第4話 現状把握

 二人仲良く通学路を歩み学校が近づいてくるほど、周囲に学生が増えてきていた。

 花鈴は美人で人当たりのいい性格なので男女問わず人気で、学校が始まって数か月しか経っていないというのに何度も告白をされているようだった。

 翔斗と花鈴が幼馴染ということを知っている人は少ないので、こうして二人並んで歩いているととても注目を浴びていた。


 「あの、花鈴」

 「何?」


 ためらいがちに隣の花鈴に声をかけるが、当の本人はきょとんした様子で今の状況を分かっていないようだった。


 「言いにくいんだけど、めっちゃ目立ってる」


 思い切って伝えると花鈴は少し周りを見た後納得したように頷いてから、少し降格を上げて翔斗の腕を組んできた。


 「うわっちょっ、花鈴!」


 一緒にある家居るだけで目立っていたのに、腕を組んだ今は殺意のこもった視線や嫉妬の目で見られていた。


 「気にしないでいいから」


 花鈴は笑顔でむしろ見せつけるように堂々と歩いていき、それに引っ張られる形で翔斗も学校へ入っていくのだった。

 校内は通学路の比ではない数の学生がいて、その誰もが翔斗たちを見ていた。


 「あのーそろそろ腕を放してもらえませんか?」


 翔斗がためらいがちに言うと、花鈴は迷子の子供のような不安そうな顔をして、上目遣いで首を少し傾け、上目遣いで瞳を潤ませて呟いた。


 「だめ?」


 その仕草は翔斗のハートをど真ん中で打ち抜いていき、駄目なんてとても言えなかった。

 その仕草に心を打たれたのは翔斗だけではなく、周りの様子をうかがっていた男子ももれなく打ち抜かれていた。


 「可愛すぎる……」

 「天使だ、天使がここにいるぞ」

 「ああ、神よ、ここが楽園なのですね」


 などと頭のおかしなことを言い始めるやつらもいた。

 翔斗はそんな人たちのように現実逃避をすることはできず、意識を必死に保ちながら返事をした。


 「だめ……じゃない。花鈴がしたいなら俺は別にいいよ」


 必死に言葉を探して答えたが、次の花鈴の言葉で更なるピンチを迎えた。


 「翔斗はしたくないの?」


 先ほどの言葉はあくまで花鈴がしたいなら止めないという、花鈴の意思を尊重するもので翔斗の意思ではない。

 簡潔に言えば怖気づいたのだ。

 それを不満に思った花鈴は本音が聞きたいと言ってきたのだ。

 だが、本音を言えば周りにいる人たちにも聞かれ噂になることは間違いない。

 そして噂になれば雨宮玲奈の耳にも入ることになってしまう……と考えたところで思考を辞めて頬を思いっきり叩いた。


 「翔斗?」


 突然の翔斗の行動に花鈴は驚きながらも心配してくれる。

 心配してくれているのだ。


 

「ちょっと腑抜けた自分に喝を入れてただけだ」


 昨日あんなことを言っていたのに、目の前で他の女性のことを考えていた自分に腹が立つ。

 自分はすでに振られたのだ。

 告白をして振られて、諦めたのだ。

 そこを花鈴に慰められ酷く引きずらないで済んだというのに、いつまでも振られた女のことを考えている。

 今翔斗にできることは嘘をつかずに、正直に花鈴と接するだけだ。


 「花鈴、俺も腕を組めて嬉しいよ」


 周りの目など気にしてはいけない。

 翔斗が気にしなければならないのは、花鈴の視線ただ一つだ。

 堂々と恥ずかしがらずに、真っすぐ目を見て言う。


 「そ、そうなんだ。ありがと」


 自分から聞いてきたはずなのに翔斗にまっすぐ言われたことで、照れてそっぽを向いてしまった。

 

 「でも、さすがに学校では恥ずかしいから手を繋ぐくらいにして欲しいな」

 「うん、私もそう思う。ごめん、ちょっとやりすぎた」

 「嬉しかったのは本当のことだから、謝らなくていいよ」

 

