第5話 わたしたち


 わたしは狭い空間の中で息を潜めながら、いずれあの男たちはここにもやってくるに違いないと心の中で覚悟を決めた。やがてエレベーターが動く気配がしてわたしの近くに再び、男たちの足音が響き渡った。


「……うっ、なんだこれは」


 侵入者の一人が押し殺した声で言うと、「まさか」「ひどい」と相次いで悲鳴が上がった。


「どういうことなんだ、これは」


「死体……ですかね?」


「おそらくそうだろう。だが、内臓が溶かされてる上に全身の体液がすっかりなくなってる。こんな死体は見たことがない」


「チーフ、この腕時計には見覚えがあります。この死体は……博士です!」


「なんだと?……くそっ、外の犬やぬいぐるみの中の猿も同じ奴にやられたな」


 男たちの会話は、わたしの心を激しくかき乱した。違う、違う、わたしじゃない。


「チーフ、この水槽を見て下さい。どうやら博士は捕獲した『来訪者』をシーラと名付けていたようです」


「シーラだと?……何もいないじゃないか。まさか、脱走したのか?」


 ついに気づかれてしまった、とわたしは思った。どうしよう、このままでは見つかってしまう――わたしが恐怖で身をくねらせた、その時だった。


 ――お、お、お、お


 突然、何かを訴えるような正体不明の叫び声が聞こえたかと思うと、やがてはっきりした言葉となってわたしの中に響いた。


 ――小さき者よ、心配はいらない。目ざめの時はまもなく訪れる。


 ――目ざめの時?……なんのこと?あなたはいったい誰?


 わたしが戸惑っていると、今度は外から男たちの苛立ったような声が聞こえ始めた。


「まさか……本当にこの水槽から抜け出したのか?」


「だとすればこの酸素供給チューブ以外に考えられません」


「ばかな。みたところ直径一インチくらいだぞ。そんな狭いところに入れるわけがない」


 外から男たちの動きまわる音がひとしきり聞こえた後、部下らしき人物がおずおずと「チーフ、もう探す場所がありません」と言った。


「そんな馬鹿な話があるか。エレベーターのドアはロックされていたはずだ」


「……強いて言うなら『NW13』の内部だけです」


「いくら何でもそんな……待てよ。……おい『アイビィ』、手動開閉用のオープナーを出せ」


 チーフと呼ばれた男がそう叫ぶと、男の指示に応えるように『アイビィ』のアームが動く音が聞こえた。


 ――『アイビィ』、どうしちゃったの?……まさか、その人たちの命令には逆らえないようにできてるの?


 『アイビィ』の裏切りは、わたしの心に決定的な失望と怒りとをもたらした。男たちはわたしの『居場所』を取り巻くと、何か細長い器具で外側のカバーを取り外し始めた。


 ――やめて、こないで、見ないで。


 最後のカバーが外された瞬間、わたしの身体は支えを失って『居場所』の外に――ラボの床の上に力なく落下した。


「うわっ、なんだこいつは」


「……たこか?……いや、こいつはたこじゃない。こんな形のたこがこの地球上にいてたまるものか。こいつは『フローズンビーイング』だ!」


 ああ、とわたしは嘆きの声を上げた。ついにこの時が来てしまったか。

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