第9話 独占欲

花鈴を膝枕していると、綺麗な黒髪が視界に入った。


「花鈴の髪って綺麗だよな」


思わず髪を指で梳いてみると、なんの抵抗感もなかった。

女性の髪を無断で触るのは良くないと思いやめようと手を離すと


「んんー」


寝ぼけた花鈴に手を掴まれてしまった。


「これは撫でろってことかな?」


 都合のいい解釈をすることで頭をなで始める。

 すると心地がいいのか花鈴が少し甘えるような声を出し始めたので、そのまましばらく撫で続けることにした。


 「にしても、改めてみると花鈴ってすごい美人だな」


 整った顔に、美しい黒髪、周囲に花が咲いたと思わせるような笑顔、これならば大層モテるのだろう。

 今までいろんな男性に告白もされてきたのは想像に難くない。

 そう考えていると、胸の奥が少しもやっとした。


 「ん? なんで俺もやっとしたんだ?」


 なぜだか理由は分からなかったが、花鈴が他の男に告白されている場面を思い浮かべると嫌な気持ちになった。

 初めて花鈴に抱く感情に戸惑うが、あまり考えるのは良くないと感じ気のせいだと思うようにした。


 「こうしてのんびりするのは久しぶりだな」


 今まで玲奈にふさわしい男になるために勉強などの努力を常に行っていたので、一日に暇な時間など存在せず、必ず何か行っていた。

 なのでこうして何もせず、のんびり過ごす時間はあまり落ち着かなかったが、花鈴と共に過ごす時間は心地よく感じた。


 「考えることが花鈴ばっかりだな」


 自分でも驚き苦笑するが、悪い気分ではなかった。

 昨日までは玲奈のことばかり考えていたというのに、薄情な男だと思うが自分を好いてくれている花鈴を長く待たせるくらいなら、それでいいと今日一日で思えるようにもなった。


