第7話 繋ぐ気持ち

 「なあ、蓮」

 「なんだ、翔斗」


 今は体育の時間でいつものように体育館で準備運動をしているとこだが、いつもと違うところが一つある。


 「すげー視線感じるんだけど、気のせいかな?」

 「いや、気のせいじゃないぞ安心しろ」

 「やっぱりか……」


 ともに準備運動をしている男子たちから、ものすごい嫉妬の視線を感じるのだった。

 花鈴に言われたこともあり、直接的には何もしてこないだろうが翔斗よりも活躍していいところを見せてやろうという魂胆が見え見えだった。

 普段このように注目を浴びることがほとんどないので、中々やりづらかった。


 「頑張るって決めたし、弱音を吐いてばっかじゃいられないな」


 頬を叩いて気合を入れなおす。

 そうこうしているうちにセットされていたタイマーが鳴り、準備運動の時間が終わる。


 「怪我だけはすんなよ」

 「気を付ける」


 蓮の心配を有難く受け取りながら、チーム分けがされていく。

 体育の授業は二クラス合同で男女別で行われている。

 翔斗と同じクラスの人たちはあまり心配しなくてもいいが、他のクラスの人は翔斗と花鈴の関係をまだ知らないので注意が必要だ。


 「よろしく」


 同じクラスどうしでチームが決定したので、早速挨拶する。

 残念ながら、蓮とは別のチームだった。


 「本当はお前と協力したくないが、鈴野さんのためだ今回は協力してやる」


 渋々ながらも、授業でもあるので協力してくれるようだった。

 協力してくれなければ活躍するという目標も叶わないところだったので、ほっと胸をなでおろす。


 「それに、お前といれば鈴野さんが見てくる。それでお前より活躍すれば、俺にもワンチャンあるかも……」


 前言撤回、こいつらは自分のことしか考えていないようだった。

 

 「この中で経験者はいるか?」

 

