第5話  新たな一歩

 「ねえ、一体どういうつもり」


 背後は壁で逃げ場がなく、顔の横に両手を押し付けられまともに動くことができず、いわゆる壁ドンをされているのだが、本来の壁ドンとは逆で男性の翔斗がされる側だった。


 「ちゃんと説明するから、いったん手をどけてくれないか雨宮さん」


 今翔斗に壁ドンをしているのは雨宮玲奈で、翔斗は問い詰められてた。

 翔斗はなんとかなだめようと必死になりながら、なぜこんな状態になったか思い出していた。





 「扉の前で止まらずにさっさと入れ」


 これから起こる未来を受け入れることができずに、教室の前で止まっていると後ろの蓮に背中を押されつんのめりながら教室に入った。


 「お前らふざけてないでさっさと席に着け。もうすぐチャイムが鳴るぞ」


 幸いにも教室にはすでに先生が来ていて、大半の生徒が座っていた。


 「すみません、すぐに座ります」


 先生に謝りながら、二人がいる場所になるべく視線をやらずに自分の席へ向かう。

 翔斗と蓮が席についてすぐにチャイムが鳴り、ホームルームが始まった。

 今日の予定と連絡事項をおとなしく聞いていると、横腹をつつかれそちらに視線を向けると蓮が翔斗の後ろを指さしていた。


 「なんだよ」

 「いいからあっち見てみろ」


 翔斗の質問には取り合わず、ただ見ろと指さしてくる。

 いったい何なんだと思いながら指さして方向を見た翔斗は、すぐに顔を前に戻した。


 「めっちゃ見てただろ」

 「ああ、ビビった」


 蓮が指さした先を見ると、雨宮が翔斗をすごい目で見ていて思わず目をそらしてしまった。

 その目には普段の優しさはなく、純粋な怒りがこもっていた。

 その時点で嫌な予感しかしなかったが、ホームルームが終わり休憩時間になるとその嫌な予感は現実のものになった。


 「柊くん、昼休み時間ありますか?」


 授業の準備をしていると、予想していた人物から声がかけられ顔をあげるとやはりいつもとは様子の違う雨宮が立っていた。


 「雨宮さん、おはよう」

 「おはようございます。それで返事は?」


 とりあえず挨拶をして、話を変えようとしたがすぐに返事を要求され話題を変える余裕がなかった。

 おとなしく裁かれようと思い、諦めて返事をした。


 「はい、時間は空いています」

 「それなら昼休みになったら、昨日の場所に来てください。話したいことがあります」

 

 昨日の場所とはおそらく昨日翔斗が告白をした場所だろう。

 あそこならば人はほとんど寄り付かないので、内緒話にはぴったりの場所だ。

 だからこそ翔斗は憂鬱な気分になった。

 自分が蒔いた種なのは分かってはいるが、気分が重くなるのは避けられない。


「分かりました」

「では待ってます。逃げないでくださいね」


 雨宮は去り際に釘を刺して自分の席へと戻っていった。

 翔斗は深くため息をつき、机にのしかかる。


 「なんだって?」


 隣からにやにやしながら話の内容を聞かれイラっとしたが、全部自分が悪いのでため息交じりに説明した。


 「昼休みに話があるだって」

 「あーご愁傷さまです」

 「てめー他人ごとだと思って」

 「いやー実際他人ごとだし。俺関係ないし」


 確かにそうだが、むかつくことには変わりない。

 だが殴るわけにもいかないので、背中を軽く叩くだけで済ませた。


 「それで、行くのか」


 さっきまでとは雰囲気が変わり真面目な顔で聞かれた。


 「行くよ。それが俺のやるべきことだからな。それで何を言われても仕方がない」

 「そうか、頑張れよ」


 先ほどのお返しとばかりに肩を叩かれるが、文句を言う元気もなかった。

 その日は中々授業に身が入らなかったが、何とか乗り越えて昼休みになった。

 重い足取りで昨日の場所へ行くと既に雨宮はいたようで、声をかけた。


 「悪い、待たせたな」

 「柊くん。いえ、こちらこそ呼び立ててすみません」


 あいさつもそこそこにして早速本題に入る。


 「それで話ってなんだ」

 「そうですね、単刀直入に聞きますけど花鈴とはどういう関係なんですか」


 やはりそれか、予想はしていたがいざ聞かれると言葉に詰まる。


 「そうだな、あまり周りには言ってなかったが幼馴染なんだ」

 「幼馴染……」

 「そうだ、家も近所なんだ」

 「そうですか。幼馴染というだけで、腕を組んだりするのですね」


 バレていたようだった。

 それが表情に出ていたのか雨宮はぐいぐいと翔斗に近寄ってくる。

 思わず後ずさりしていくうちに壁にぶつかり両手が顔の横に添えられ、回想は終わる。


 「全部話すから、このままだとさすがに話しにくいからお願い」


 翔斗が懇願すると、渋々と言った様子で手をどけてくれた。

 そして、さあ放せと言わんばかりに腕踏みをして翔斗を待つ。

 観念して最初から話し始めた。

 花鈴に慰められたこと、告白されたこと、そしてそれを断ったことを。


 「それでも花鈴は諦めずに俺を虜にするって言って、俺はそれを受け入れた。これで話は終わりだ。節操なしとか非難する言葉を受ける覚悟はできてる」


 翔斗は全て話し、雨宮がどのような表情をしているのか盗み見る。

 雨宮は目をつぶり何か考えているようで、その顔には形容しがたい様々な感情が巡っていることが分かった。

 やがて、永遠にも思える時間は雨宮が口を開いたことによって終わりを告げた。

 

