第6話 惚れられた責任

 「それじゃあ、私飲み物買って帰るからまたね」

 「うん、色々ありがとう」

 

 お礼を言い玲奈と別れ教室へ向かう翔斗は、自分に視線が向けられているのに気づいた。

 理由はおおよそ検討はついていたが、教室へ入るとその理由がはっきりした。


 「おい、翔斗! 鈴野さんと腕を組んで投稿したって本当か?」

 「仲良く手をつないで教室に入ったのを俺は見たぞ!」


 視線の理由は予想通り朝の花鈴と仲良く登校した件だった。

 今朝は登校している人が少なく数人から視線を浴びるだけだったが、昼休みになる間にうわさがどんどん広がっていき、公の事実になっていたようだった。


 「皆一旦落ち着け」


 興奮気味に押し寄せてくるクラスメイトを、なんとかなだめようとするが抑えるのは無理だった。


 「おい、俺たちの女神を盗る気か!」

 「抜け駆けは許さないぞ!」


 教室に花鈴はいないので、言いたいことを思う存分翔斗にぶつけているようだった。

 それも仕方がないことだろう、花鈴はこの学年の中でも一、二を争うほどの美少女だ。

 今までは普通の幼馴染として接してきたので、あまりそう思うことはなかったが、改めて一人の女性として見るとても美人でかわいらしいとと翔斗も思うほどだ。

 告白をすべて断ってきたそんな彼女が、男と腕を組んで仲良く登校してきたとなればどんな関係か知りたくなるのは当然だろう。

 だが、花鈴がいないこの場で翔斗がどれだけのことを反していいのかが分からなかったので、最低限のことだけ伝えることにした。


 「ちょっと聞いてくれ。俺と花鈴は幼馴染なんだ」

 「幼馴染? お前と鈴野さんが?」

 「ああそうだ」


 幼馴染という言葉で興奮していたクラスメイト達は少し落ち着いたようだったが、次の質問で再び敵意が増した。


 「付き合ってるのか? 腕を組むほど仲がいいんだよな」

 「あれは……ちょっとしたスキンシップだ。付き合ってはいない」

 「本当か?」

 「本当だ。信じてくれ」

 「わかった」


 自分でも苦し言い訳だと思ったが、それよりも付き合っていないことの方が重要だったようで何とか見逃された。

 まだ、付き合っていると疑われているようだったが今まで学校ではそこまで花鈴とは関わっていなかったこともあり、一応納得はしてくれたようだった。

 自分の席に戻り一息をついていると、隣からにやにや笑うやつが話しかけてきた。


 「よお、翔斗。大変そうだな」

 「ああ、いったん落ちついたけど、居心地が悪い」

 「しょうがねえよ。学年のマドンナと腕を組んでたんだから、むしろこれくらいで済んでるのが奇跡だぜ」


 噂ではファンクラブもあると聞いたことがあるので、誇張しすぎというわけではないだろう。


 「つかの間の休息を楽しむとするよ」


 時計を見ると昼休みはもうすぐ終わりそうだったが、昨日はあまり眠れていなかったので次の授業が始まるまで軽く寝ようと思った時、教室が騒がしくなった。

 眠い目をこすりながら顔をあげると、騒がしくなった理由が分かった。


 「鈴野さん、柊と幼馴染って本当ですか?」

 「うん、本当だよ」


 花鈴が教室に戻ってきて男子たちから質問攻めにされていたのだった。

 質問の内容は先ほど翔斗にしたものとほとんど同じもので、花鈴も聞かれることは分かっていたようで次々と答えていく。

 これなら問題ないと思い眠りにつこうとした時、花鈴からとんでもない爆弾が投下された。


 「付き合った居ないのも本当ですか?」

 「うん、昨日告白したけど翔斗に振られちゃったんだよね」


 思わず耳を疑った。

 自分の気のせいだと思い、隣の蓮に聞く。


 「今花鈴なんて言った?」

 「昨日お前に告白して振られたって言ってたな」

 「聞き間違いじゃなくて?」

 「はっきり聞いたぞ」

 「oh、まじか。グッバイ俺の休息」


 次の瞬間一斉に翔斗に視線が向き、突進するように集まってきた。



 「おい、翔斗どういうことだ!」

 「振ったってどういうことだよ!」

 「何で振ったんだよ、馬鹿かお前!」

 「それでも男か!」


 翔斗に降りそそぐは罵詈雑言の嵐。

 好き放題言われ、挙句の果てには男が好きなのかと疑われる始末。

 なんて言えば納得してもらえるのか考えたが、無理だと悟った。


 「蓮、へるぷ」

 「悪い、トイレ行ってくる」

 「裏切り者め」

 