 そう、花鈴は謝る必要はない。

 むしろ謝るべきなのは翔斗の方だ。

 だが、謝るのはいまではない、心の底から好きと言える日が来たらだ。


 「うんわかった。早く教室に行こ」

 「わかったから、引っ張らないでくれ」


 翔斗がそんなことを考えているとはつゆ知らず、花鈴は嬉しそうに翔斗の手を引っ張っていく。

 二人は靴をを履き替えて三階にある一年生の教室に向かう。


 「なんで一年生の教室が三階なんだろうね。普通一階が一年生、三階が三年じゃない?」

 「確かにそうだよな。教室が三階だと、遅刻しそうな時に大変だよな」

 「走って三階まで上がってくとか、考えたくないよね」


 などとたわいもない会話をしているうちに教室にたどり着いた。

 翔斗たちのクラスは二組で階段から近い場所にある。

 二人は仲良く手を繋いだまま教室に入ると、すでに登校していたクラスメイトから一斉に視線を浴びることになった。


 「それじゃあ後でな」

 「うん」


 二人はつないでいた手を放し、それぞれの椅子へ向かっていく。

 翔斗は自分の席に着くと早速隣のやつに絡まれた。


 「おーい翔斗! 今のはどういうことだよ、教えろ」


 肩を揺さぶり話しかけてくるこの男は、翔斗の隣の席の黒木蓮。

 中学校からの友人で、この学校の中で一番の仲がいい。

 気さくな良いやつでよく相談にも乗ってもらっていた。


 「朝っぱらから絡むな。うっとおしい」

 

 揺さぶってくる手をどかして一息つこうとするが、その程度で蓮は諦めない。


 「そういうならお前の方だって、朝っぱらからお熱いいことだな。昨日の今日で何があったんだよ。てか、雨宮さんはどうしたんだよ」


 最後の方は周りに聞こえないように小さく言ってくるが、翔斗はどこまで話すか悩んだ。

 蓮は翔斗が雨宮玲奈のことが好きということを知っており、相談も聞いてくれた大切な友人だ。

 だから正直に話したいが、いかんせんこのことは翔斗の中でもまだうまくまとまってないのでうまく説明できる自信がなかった。


 「色々あって複雑なんだが……場所を変えよう」

 「わかった」


 今の時間は八時三十分、ホームルームが始まるまで幸いまだ時間がある。

 この男にはちゃんと説明しなければいけないが、教室では話しにくかったので屋上前へと移動する。

 この学校は三階建てで、屋上に入る扉には鍵がかかっている。

 昼休みはお弁当を食べに来る人達がいるが、朝は誰もいないのでこっそり話すにはぴったりの場所だ。


 「それで、一体何があったんだ?」

 「そうだな……まず俺は昨日雨宮さんに告白をした」

 「えっマジか、それで」


 振られた時のことを思い出すとその瞬間がフラッシュバックし、声が出なかった。

 それでも何とか返事をしようとするが、その様子を見て察したようだった。


 「もうわかったから、言わなくていい。雨宮のことは分かった。鈴野はどうしたんだ?」

 「花鈴は、告白をした後の俺を慰めてくれたんだ」

 「なるほど。それで」


 うすうす分かってはいるだろうが、それでも翔斗の言葉で聞こうと続き促す。


 「花鈴から告白をされて、それを断った」

 「そうか、でもなんで朝は二人で来たんだ?」

 

 これだけ聞けば、その疑問が出てくるのも当然だろう。

 普通なら振られた時点で終わりなはずなのに、むしろ今までよりも距離が縮んでいるのだから不思議に思うだろう。

 ここが翔斗も説明が難しい。


 「うーん、振ったんだけどその理由が雨宮さんを忘れられないからなんだ」

 「まあ、そりゃそうだよな」

 「それを伝えたら花鈴が、俺を虜にするって言ったんだ」


 今でも思い出せば自然と笑みが浮かぶ。


 「そういうことか、よくわかった。とりあえず、今俺から言えることは一つだけだな。お疲れ翔斗、色々あってこれから大変だろうが、愚痴ならいつでも聞いてやるぜ」

 「蓮……ありがとう」


 蓮はいつも翔斗が困っていたら助けてくれる。

 中学校の頃からずっとそうだった。


 「なんでなんだ?」

 「ん?」

 「なんでお前は俺にそんなに優しくしてくれるんだ? 俺はお前にそれほど返せてないのに」


 今までずっと思っていた疑問を今訊ねると、言うか迷った末に答えてくれた。


 「俺が一番つらかった時期に、お前が助けてくれたからだ」


 そういわれ、中学時代を思い返してみるが、心当たりはなかった。


 「そうだったか?」

 「ああ、お前にはわかんないだろうが俺はその分を返してるだけだ。それよりそろそろホームルームが始まるぜ」


 露骨に話をそらされたが蓮はこれ以上話したくないようだったので、無理に今聞く必要はないと思い頷いた。


 「そうだな、遅刻扱いになるのは面倒だ」

 「それに、お前は今日から俺のことを考える余裕はなくなるぞ」

 「なんで?」

 

 教室に向かう途中笑いながらそう言われ、どういうことか首をかしげると今の状況をよくわかっていない翔斗の目を覚まさせる一言を言われた。


 「だって、お前告白して振られた雨宮と、告白されて振った鈴野が一緒のクラスなんだぞ。しかも、自分に告白した次の日に他の女と仲良くしてるって知ったら、雨宮どう思うだろうな」

 「あっ……そうだった」


 色んなことがあり頭の中を整理できていなかった翔斗は、現状がをようやく把握した。

 翔斗の新たな学園生活は今始まるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る