第3話 彼


 ニーナがいなくなってしばらくすると、わたしはしばしば奇妙な夢を見るようになった。


 凍った湖面の下から何かがわたしに呼びかけ、わたしは決まってひどい空腹で目を覚ますのだ。


 悪夢以外は平穏そのものだった湖畔の家に小さな変化が訪れたのは、ニーナが忽然と消息を絶ってから二週間ほどした頃だった。


 パパが突然、この家に子供を――わたしよりひと回り小さな子を連れてきたのだった。


 いったい、どこから連れてきた子だろうとわたしは首をかしげたが、パパが説明もせずに地下の研究室にこもってしまったため結局、何ひとつ聞くことはできなかった。


 翌朝、わたしが目を覚ますと小さな子はもういなくなっていた。パパは相変わらずなにかを考え込んでいるようで、見かねたわたしが「できることならなんでもするよ」と言うと、「お前は心配しなくていいんだよ」と微笑んで優しく頭をなでるのだった。


 小さな子の出来事があった四日後、わたしたちの家に突如現れた訪問者がわたしの心に再び不穏な影を落とした。


「レイクサイド署のハリーと言いますがお嬢さん、パパはご在宅かな?」


 インターフォン越しに聞こえてきた太い声は、わたしの警戒心を嫌応なしに掻きたてた。


「あの……まだ寝ていると思います。いつも午後に起きて、それから仕事なので」


「ふむ。悪いけど起こして貰えるかな?」


「何かあったんですか?」


「この十歳の子が、数日前から行方不明になっているんです」


 警官を名乗る人物が玄関カメラの前にかざした写真を見て、わたしは思わず息を呑んだ。


「この子は……」


「知っているのかな?」


「……いいえ、知りません」


 わたしは速まる鼓動を宥めつつ、即座に答えた。


「そうか……では申し訳ないが、話を聞きたいのでパパを起こして来てくれないかな」


「わかりました」


 警官を追い返す言葉を持たないわたしはしぶしぶ、パパを起こしに寝室へと向かった。


 警官とパパとの間でどんなやり取りが交わされたかわたしは知らない。が、その時のわたしはできれば何も聞きたくない、知りたくないという心境だった。なぜなら警官が見せた写真の子は、四日前にパパが家に連れてきた子と瓜二つだったからだ。


 ――パパ、わたしたちの暮らしにいったい何が起きているの?


 わたしは自分の部屋に閉じこもったまま、大きな猿のぬいぐるみを抱きしめてため息をついた。

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