第8話  膝枕

 「ありがとな」

 「翔斗照れてるね」

 「しょうがないだろ」


 真正面から好きと言われ、翔斗はものすごく照れていた。

 昨日告白はされたが、改めて好きと言われると恥ずかしいものだが、やはり純粋な好意は嬉しく思う。

 だからその分、その好意を返すことができなくて罪悪感があるので、この後どんなことでも花鈴の願いを聞くことで、少しでも返さなければならない。


 「それで、花鈴は何をしてほしいんだ?」

 「秘密。部屋に行ってからのお楽しみ」


 どうやらまだ言いたくはないようなので、無理に追及するのはやめて、今はこの手の温かさを感じることにする。

 手をつなぐ行為はそこまで重要性はないが相手が花鈴だからか、繋いでるだけで幸せな気持ちが湧き上がってくるのを感じた。

 それは花鈴も同じようで、手をつなぎ始めた時からずっと嬉しそうにしていた。

 二人で手を繋ぎ、帰り道をゆっくり歩くこの時間はとても幸福な時間で、ずっと続けばいいのにと思うのだった。

 だが、何事にも終わりは来るもので、この幸せな時間も終わることになる。


 「もう着いちゃったね」

 「そうだな、あっという間に感じた」


 いつもよりゆっくり歩いていたのだが、目的地に花鈴の家に到着した。


 「部屋を片付けてくるから少し待っててね」


 花鈴はそう言って翔斗の手を放し、家へと入っていった。

 翔斗は最初は恥ずかしがっていたが、いざ手を放すとなると名残惜しかった。

 先ほどまであったぬくもりが消え去り、残るのは行き場のない虚空をつかんだ。



 数分後、花鈴がドアを恐る恐る開けてなぜか体を出さずに、顔だけを見せてきた。


 「どうした花鈴?」

 「うん、ちょっとね」


 何かあったかと尋ねるが歯切れな悪い返答が返ってくる。

 花鈴の不自然な行動を訝しんでいると、意を決したように出てきた。

 どうやら花鈴は部屋を片付けたついでに服を着替えたようで、制服から涼しそうなグレーのカーディガンに白く膝まで伸ばしたスカートに変わっていた。

 明らかに部屋着では無い服装に、恥ずかしがっている花鈴の様子から翔斗のためにわざわざ着替えてくれたことは間違いない。

 翔斗もそこまで鈍くはないので、言うべき言葉は分かっていた。


 「花鈴、その服かわいいね」


 素直に翔斗が褒めると、顔いっぱいに笑顔を浮かべて


 「ありがとう」


 と喜んだ。

 その普段とは違う服装に、惚れ惚れするほどの美しい笑みを見て自分の言った言葉は間違いではないと分かった。


 「そろそろ上がってもいいか?」

 「ごめん、待たせちゃったね」

 「大丈夫だ。お邪魔します」


 立ち話もそこそこに久しぶりに花鈴の家に挨拶をして入る。


 「今日は愛華もいないから、のんびりしてていいよ」

 「そうなのか。まあ、愛華も中学生だし忙しいよな」

 「今年は受験だからすごいピリピリしてるよ」


 愛華とは花鈴の一つ下の妹で、翔斗も実の妹のようにかわいがっていた。

 行動的な花鈴とは対照的に、のんびりしている子だった。

 いわゆる天然系なので、ピリピリしていると言われても想像がつかなかった。


 「愛華がピリピリしてる姿が思い浮かばないな」

 「翔斗の前じゃ取り繕ってるから、そうだろうね」


 話しているうちに花鈴の部屋の前にたどり着いた。

 久しぶりに入る女子の部屋なので少し緊張していると、早く入れとと背中を小突かれた。


 「もう、何度も入ったことあるのに何で緊張してるの」


 呆れたように言うが、少し嬉しさ滲ませながら翔斗をからかう。

 翔斗も今更部屋に入るのに緊張している自分に驚いていた。


 「いや、俺にもよくわからない」

 「いいから早く入って」

 「失礼します」


 花鈴に急かされ、一呼吸してから扉を開ける。

 久しぶりにはいる花鈴の部屋は、記憶にある部屋と少し違っていた。

 昔は部屋に物があまりなく地味なイメージだったが、今はかわいいキャラクターの人形や、以前は読んでいなかった漫画や小説などが存在した。


 「へえ、本とか読むようになったんだな」

 「うん、ちょっとね」


 昔は体が動かすことが好きで、インドア系の物にはあまり触れてこなかったので珍しいと思い、どんな本を読んでいるのか見ようとすると花鈴の身体で視界を遮られた。


 「どうした?」

 「なんか、恥ずかしいからダメ」


 近くにあったクッションで顔を隠しながら言われ、改めて昔とは色々な部分が変わっているのだと実感した。

 変化しない人間など存在せず、花鈴も変化しているのだ。

 花鈴の趣味に性格や関係、様々なものが昔とは違う。

 花鈴のことはほとんど知っていると思っていたが、それは間違っていたようだ。

 翔斗が知っているのは幼馴染の花鈴であって、翔斗に告白をした花鈴についてはほとんど何も知らない。


 「花鈴は変わったな」


 いや、変わっていないのは翔斗であり、変わったものを見ようとしていなかっただけなのだ。 