 頼みの綱の蓮にも裏切られ逃げ場がなくなってしまった。

 周囲を取り囲む男子たちのものすごい剣幕に思わずたじろいでしまう。

 とりあえず弁明をするが、あまり聞いてくれるようには思えなかった。


 「えーっと、とりあえず嘘はついてなかったろ」

 「そういう問題じゃねえよ、何で振ったんだよ」

 「色々事情がありまして」

 「てか、それほど仲良かったのかよお前ら」

 「まあ、幼馴染だしそれなりに交流はあるよ」


 面倒な連中だ、先ほどは付き合っていないか確認をしていたのに、今度はなんで断ったかしつこく聞いてくる。

 こういうのに対応するのは苦手だ。

 むしろ得意なやつがいるのか知りたいくらいだった。

 これ以上は好きな人がいたからというしかおさまりがつかないようだったが、翔斗が言ったことでレイナに迷惑がかかることは避けたい。

 勘のいい人なら、今までの翔斗の行動から玲奈のことが好きだということに気づくかもしれない。

 だから、玲奈に迷惑をかけずに解決させたかった。

 そんな困っている翔斗をすくったのは、今この状況を作った花鈴だった。


 「皆翔斗をいじめないであげて」

 「でもこいつが」

 「何? 私と翔斗が仲良くしてて何か問題あるの? 翔斗が私の告白を振ったのもだって、私たちの問題。あなたには関係のないことでしょ」


 花鈴の言葉は「お前らには関係がないからすっこんでいろ」と遠回しに言っているようなものだった。

 男子たちの心を折るにはそれで十分だった。


 「あ、すみません」


 さらにタイミングよく、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響き、先生が入ってきた。


 「お前ら何ごちゃごちゃしてる。早く席に着け、授業を始めるぞ」


 さすがに、授業をボイコットしてまで追求する元気はなかったようで、自分の席へ帰っていく。

 さらに追い打ちをかけるように、とどめの一言が花鈴の口から放たれた。


 「翔斗に何かしたら許さないから」


 男子たちのもしかしたら自分にも可能性があるかもという儚い希望が打ち砕かれた。

 花鈴の言葉は完全に恋する少女のもので、振られてもなお、翔斗のことが好きだということはクラスの全員が理解した。

 次の授業は男子たちが燃え尽き、いつもより静かに授業が行われた。


 「お前の幼馴染すごいな」

 「俺も驚いている」


 授業中に小声で蓮が話しかけてきて、それに翔斗も同意する。

 今回のことで、花鈴が翔斗のことを好きだということは広まるだろう。

 そうすれば、人目を気にすることなく翔斗にアタックすることができる。

 そのうえで、翔斗をいじめるようなことをすれば、花鈴から嫌われることが周知の事実となった。


 「俺をかばいつつ、アタックできる環境を整えるとかすごいよ」

 「正面からああいわれたら、諦めるしかないよな。ああそうそう、次の授業覚悟した方がいいかもな」

 「なんで?」

 「体育だからな」

 「あっ……そうだった」


 今翔斗たちが行っている種目はバスケットボールで、このクラスには何人かバスケ部の所属している。

 そして、今日の授業では試合を中心にやると言われていたのでどんなことになるかは簡単に想像がついた。


 「徹底的にマークされるぞお前」

 「だよな」


 思わずため息をつく。

 先ほど花鈴に言われたことによって、いじめられるようなことはなくなったが、スポーツとなれば別だ。

 正々堂々ルールにのっとっているので、多少荒くなっても仕方がないと言い訳できる。

 翔斗のシュートを止めたり、ディフェンスを簡単に抜き去れば、情けないところを花鈴に見せることができるだろう。

 それは翔斗としても避けたかった。


 「お前も中学じゃバスケやってたんだし、そこそこ行けるだろ」

 「まあな、でもお前も知ってるだろ」


 翔斗は中学でバスケ部に所属していて、三年の時には県大会にも出場していた。

 だが、肝心の翔斗はスタメン入りはしたことがなく、三年間ベンチ要因だった。

 公式戦に出たのも点差がついてからで、活躍もろくにできず引退した。

 あまり部活にいい思い出がないので、高校では帰宅部だった。


 「でも、そうだな。情けないところを見せるより、かっこいいところを見てほしいよな」

 「誰だってそうだろ。三年間やったことは決して無駄にはならないし、今日くらい活躍しろよ。応援してるぜ」


 蓮は親指を立てていい笑顔で言い切る。

 翔斗ならできると信じ切っているのだった。

 

 「ありがとう。おかげで気合が入った。いっちょ花鈴にかっこいい所見せてやりますか」


 忘れるところだった、花鈴にも堂々としていろと言われていたのだった。

 かっこいいところを見せるのが、惚れられた男の責任だ。

 バスケにあまりいい思い出はないが、それでも好きでいてくれる花鈴のために頑張ろうと決意するのだった。

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