 「ん?」


 その時スマホの通知が鳴り、反射的に音のした方向を見ると花鈴のスマホが床に落ちていた。

 人のスマホを勝手に見てはいけないと思い目を反らそうとするが、気になる内容で思わず見てしまった。


 「これは……」


 メッセージは他のクラスの男子からのもので、内容は放課後大事な話があるから体育館裏に来てほしいというものだった。

 これは考えるまでもなく、告白の誘いだろう。

 先ほど気にしないようにした現実がこうして直視させられた。

 想像ですら嫌な気持ちになったのに、こうして現実で見ると形容しがたい感情が畝の中で渦巻いていた。

 心地いいと感じていたはずのこの空間が、今では苦しいと思うようになっていた。


 「花鈴、起きろ」


 時間を見ればもう夕方を過ぎ夜の時間になり始めていたので、それを理由に花鈴に声をかけて起こす。

 幸い花鈴はすぐに目覚め、寝てしまったことに気づき顔を赤くしていたが翔斗はそれどころではなかった。

 今すぐこの場所を離れて、この感情を消し去りたいと思っていた。


 「ごめんね気づいたら寝ちゃってて」

 「気にするな、先に寝たのは俺の方だ。もう七時過ぎてるから、そろそろ帰るよ。今日はありがとう」


 今自分が抱いている感情を花鈴には気づかせないように、普段通り振舞いながら家に帰ろうとする。

 長居してしまえば察しのいい花鈴のことだから、翔斗が何か悩んでいることに気が付いてしまう。

 これまでさんざんお世話になってきたというのに、これ以上花鈴に迷惑をかけるわけにはいかないので、このことは自分の胸の中に秘めることにした。


 「うん、私こそありがとう。また明日ね」

 「ああ、またな」


 そう言って逃げるように翔斗は花鈴の家から出て行った。

 家から出ればこの感情ともおさらばできると考えていたが、むしろ一人になったことで徐々に大きくなっていくのが分かった。

 家に帰り夜ご飯を食べ、ベッドに入り眠ろうとするが、頭の中に浮かぶのはあのメッセージだった。


 「俺は、どうしちまったんだ?」


 自分で自分が分からなかった。

 体は疲れているはずなのに、眠れる気がしなかった。



 「起きて翔斗朝だよ!」

 「おはよう花鈴」


 朝花鈴が部屋に来て翔斗を起こすようになり、もう一週間が経った。

 最初は照れ臭かったが今では慣れて、むしろ一緒に過ごせる時間が増えて嬉しく思っていた。


 「花鈴は早起きだな」

 「だって、翔斗に早く会いたいんだもん」


 朝から嬉しいことを言ってくるので、思わず頭を撫でた。


 「ふふん」


 以前膝枕をしたときに撫でたと話したら、起きている時にもしてほしいと言われたので、こうして朝起こしに来てくれるお礼に頭をなでるようになった。


 「女子ってあんまり頭とか触られたくないもんじゃないのか?」


 当たり前のように撫でさせてくれる花鈴に気になったので、疑問をぶつけた。


 「そうだね、他の人には触られたくはないよ」

 「じゃあなんで?」

 「翔斗が好きな人だからだよ。好きな人なら、触られると嬉しいんだよ」


 満面の笑顔で言われ、思わず目をそらしてしまう。


 「あれ? 照れてる?」

 「うるさい、照れてない」

 「顔が赤くなってるよ」

 「なってない。着替えたいから早く出てくれ」

 「あー逃げた」


 からかってくる花鈴を廊下に追いやり、ほてった顔を落ち着かせる。

 そして着替えた後、朝食を食べて共に学校へ向かう。


 「行ってきます」


 相変わらず花鈴と一緒に登校するととても目立つが、一種かんっも経てば周囲の視線にも慣れ、気にせず過ごせるようになっていた。

 だが、あの時抱いた感情は今も薄まるどころか、日に日に大きくなっていた。

 花鈴の様子から告白を断ったとは思うが、どうだったのか聞けずにいた。


 「翔斗どうしたの?」

 

 そんなことを考えて少しぼーっとしていたようで、不思議に思った花鈴から声をかけられる。


 「ああ、ちょっと考え事をしててな」

 「最近考え事多いね、何か悩み事でもあるの?」


 やはり長く隠すのは難しかったようで、悩みごとがあると見抜かれてしまった。


 「いや、そんな深刻なもんじゃないから大丈夫」


 笑って安心させるように言うが、花鈴はいまいち納得しちないような表情をしていた。


 「辛かったら言ってね、話くらいなら聞いてあげられるから」

 「ありがとう、限界だと思ったら話すよ」

 「私としては、限界が来る前に話してほしいけどね。翔斗は何でも一人で抱え込んじゃうから、早めに私以外でもいいから誰か頼ってね」

 「分かった。やばそうだったら、蓮にでも愚痴るから心配しなくていいぞ」


 花鈴は優しく気にかけてくれるが、こればっかりは自分で折り合いをつけなければならなかった。

 その日はいつも通り学校で授業を受け、蓮と馬鹿話をしながら過ごし、花鈴と帰ろうとしたが用事があると断られてしまった。


 「用事が終わるまで待つけど」

 「もしかしたら長引くかも知れないから、先帰ってて」


 気にするなと笑顔で言われ、おとなしく帰ろうとしたがどこか花鈴の笑顔がいつもと違う気がした。


 「ちょっと気になるな」


 翔斗に辛くなったら話せというが、その花鈴も自分が辛くても周りには感じさせず自分で抱え込んでしまう。

 花鈴には何度も救われてきたので、もし悩んでいるのだとしたら力になってやりたいと思うが、素直に花鈴が話してくれるとは思えない。

 むしろ、翔斗にだけは悩みごとは絶対に言わない気がした。

 これまで、翔斗が相談したことはいくつもあれど、翔斗が相談を受けたことは一度もなかった。

 これまでは気にしたことがなかったが、今ではそれが長所であり短所でもあると思うようになった。


 「今度は俺が助ける」


 そう決心して、こっそりと花鈴の後をつけていった。

 花鈴は特に部活動も入っていないので、何かあるとしたら友人関係かと思ったが、向かっている方向で違うと分かった。



 「ごめん、待たせちゃった?」

 「いや、僕も今来たところだよ」


 花鈴の目的地は体育館裏で、待ち合わせしていた人物はこの前メッセージを送ってきた他のクラスの男子だった。


 「それで話って?」

 「そのことなんだけどね、僕と付き合ってください」


 突然男子が花鈴に向かって告白をした。

 その光景を見て、ようやく翔斗はこの胸にある感情を理解できた。

 だ。

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