まじめな顔

「裕貴也?どうしたの、まじめな顔して。」

大学の頃からの友人、香織が笑いながら

話しかけてくる。

今日は久しぶりに2人で飲んでいる。


卒業してからも

ちょくちょく会う関係が続いている。

大樹以外、唯一の人。

たまに昔のメンバーで集まることは

あるけれど、あんまり人付き合いが

まめなほうじゃなく、特に女性とは

関わりすぎないようにしている俺にとって、香織は例にない存在だ。


たまにめんどくさいことを言ってくるし

重たいな、と思うこともあるけれど

気がつくと、こうやって一緒にいる。


でも俺は珍しく、真剣に考えている。

このままでいいのか、

大樹に言われてから、

頭の中はそればっかりだ。


このまま、というといろんな事を

考えなくてはならない。

ギターのこと、仕事のこと、大樹とのこと

香織とのこと。


今年、28歳になる。

確かにこんなにだぼだぼのよれっとした

格好をしている場合じゃ

ないのかもしれない。

いまから大企業でばりばり働く、とかは

無理かもしれないけど。

でも、そんな俺にも1つ誘いが来ている。


バンドとして出演するのではなく、

演出・企画する側。

これまでのバンド活動を見ていてくれて

応援してくれた速水さんは、

ついにバンドが解散して、

ひとりぼっちになった

俺を心配してくれている。

こんなにありがたいことはないはずなのに、

解散したばかりでとがっていて

この間は失礼な態度をとってしまった。


大樹に泣かれるまで気づきもしなかった。

自分が置かれている状況に。


「いつでも連絡して。」

そう言って

速水さんは名刺をくれた。

それを後生大事に

スマホケースにいれている。

その時点でそういうことだよな、

ふっ、息をはき、独りごちた。


香織は上の空の俺を全く気にせず、

1人で日本酒を飲んでいる。

とても楽しそうだ、笑いすぎて顔が面白い。

やっぱり、なんかいい。


「それおいしい?」

そう聞くと、へらへら笑いながら

おちょこを差し出してきた。

おおお、これは帰りが大変になるぞ。


はやいとこ、会計を。

財布を開くと

大樹が押しつけてきた

ぐしゃぐしゃの諭吉と目が合う。


目をそらして、そっとしまった。

今度会った時に、これで酒を飲もう。


「ほいほい、帰ろう。」

「へいへい。」

「今日は帰りたくない~とか言って

泣かないんだな。」

「そんなことしたことありませーん。」

思わず口角があがってしまう。

いいやつだ。


よく立ち上がったなというくらい

ふらふらしながら

自分の分だという5000円札を渡してくる。

会計は6079円だったから多すぎる。

まあ今返しても受け取らないだろう。

会計を済ませて楽しそうな背中を追う。


急に振り向いて

どうしようもないほど、笑う香織をみて

こんな日が続けば良い、なんて

がらにもなく思った。







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