 とりあえず、確認をとるが誰も手をあげなかった。

 翔斗のクラスは運動部に所属している人が少ないので、予想はしていた。


 「じゃあ、俺がボールを運ぶからそこからはパスを回していこう」

 「分かった」


 もし、経験者がいれば翔斗を活躍させないためにボールを渡さない可能性があったが、幸いそれは無いようだった。

 チームでの話し合いが終わり早速試合が始まる。

 一試合五分で間に一分の休憩を挟むので、二試合目の翔斗たちはだった。

 他のチームの試合が始まり、ドリブルする音、切り返すときの靴の音などが体育館に響き渡る。


 「懐かしいな」


 この中にいるとどうしても中学時代を思い出してしまう。

 どれだけ努力しても報われなかった三年間を。

 そんな感傷に浸っているうちにあっという間に試合は終わり、翔斗たちの順番になった。


 「今はそんなことを考えている場合じゃないな。しっかりしろ俺」


 意識を切り替えて、目の目の対戦相手に集中する。

 笛の音と共にジャンプボールが始まる。

 ボールは運よく翔斗の元へ弾かれたので、それをキャッチして顔をあげると、翔斗の元へ三人も駆け寄ってくるのが見えた。


 「いきなりかよ」


 試合開始から容赦なく翔斗を潰そうと、ディフェンスが迫ってくる。

 さすがに、一人で三人抜くのは無理かと諦めそうになった時、翔斗の心を奮い立たせる一言が聞こえてきた。


 「翔斗! 頑張れ!」


 声のした方向をチラ見すると、休憩中の花鈴が手を振って翔斗を応援する姿が見えた。


 「ははっ」


 思わず笑みがこぼれ、入りすぎていた力が全身から抜け、状況を冷静に分析する。

 三人走ってきているが同時ではない。

 息を短くはき、右へフェイントを入れてから左に抜き去る。


 「何!」


 まさか簡単に抜かれると思っていなかった二人目を、動揺しているうちに抜いていく。

 三人目もやってくるが、二人抜いてスペースが十分にあるので横に揺さぶりをかけてから抜き去る。


 「あっ」


 まさか三人がかりで止められないとは思っていなかった残りの選手は、慌てて止めようとするがもう間に合わない。

 落ち着いて正確にシュートをして点を決める。

 すると


 「翔斗ー!」


 点を決めた翔斗よりも喜ぶ花鈴の歓声が聞こえてきた。

 振り返り、笑顔で手を振り再び試合に集中する。

 結果で言えば、三人抜いたことで自信が付いた翔斗を止めることができずに大量得点をして翔斗たちが勝った。


 「やるじゃねえか」

 「ありがとう」


 休憩に行くと蓮から声をかけられ、笑いながらハイタッチする。

 まさかこんなにも動けると思っていなかったようで周囲は驚いていたが、誰よりも翔斗自身が一番驚いていた。

 中学時代下から数えた方が早く、全くと言っていいほど活躍をしてこなかった自分がこんなことになるとは思ってもいなかった。

 かっこいいところを見せようとは思っていたが、本当に見せれるとは思っていなかった。


 「残りも頑張りますか」


 その後も自信がついた翔斗を止めることができずに、全勝するのだった。


 「怪我のないように。では、また明日」


 帰りのホームルームが終わり、次々と教室を出て行くクラスメイトに対して翔斗は机に突っ伏していた。


 「おい、大丈夫か?」


 蓮が心配してくれるが、疲労でろくに動けなかった。

 体育の授業ではしゃいでしまい、久々のまともな運動ということを忘れ、筋肉を酷使した結果全身の疲労で動けなくなったのだ。


 「つかれたー」

 「まあ、あんだけ動いてりゃそりゃそうなるよな。でもよかったな、活躍できて」

 「ああ、それは良かったんだけど、ここまで体がなまってるとは思わなかった」


 部活を引退してからはろくに運動をせず、家でぐーたらしていたつけが回ってきたようだ。


 「俺はもう少し休んでから帰るから、今日は先帰っててくれ」

 「おう、また明日な」


 蓮を手を振って見送った後、翔斗は限界が来て眠ってしまった。

 その後翔斗は頬に何かが当たる感覚で目覚めた。


 「んん?」


 目を開くと、翔斗の頬を指でつついていた花鈴と目が合った。


 「おはよう翔斗」

 「おはよう花鈴。……花鈴?」


 目覚めたばかりで頭が働かないので、状況把握に手間取っている間にも、花鈴は翔斗の頬をつつき続けていた。

 その花鈴の様子は何か普段と違和感があったが、何かは分からなかった。


 「とりあえず、ほっぺをつつくのやめてほしんだけど」

 「えーちょっとくらい、いいじゃん」

 「俺の予想だと、すでに大分触ってると思うんだけど」


 のんびり会話していくうちに、ようやく頭が回り始めた。


 「俺は寝てたのか」


 体を起こすと変な体制で寝ていたようで、あちこちが痛かった。


 「そうだよ。ホームルームが終わるなりさっさと寝ちゃってたよ」


 そういえば、体育の疲労で眠ってしまったのを思い出した。


 「体育頑張ってたもんね。翔斗かっこよかったよ」

 「花鈴が応援してくれたからな」


 照れながら言っていると、あることにも気づいた。


 「もしかして、花鈴は俺が起きるのををずっと待っててくれたのか?」


 寝た時を知っていて、目覚めた時も目の前にいたとなるとどれだけ待たせてしまったのだろうか。

 慌てて時計を見ると、時計の長針は五を指していた。


 「二時間弱は寝てたのか、待つくらいだったら起こしてくれればよかったのに」

 「最初はそう考えたんだけど、翔斗の寝顔が可愛くて見てたらこんなに時間が経ってたんだ」


 花鈴は気にしないようにそういうが、待たせてしまったことには変わりない。

 何か自分にできることはないか考えるが、思いつかなかったので本人に聞くことにした。


 「なあ花鈴」

 「何?」

 「何かしてほしいことあるか?」


 翔斗がそう言うと、不思議そうな目で見つめてきた。


 「翔斗がそう言うのって珍しいね。急にどうしたの?」


 正直に言うか迷ったが、今更隠し事をしてもしょうがないと思い素直に話す。


 「今日はこんなに待たせちゃったし、玲奈のことで色々世話にもなったから何かお礼ができないかと思ってな」


 少し照れ臭そうに言うと、なぜか自分が間違えたことを言ったような気がした。

 自分でもおかしいと思うが、周囲の温度が下がったと錯覚するような寒気に襲われた。

 恐る恐る花鈴の顔を見ると、口元は笑顔のままだが目が、影が差した黒い瞳が翔斗をじっと見つめていた。


 「えっと、花鈴さん?}

 「何かな?」

 「もしかして、怒ってますか?」

 「怒ってないよ」


 花鈴は否定するが、絶対に怒っていた。

 いつも優しく笑顔で接してくれる花鈴が、こんな表所をするのは珍しい。

 つまり、翔斗がそれだけの失言をしたのだろう。

 自分の先ほどの言葉を思い返すが、何も花鈴を怒らせるような発言はなかったはずだ。

 ただ、玲奈のことで世話になったお礼を……ようやく花鈴が何に怒っているかが分かった。

 