 「正直に話してくださりありがとうございます」

 「俺にはそれぐらいしかできないからな。でも、信じてくれるのか?」


 翔斗が言っていることはすぐに納得するのが難しいことだということは分かっていたので、こんなにもすんなり納得されるのが不思議だった。


 「ええ、だってその話は花鈴から聞いていましたから」


 翔斗は思わず耳を疑った。

 花鈴から聞いていた……そのうえで試したということか。


 「それっていつ聞いたの?」

 「昨日の夜です。あなたが花鈴を振ったが、諦められないので自分からアタックすると言われました。別に私に言う義理はないと思うのですが、花鈴らしいですね」


 言われてみれば、何も言わずにアタックするのは花鈴らしくない。

 周りに気を使いすぎる性格なのに、玲奈に何も言わずに翔斗と接するのは好まないやり方だ。

 だが、全部話したうえでやるのなら花鈴らしい。


 「そうだったのか、俺には何も言ってなかったのに」

 「私が頼んだんです。柊さんには何も言わないようにと」

 「なぜ?」

 「あなたが花鈴にふさわしいかどうか見極めるためです」


 目を細めて厳しい視線で見つめられる。

 玲奈は花鈴と仲が良く、たまに遊んでいる。

 なのでよく花鈴から玲奈の好みを聞いたりしていた。


 「私は花鈴には幸せになってほしいんです。なので、告白をして振られたその日に別の女性と付き合うような男性は絶対に私が許しません」

 「それで、お眼鏡にかなったのかな」

 「私が言うのはおこがましいですが、合格です。あなたが私のことをまだ好きだということも聞いています」


 先ほど翔斗は花鈴の告白を断ったことは説明したが、その理由は話していなかった。

 だが、花鈴がそのことも隠さずに話していたようだった。


 「そうだ、俺は正直に言えばまだ未練がある。でも、早く諦めて花鈴と向き合いたいと思っている」

 「私もあなたの気持ちにこたえられないのは少し、罪悪感があったのであなたにも幸せになった欲しいと思っています。花鈴は私の親友です」

 「俺の大切な幼馴染だ」


 今翔斗と雨宮の考えは一致している。

 二人は告白をしてそれを断った仲だが、それはもう過去のものだ。

 お互いそれを理解して次のステップに上がろうとしている。

 幸いお互い花鈴が大切という気持ちは同じだ。

 ならば、今すべきことは。


 「俺と友達になってください」


 関係の清算だ。

 このままいれば、ずっと翔斗は雨宮のことを忘れられないだろう。

 例えいつか花鈴と付き合ったとしても、心のどこかでは雨宮のことを考えてしまう。

 それでは花鈴に失礼だ。

 だから、友達と口に出すことで告白をした、されたの関係をなくしたのだ。


 「ええ、こちらこそお願いします。花鈴のことお願いしますね」


 雨宮も微笑んでそれを承諾する。

 今思えば雨宮は全てを知っていたうえで、翔斗と花鈴のことを思って行動に移してくれたのだろう。

 だからちゃんとお礼を言わなければならない。


 「ありがとう」

 「私はただ花鈴にふさわしいかどうか確かめようとしただけです。お礼を言われるようなことをした覚えはないです」


 雨宮はそれを口にはしない。

 翔斗に気を使ってのことだろう。

 翔斗の周りにはこんなにも優しい人たちがいる。

 蓮も状況が複雑になった翔斗の話を聞いてくれ、普段通り接してくれたし。

 花鈴も翔斗の気が回らなかったことまで知らないうちにしてくれていた。

 だからその人たちのためにも、恩に報いなければならない。


 「それでもありがとう。俺と花鈴のことを考えてくれて」

 「わかりました。感謝はきちんと受け取りました。それで終わりです」

 「ああ、それでいい。ありがとう雨宮さん」


 やっぱり彼女は優しい。

 普通振った相手にここまで優しくはできない。

 本当に好きになった相手が彼女でよかったと心の底から思うのだった。


 「名前でいいですよ」

 「えっ?」

 「友達同士なのですから、名字はおかしいでしょう」

 「そうだな。玲奈これからよろしくな」

 「こちらこそよろしく翔斗さん」


 こうして翔斗と玲奈は新たな一歩を踏み出したのだった。

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