」

 「他にも行くところあるから、ほどほどにしとけよ」

 「大丈夫大丈夫」


 花鈴は曲を聴くことも、歌うことも好きなのでカラオケが良いと思っていたが、友達とも最近行っていなかったようなので、想像以上の喜びようだった。

 五分ほど歩き、目的の店に着いた。


 「よし! 歌うぞー!」


 ついて早々ドリンクバーにも行かずに、一曲目を歌いだした。

 花鈴の歌は特別うまいわけではないが、聞いていて元気が出てくる歌声だ。


 「飲み物とってくるけど何がいい?」

 「コーラをお願い」

 「あいよ」


 花鈴が気持ちよく歌っている間に翔斗は、飲み物を用意する。


 「ふーやっぱりカラオケはいいね」

 「そんなに喜んでくれるなら来たかいがあった」

 「すごく楽しいよ。じゃあ、翔斗も歌おっか」

 「そうだな」


 マイクを持って翔斗も歌い始める。

 二人は仲良く時間になるまで熱唱した。


 「あー楽しかった」

 「それは良かった」

 「翔斗歌上手くなってたね。練習したの?」

 「中学頃にに友達といった時に、音外しまくって恥ずかしかったから、一時期通ってたんだ」


 あの時の翔斗は所謂音痴と呼ばれるもので、友人たちからはぼろくそ言われたものだ。

 だがこうして花鈴に褒められたのなら、あの時の努力も無駄ではなかったとこっそりガッツポーズをした。

 十二時になりお腹もすいてきたので、昼食を食べにファミレスに向かう。


 「うーんどこも混んでるね」

 「昼飯時だからな。別のとこにするか?」

 「そうだね、結構並んじゃってるしね」


 ファミレスを諦めて他に空いているところがないか、少し移動する。


 「あっ、翔斗ちょっと来て」


 何かを見つけた花鈴が突然走り出した。


 「ん? どうした?」


 慌てて追いかけると、そこは懐かしい店の前だった。


 「ここか」

 「懐かしいでしょ」


 そこは小学生の頃に、どこかへ行った帰りによく食べに来たラーメン屋だった。

 昔はよく来たが今では一人でも行かず、友達と行くときはファミレスとこで食事を済ませていたので長らく来ていなかった。


 「せっかくだし、ここにしよ」

 「そうだな」

 「お―懐かしいな」

 「ねー」


 昔の記憶と全く変わっておらず、思わず声が出てしまった。

 入り口で止まっていると迷惑になるので、すぐに近くの席に着く。


 「何にする?」

 「そうだな……」


 店員から渡された水をに見ながら、メニューを見て何を食べたいか考える。

 

 「俺は醤油ラーメンにするよ。花鈴は?」

 「うーん、私は豚骨にするね」

 「分かった。すみません」


 二人とも何にするか決まったので店員を呼び注文する。


 「そういや、せっかくデートだけどラーメンでよかったのか?」

 「別に私は気にしないよ。翔斗といればどこでもいいよ」

 「それならよかった」


 口ではそういうが、次からは事前に予約しておこう思う翔斗だった。

 のんびりしているうちにラーメンが届いた。


 「二人とも来たな。じゃあいただきます」

 「いただきます」


 早速麺を啜ると、程よく空いた腹に染み渡る美味しさだった。


 「うん、うまい。花鈴の方はどうだ?」

 「おいしいよー。一口食べる?」


 豚骨ラーメンもおいしそうだったのでお言葉に甘えることにする。


 「はい、あーん」

 「おいおい、ラーメンであーんは無理だろ。やけどするぞ」

 「やっぱ無理かー。うーんそうだ! はい、あーん」


 最初は箸で麺を食べさせようとしてきた花鈴だったが、今度はレンゲに麺とグザイをトッピングして一口サイズにしてきた。


 「ふーふー、はいあーん」

 「わかったよ」


 意地でも食べさせようとしてくるので、諦めていただく。


 「おっ豚骨もうまいな」

 「でしょー。翔斗のも頂戴」

 「わかったわかったから、腕を引っ張るな。ほら」


 翔斗も麺と具材をレンゲにトッピングして花鈴に食べさせようとする。


 「駄目だよ、ちゃんとあーんって言わなきゃ」

 「そんなルールないだろ」

 「カップルじゃ常識ですー」

 「俺たちカップルじゃないだろ」

 「でも、翔斗デートって言ったじゃん。デートはカップルでしかしないよ」


 何が何でも翔斗に「あーん」を言わせようとしてくる花鈴に苦笑しながら、最後には折れる翔斗だった。


 「わかった。ほら、あーん」

 「ん。美味しいありがとう」


 翔斗が食べさせると満面の笑みを浮かべるのを見て、わがままな子供をあやす親の気分になった。


 「ふっ」

 「何笑ってんの?」

 「花鈴が子供みたいでな」

 「あー酷い」


 素直に言うとぽかぽか殴られ、その様子も子供みたいと思いながら謝る。


 「もー翔斗だから甘えてるんだからね」

 「そうなのか?」


 確かに普段学校ではここまで子供のようになっているのは見たことがない。

 翔斗しか知らない特別な顔だと思うと、なんだかうれしく思えた。


 「とりあえず、面が伸びる前に食べちゃうか」

 「そうだね」


 ラーメンは思ったよりもボリュームがあったので、かなりお腹が膨れた。


 「ごちそうさまでした」

 「ごちそうさまでした。それで、次はどこに行くか決めてるの?」


 店を出て少し歩くと、花鈴に聞かれる。

 当然どこに行くかは決めていて、昼食と違って予約もしていた。


 「ああ、次行くのは映画館だ」

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