 「そう? 翔斗も変わってるよ。昔よりかっこよくなってる」


 自分では変わっていないと思っても、ずっと翔斗を見ていた花鈴からしてみれば翔斗も変化、成長しているという。


 「ありがとう。花鈴もかわいくなってるぞ」


 まさか、この流れで褒められるとは思ってなかったようで、照れ隠しなのか持ってるクッションで翔斗の身体を叩いてきた。


 「もう、翔斗はそういうところがずるいよ」

 「花鈴も同じだと思うけどな」


 今日分かったことだが、花鈴は自分で褒めたり好きな気持ちを伝えるのは得意だが、翔斗に褒められるのは慣れていないようですぐ照れてしまう。

 昨日までは知らなかったことだ。


 「それで、花鈴のしてほしいことってなんだ?」


 このままでは話が進まないと思い、当初の目的を切り出す。


 「そうだね、翔斗って疲れてる?」

 「ん? まあ、体育で動きすぎたから疲れているけど、それが関係あるのか?」

 「関係あるよ。今からしてほしいことを言うね」

 「おう!」

 「私に、膝枕をさせてください!」

 「へ?」 


 どんな願い事もかなえようと翔斗は意気込むが、花鈴の言葉を聞いて戸惑うのであった。


 「膝枕?」

 「うん」

 「俺がするんじゃなくて?」

 「それも捨てがたいけど、今回は私がするの?」


 今度はそれをお願いしようと呟きながら、正座をし始める花鈴。

 翔斗はまだ戸惑っていた。

 翔斗が何かをするために来たのに、これでは翔斗がしてもらうことになる。


 「何か他のしてほしいことはないのか? それだと俺がしてもらうことになると思うんだが」

 「さっき、翔斗は何でもしてくれるっていたよね?」

 「ああ言ったが……」

 「嘘つくの?」


 そう言われてしまえば断ることはできない。

 まだ何か違うと思いながらも、渋々言うことに従い膝に頭を乗せようとするが、そこでようやくとんでもないことをしているのではないかと気づいた。


 「やっぱ花鈴ちょっと」

 「もう、早くして!」


 頭を手で無理やり押され、そのまま花鈴の膝にダイブする。

 

 「さあ、私の膝で思う存分寝なさい」


 花鈴に急かされ、仰向けになるがいかんせん、視界が悪かった。

 悪くはないのだが、男の子的に悪かったのだ。

 仰向けになると花鈴のふくよかな胸を直視することになり、とても耐えられなかった。

 目の前の絶景に頭を柔らかく包む膝の感触に、翔斗の顔はゆでだこのように赤くなるのだった。


 「花鈴、ちょっと向きを変えていいか?」

 「いいよ」


 翔斗が仰向けでは寝れないと思ったのか許可をくれる。

 位置を変えようともぞもぞすると、くすぐたかったのか体を抑えられた。


 「くすぐったいからやっぱりじっとして」

 「いやちょっとこの体勢は……」

 「だめ。そう言ってくすぐるんでしょ」


 純粋に位置を変えようとしての行為だったが、花鈴は翔斗はくすぐっているのだと思い動かすのを断った。

 そのせいで目の前にはありんの服越しではあるが、お腹がありいい匂いをよく感じることにより精神がよりもたなくなった。

 

 「お疲れ様」


 翔斗がどうにかして体勢を変えようとした時、花鈴が頭をそっと撫でてきた。


 「どうした?」

 「いや、翔斗の頭を見てたら撫でたくなっちゃった」

 「体育の後だから汗臭いと思うぞ」

 「翔斗のなら平気だよ」


 そういって何度も優しい手つきで、いとおしそうに翔斗の頭をなで続けた。

 次第に疲れも残ってたのもあり、眠くなってきた。


 「寝てもいいんだよ」


 優しく包み込まれるような安心感を感じながら、翔斗は眠ってしまった。


 「おやすみ」


 

 翔斗は頭に感じる柔らかな感触で目を覚ました。

 目を開くと目の前には花鈴のお腹があり、頭にはふくよかなものが押し付けられていた。

 思わず叫びながら飛びのこうとしたが、規則的に聞こえてくる呼吸音に気が付いた。


 「眠ったのか」


 膝枕をしているとできることは限られているので、手持ち無沙汰になったのか眠てしまっていた。



 「花鈴?」


 呼びかけてみるが深く眠ってしまっているようで反応がない。

 そこで翔斗はあることを思いつき実行に移す。

 花鈴が倒れないように背中を支えながら、頭を膝から抜いて花鈴の頭を自分の膝に乗せた。

 そう、今度は翔斗が花鈴に膝枕をしているのだ。


 「いつもありがとうな。俺はお前に助けられてばっかりだな。でも、俺はちゃんと花鈴のことが好きなんだ」


 眠っていると思い、起きている時には言えないことを口にする。

 いつか起きている時にもう一度この言葉を言えるように決心するのだった。

 花鈴の耳が赤くなっていることにも気づかずに、翔斗は花鈴が目覚めるまで膝枕を続けた。

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