第4話 彼ら
警官がやってきてから数日後、わたしは今までとは明らかに内容が異なる、恐ろしい夢を見た。
湖の氷が震え、人とも獣ともつかない恐ろしい声が風に乗ってこの家まで届けられる、そんな夢だった。
目を覚ましたわたしは、本能的になにかが起きていることを悟った。わたしは寝室の外へ出るとパパの顔を見るためにリビングへと移動した。だが、まだ早い時刻にも拘らずリビングにも寝室にもパパの姿はなかった。
わたしはさほど広いともいえない家の中を、パパの姿を求めてさまよった。どこにもいないとなると外出しているか、研究室にこもっているかだ。もしかしたら散歩でもしているのかもしれない、そう思って外へ出たわたしは数歩歩いただけでその場に凍り付いた。
「なんなの……これ」
敷地の片隅でわたしが目にしたのは、無残に引き裂かれたジョンの身体だった。わたしは悲鳴を上げて後ずさると、悪夢から逃れるように家の中に引き返した。
――なにか、とてつもなくいやなことが起きようとしている。こうなったら仕方がない。
わたしが入ってはいけないと言われている地下の研究室に行くことを決意した、その時だった。
「博士、ラボのセキュリティから緊急警報が出ていますが、何かあったのですか?」
突然、インターフォンから緊迫した声が飛びだしたかと思うと、乱暴にドアが叩かれた。
「開けて下さい、博士。返事がなければ非常事態と判断し、ドアロックを強制解除します」
わたしは研究室へ降りるエレベーターに背を向けると、咄嗟の判断で寝室へ引き返した。
寝室に戻ったわたしはベッドの上のぬいぐるみを抱きあげると、ファスナーを開け中の詰め物を取り出してタンスの中に押しこんだ。わたしは空っぽになったぬいぐるみの中に自分の身体を突っ込むと、内側からファスナーを閉めてベッドの上に転がった。小柄なわたしは以前から、短時間ならぬいぐるみの中に隠れられることを知っていたのだった。
「ここは……誰の部屋だ?」
乱暴に床を踏み鳴らす音と共になだれ込んできたのは、複数の男たちだった。姿は見極められないものの、わたしは男たちが警察の類でない事を直感していた。
「リーダー、このぬいぐるみ、気になりませんか?」
侵入者たちの一人が言い、わたしの心拍数が一気に跳ね上がった。
「確かに大きすぎるな。……よし、中を見てみよう」
男たちはベッドからわたしを引きずり降ろすと、「やけに重いな」と言いながら床の上に転がした。ファスナーに手が掛けられた瞬間、わたしは『シーラ』と別れる決意を固めた。
――ごめんなさい、『シーラ』。あなたとはここでさよならするわ。
わたしは『本来の身体』に戻るため、棲み慣れた借り物の身体との接続を遮断した。
次の瞬間、わたしの意識は本来の居場所――狭くて暗い、お世辞にも居心地がいいとは言えない隠れ家へと戻っていた。
――わたしがいきなり接続を切ったから、きっと『シーラ』は死んでしまったに違いない。可愛そうな『シーラ』。でもそのまま『仮の身体』の中にいたらあいつらは絶対に『シーラ』の中味に気づいてしまう。
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