 「花鈴、機嫌を直してくれ」

 「じゃあ、私が何に対して怒ってるか当てたら許してあげる」

 「雨宮さんのことを名前で呼んだからだろ」


 そう、今まで翔斗は雨宮玲奈のことを雨宮さんと呼んでいた。

 一度だけさん付けし忘れたことがあったが、それでも花鈴の前で下の名前で呼んだことはなかった。

 翔斗がそう言うと、花鈴は当てられたことに驚いているようだった。


 「よくわかったね」

 「俺がどれだけお前といると思ってるんだ。それくらいわかるさ」


 そう言うと花鈴は嬉しそうに笑った。

 やっぱり花鈴は笑っている方が似合うと翔斗は思いながら、改めて何をしてほしいのか尋ねるのだった。


 「それで、花鈴は俺に何をしてほしい?」

 「急に言われてもね……そうだ! これから私の部屋に来てよ」

 「花鈴の部屋に?」

 「そう、そこで私のお願いを聞いて」


 何をするかわからなかったが、特に断る理由もないので花鈴の家に向かうことになった。

 途中で終わっていた帰り支度を済ませ学校を出る。

 花鈴は嬉しそうに綺麗な黒髪を揺らしながら、翔斗の横を歩く。

 そこで、翔斗はいつもと違う点に気が付いた。


 「そういや、今日はポニーテールじゃないんだな」


 いつもの花鈴の髪形はポニーテールだったのだが、今日はストレートだった。


 「気づいたんだ、てっきり翔斗は気が付かないと思ってたよ」

 「さっきから違和感があると思ってたんだ。髪型を変えたのは体育の後か?」

 「正解」


 起きた時に感じた違和感の正体がようやくわかった。

 とはいえ、どんな日もポニーテールから変えなかった花鈴がなぜ今日は買えたのか疑問に思った。


 「なんで髪型を変えたんだ?」

 「えっとね……」


 いうかどうか考えているようだったので、急かさないように花鈴が話し始めるまで待った。


 「玲奈ってポニーテールでしょ」


 突然玲奈が出てきて驚くが、気にせず肯定する。


 「そうだな、でもそれがどうした?」

 「あのね、翔斗はポニーテールが好きなのかなって思って、ずっとしてたんだ」


 その時雷に打たれたような衝撃が走った。

 花鈴は翔斗が好きな玲奈と同じ髪形を今までしてたということだ。

 少しでも翔斗の好みに合わせようと、必死に努力をしていたのだ。


 「そうだったのか」

 「でもね、もう真似はやめて私自身の魅力で翔斗を落とそうと思ったんだ」


 笑いながら花鈴は話すが、どこか不安そうに思えた。

 突然髪形を変えたことで、似合わないと思われたらなどと考えているのだろう。


 「花鈴その髪型も似合ってるぞ」


 ならば翔斗はその不安をなくさなければならない。


 「ほんと?」

 「ああ、ポニーテールの時とは違って少し大人っぽく見える。どっちもかわいいぞ」


 可愛いというのは少し照れたが、花鈴の不安を取り除くためなら何度だって言う。


 「だから花鈴も自信を持ってくれ」


 翔斗が真っすぐ目を見て言うと、花鈴の瞳はうるんできてそっぽを向かれてしまった。


 「花鈴?」

 「ちょっと待って」


 花鈴の声は少し、涙声のように聞こえた。


 「もしかして、泣いてるのか?」

 「うるさい。ばか」


 正解だったようだが、なぜ泣いているのかはわからなかった。


 「何か気に障ることでも言ったか?」


 花鈴を泣かせ続けるわけにはいかないので、泣いているわけを聞く。


 「ううん、逆」

 「逆?」

 「嬉しくて泣いてるの。翔斗の褒められたくて髪型を変えたんだけど、本当に褒められるとは思ってなかったから」


 思い返せば翔斗は花鈴をあまり褒めてはこなかった。

 幼馴染だからお互いの考えていることは伝わっていると思っていたが、言葉にしなければ気持ちは伝わらないのだ。

 そのことを昨日知ったはずなのに、まだわかっていなかったようだ。


 「ごめんな花鈴。不安にさせてたんだな」

 「翔斗は悪くないよ。私が勝手に不安になってただけだから」


 翔斗は自分をもっと変えていかなければならないと決心した。

 もう花鈴を不安にさせないように、泣かせないように。

 花鈴は泣いている顔よりも、笑っている顔の方が何倍も似合う。

 だから今から翔斗は花鈴を笑顔にしなければならない。

 やり方はもう知っている。


 「花鈴」

 「翔斗?」


 花鈴に向かって左手を伸ばす。

 最初はその行動の意味が分からなかったようだが、理解すると驚きの表情で俯いていた顔を上げた。


 「これって?」


 期待するような表情で翔斗は見つめられ、その期待に応える。


 「手をつながないか? 朝は結局そこまで手を繋げなかったし、腕を組むのは少し恥ずかしいからさ」


 翔斗が耳まで顔を赤く染めながらも話すと、花鈴は先ほどまでの悲しそうな顔が一転、花が咲いたような笑顔に変わった。


 「うん!」


 勢いよく翔斗の手をつかんで強く握った。


 「痛い痛い、力強いって」

 「だって、もう離したくないんだもん」

 「大丈夫だよ。何回だってつないでやるさ」


 そう言うと、花鈴は思わず見惚れてしまうような笑顔で


 「翔斗大好き!」


 というのだった。

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