焼き鳥屋

確かに鏡の中に落ちた。

でも今なぜか俺は、居酒屋にいる。

目の前にはいつものように、最近あったことを話しながら楽しそうに1人で笑っている香織が座っている。


聞いてなくても聞いていても、おかまいなく香織は話し続けてくれる。

と、思ったら急に話すのを止める。

どうやらある程度話したら疲れるみたいだ。

でも笑顔は絶やさないからすごい。


俺はその様子を見ることのできるこの時間が気に入っている。


頃合いを見計らって、俺も話し始める。

今がいつなのか、いまいちわからないが、

きっと前回会ったときより後だろう、と

香織の話から察した。


だから俺は、あの時胸の奥に押し込んでいたことを打ち明けることにした。

バンドが解散したこと、でも速水さんという人が一緒にプロデュースの仕事をしようと誘ってくれていること、それに良い返事をしたことを丁寧に話した。


香織にはもう、何も隠し事をしないと決めたのだ。ちゃんとしよう、と。


焼き鳥を食べる手を止めて、真剣に耳を傾けてくれている香織に、その思いはより一層強くなった。


「偉いね、やっぱすごいよ、裕貴也は。」

俺の話が一区切りついたところで、香織は言った。

「自分の好きなことを一生懸命やって、それで食ってこうとしてるんだもん。本当にすごい、かっこいい。」

酔いも相まってか、やたらと褒めてくれる。


「いや、そんなことはないけど。

いつも地に足つけてる、あなたもすごいよ。」

「いやいや、そんなことないよ。」

なんだかお互い照れ臭くなって、謎の褒め合いになった。

俺は香織を、あなた、と呼ぶ。

なんだか、名前で呼ぶのは恥ずかしい。

もう10年近くも一緒にいるのに

それはどうにもならない。


店員さんを呼び、香織はレバーとつくねを2本ずつ頼む。どちらも香織と、そして俺の好物だ。

出会って間もない頃、俺はレバーが苦手だった。でも、毎度毎度美味しそうに食べる香織を見ていたら食べられそうな気がした。


そしていつの間にか、それは俺の好物にもなっていた。


「でも、その服は全然似合ってないね。いつもの格好もよれよれだけど、それよりもひどいかも。」

思い出をしみじみ振り返っていた俺の温かい気持ちは、その一言で打ち砕かれた。

当の本人は悪意などありません、というようにいい顔をしてる。

どうやら試着室での俺の感想は間違っていなかったようだ。


「いきなり真面目な話したり、服装を整えたり、なんか裕貴也もどんどん変わってくんだなあ。」

「なんか、嬉しいけど寂しい、かも。」

「いや、俺自体は変わってなくて、変わりすぎてる周りについてこうとしてるだけ。だから、大丈夫。」

「大丈夫って、なによ。大丈夫って。」


香織は寂しいと言った言葉通り、寂しそうに笑う。この顔を見るたびに俺は冷蔵庫を思い出す。暗い部屋でただ一つジーっと音を立てて動き続けるその姿を。


大切にするってどうしたらいいのだろう。

要領の得ない曖昧な励ましを続けていたその時、厨房の方でグラスがドミノ倒しで割れていったような音がした。


大変そうだな、そう思いつつ、皿にあったピーマンの肉詰めを食べようとする。

ピーマンの肉詰めは子どもの頃からの俺の好物だ。

箸を口元に持っていったその瞬間、俺の視界も歪んだ。

薄れゆく景色の中に、香織の服が見えた。

綺麗な緑色のスカートを履いていた。


珍しいその姿は俺が茶化したからだろうか。その変化は俺と違って、とてもよく香織に似合っていた。





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